青い雨 10

〜はじめのつぶやき〜
こんばんは。
お待たせしております。なかなかね。難しい話書いちゃったなーと思いながら・・・。ちびちび更新ですみません。

BGM:感電
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小部屋に入ったセイは、むっつりとしたまま文机にべったりと突っ伏した。

「はぁ~……」

深い、深いため息をつく。
総司には、不愉快な態度をとってしまった。

が。
セイには妻紅をみて、なんだか想像ができてしまったのだ。

それが誰から来たものなのか。
見なくてもこの流れで分かる気がする。

「あれはきっとそうだよなぁ~……」

もし、あれがお柏からのものだとすればますます落ち込んでしまう。お柏の総司宛の文が問題なのではない。
お柏は相手に対して文を出すのと同時に、もう一通文を出す。

妻がいれば妻あてに、親がいれば親に。
その周りをどのようにして知るのかはわからないが、まるでどこに刺せば最も痛みを感じるのか知っているようだ。

かくいうセイもなぜか隊士のついでのように、何度かもらったことがある。
独り者で相方という相方もいなかったため、掛け取りなどでも顔を出すセイが槍玉になったようだ。

「いやだ―……。わかっちゃいるけど嫌だ―……」

文机に額を押し付けるようにして、じたばたと足掻いてみる。

嫌なら見なければよいのだ。
放り出してしまえばいいし、何なら受け取らずに突き返したっていい。

だが、人とはなかなかそうできないもので、頭でわかっていても堪えられないことがある。

初めてその文を受け取ったときは、なんだかわからずに読んでしまった。そして、二度目はまさかと思いながら開いてしまい、ちらり、ちらりとあちこちを読んでは閉じ、結局すべて読んでしまった。

それからは、わかっているのだからとお柏から文が来たら、読まないでおこうと思うのだが、ついつい気になって読んでは落ち込む、というのをやっていたのだ。

しばらくはそれもなかったのだが、総司が座敷でセイの話をしてきたとなれば間違いなく届くだろう。
神谷清三郎にも届いていたのだから、セイに届かないわけがない。

だからとても憂鬱なのだ。

「わかってるよー。わかってるんだけどさぁ……。読まなければいいんだけどさぁ……。先生は知らないからなぁ」

独りぶつぶつとどれだけこぼしても、足掻いても、セイが想像した現実は確かにそこに近づいてきていた。

セイに文が届くとき、隊としてのものは幹部棟から回ってくる。そして、個別に文が届くときは小部屋の外から届く。
ぎしぎしと小部屋の前の階段が軋む音がしたと思ったら、小者の声が聞こえた。

「神谷さん、いらっしゃりますか?」
「……います」
「開けますよ」

すすっと障子が開いて、小者が顔をのぞかせた。

「やあ、よかった。こちらに置いていきますから」
「それは……その、どこからとか……」

端切れ悪く、そういいながら体を起こしたセイに、小者は苦笑いを浮かべた。

「信濃屋からですわ。しょうがありませんなぁ」
「……」
「ほな、置きましたんで」

お柏の文は一部ではよく知られていて、小者もこれが初めてではないわけで。
文を届けに来た小者もうすうすわかっているようだった。

セイがずりずりと這って近づくのを待たずに小者はさっさと次へと離れていってしまう。
残されたセイは、深いため息とともに障子を閉めて、名前も知らない小枝に結びつけられた文に手を伸ばした。

開かなければいい。

何度か読んでいてそれがどういうものかわかっている。

まるで呪いのような言葉の棘が並ぶ。
そして、呪いの言葉はじわじわと何度も蘇っては、胸の中でセイを痛めつける。

何度も何度も胸の内で反論を繰り返しても、お柏に届きはしない。
そして例え、反論したとしても。

あの通りお柏には何一つ届かないんじゃないか。
そんな虚しさと。

そう思いながらも読まずにはいられない。
開いた文をセイは読み始めた。

 

 

「せやけど、先生方がそういうてはったんえ?」
「けど、お柏さん。沖田先生はそういうお方やないんやないの?」
「先生方も違うとはいうてまへんでしたえ?」

お柏が曲者だということは信濃屋の皆もよくわかっている。お柏が妙に機嫌よく、話しかけてくるときは要注意ともわかっているが、ついつい引き込まれてしまうのはなぜなのか。

もっとも、引き込まれていることも意識できていない場合もある。
今、お柏の話を聞いている妓たちもそうだ。お柏の話など信用してはいけないとわかってはいるのに、ついつい聞いてしまう。

「沖田先生もあたりは優しゅうみえてても身内には厳しいお方なんやねぇ」

渋茶をすすりながらそんなことを口にするお柏の話に妓たちは顔を見合わせた。

「お侍やし、ほんまのことやとしてもなぁ……」
「でも、でも、沖田せんせもかわいそうやない?奥方はんがそんな男成りで勇ましいのも男はんの立場がないやろし、そないに勝手いうんやったら……ねぇ?」
「そやね、そやね。先生よりも奥方はんのほうがあかんわぁ」
「奥方はんていうたら、あの……?」

お柏にではなく、ひそひそと顔を見合わせて互いに囁き合う。それを見ながらお柏はほくそ笑む。

現代とは違い、瓦版と人の口伝えでしかない噂はまことしやかに広まるものだ。まして、人から人へ伝わる際はより詳しくと話も膨らむもので、花街に広がるということは世の中に広く伝わってしまうという事でもある。

花街の者たちは、口が堅いのと同時に噂話には目がないともいえた。

「でも神谷はんは……ねぇ?」
「せやねぇ……」

目交ぜしてお互いに微妙な空気を醸し出す。その分だけ、お互いに言うべきことを曖昧に飲み込む。

「なんやの。皆もおもうてはるのと違います?あの神谷はんやないかて」
「それは……」

セイのことは皆、誰が言わずともやはりわかるものはわかる。

「わがままなお人なんやないのかねぇ」

お柏はそういって、知らぬふりで湯飲みをわしづかみで立ち上った。
人から嫌われることのおおいお柏だが、こういうところはずば抜けてうまい。人の心の隙間をつくような、小さなささくれをつつく様な。

セイのような、まっすぐな性質とは真逆な。

だが、外側は甘く、癖になりそうな、そんな毒にも似たものは、人にきく。人にじわり、じわりと、染みて薄く、広く、広がっていく。

いつの時代も人の心の柔らかく、脆く、良いにも悪しにも転がるものだから、いっそこの時代の潔さは憧れてやまないのかもしれない。