〜はじめのつぶやき〜
娼妓の名前って色々なんですよねぇ。
なかなか感慨深い。でも昔の資料って達筆すぎて読めないのが多い。

BGM：青い雨
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「原田センセ、どうぞ」

酒を勧められた原田はん、とぐい飲みを差し出した。膳の上にはさっと湯がいた浅葱に酢味噌がかかったものが乗っている。
「もう、ひどいですよ。原田さんも永倉さんも」
「いいじゃねぇか。お前、最近付き合い悪いからな」
「悪くなんかありませんよ！」

渋々でも結局腰を下ろしている総司は自分で酒を注ぐ。原田に小菊が、永倉には千早が、そして総司の傍にはお柏がついているが、総司が自ら酌をしてもお柏は明後日のほうを向いている。

ちらり、ちらりと小菊と千早は目を合わせて、困った顔をしているがお柏は知らんふりだ。

「まあまあ。沖田先生が構ってくれはらへんから原田先生も永倉先生もお寂しいのと違いますか」

原田のほうを向いていた千早がつい、と見かねて総司に酒を向ける。にこっと嬉しそうな顔でぐい飲みを差し出してくるが、ぐい飲みは言うほどは減っていなかった。

千早が小さく目礼したのを見て、総司は何も気づかない顔で微笑む。

そして、ぐい飲みをお柏に差し出した。

「お柏さんも飲みますか？」
「あら。さすが沖田先生はお優しい」

妓にしては素っ気ない仕草で手を伸ばしたお柏は、ぐい飲みの酒を飲みほして膳の上に置いた。

「さあさ、どんどんお酒を召し上がってくださいな。じゃないとあたしらの稼ぎになりませんしねぇ」
「お柏さん！」

さすがに黙っていられなかったのか、年かさの千早が眉をひそめて口を出した。
初めからこの座敷にお柏が来ると聞いて、嫌がっていたのだ。

「先生方になんてことを……」
「千早。肴が足りないなぁ。頼んでいいか？」

のんびりとした永倉の声に、千早ははっと、我に返ったように小菊に頷いて見せた。

こちらもすっかり困っていたらしい小菊はほっとした顔ですぐに立ち上がる。裾を捌いて部屋を出て行った後、原田は手酌で酒を注いだ。

「そんで？お前、どうすんだよ？」
「はい？」
「神谷に何を買ってやるのかってこったよ」

ぐい飲みを置いて、箸を手にした原田は箸の先を振り回した。

「いーか。あいつだって一応女なんだからよぉ。着物でもなんでもいいじゃねぇか」
「そんなわけにいきませんよ……」

元々そんな話で済むならこんなに困りはしない。

ため息をついた総司に永倉が酒を注ぐ。
にやにやと笑いながら、永倉は懐手のままあごひげを撫でた。

「あいつも面倒だからなぁ」
「面倒なんて言わないでくださいよ……。あの人は別に」

悪くはない。

そう言いかけた途中でわざとらしいため息が聞こえた。

袖口で自分を仰ぐようにしたお柏が大きなため息をついたのだ。

「贅沢な話ですねぇ」

しみじみと嫌味な口調のお柏に今度は千早がはっきりと眉間にしわを寄せた。

「どなたはんか存じませんが、くださるものにあれこれ文句を言うなんて贅沢もいいとこじゃありませんかねぇ」
「……はは、そうですねぇ。いや、贅沢なのは私かもしれません。うちの妻に何かと思っただけなんですけどね」
「あらあら。それはますます贅沢いわはるご妻女ですわねえ」

原田や永倉が怒り出さないかと千早ははらはらと二人の顔を窺う。
だが、二人は怒るでもなく、腹を立てるでもなく酒を飲んだり膳の上に箸を伸ばしている。

「贅沢、と言いますか……。贅沢が駄目なんですよねぇ。あの人は」
「なんですって？」
「それこそ、新しい着物もいらないし、飾り物もいらないっていうんですよねぇ」
「ほら、それだ。そんなわがままをおっしゃるなんて奥方は恵まれていらっしゃる」

鼻先で笑ったお柏は、膝の上に片手を放り出した。

「神谷は何ならいいっていうんだ？」
「いやぁ……」

酒の肴にはちょうどいいとばかりに、永倉はにやにやと酒を口にしながら総司を眺める。
そして、その向こうに座るお柏のことも愉快そうに眺めていた。

「それが分かれば苦労しませんよ。昔のほうがあの人が何を喜んでくれるかわかっていた気がしますねぇ」
「随分甘やかされた奥方もいらっしゃるもんだ。あたしらとは違いますねぇ」

そう言うお柏は、この界隈では態度の悪さでひどく有名だった。