青い雨 11

〜はじめのつぶやき〜
なんだか、嫌な話になりそうだなぁ。いや、嫌な話なんですけども。
あまり明るい話ではないかも・・・かも・・・。

BGM:青い雨
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しばらくして、足りない薬を補充しようとセイは薬種問屋に足を向けた。
小者たちが行くといってくれはしたが、ここしばらくは平穏で屯所と家との往復だけの日々なのでと、自分で向かったが、それがよかったのか悪かったのかはわからない。

ただ、ひどく憂鬱になったのは確かだ。

天気も悪くなく、機嫌よく歩いてきたセイは、はじめは少しも気づかなかったが、少しずつ見知った顔が何やら引きつった笑顔で声をかけようとしても離れていくことに首を傾げた。

「あ、さい……」
「どうも……」

薬種問屋の近くで見知った呉服問屋の主に声をかけようとしたが、供をせかして足早に去って行ってしまう。

「……何?」

首をひねりながら薬種問屋の暖簾をくぐったセイは、店の者たちが一斉にこちらを見たことにおや、と思った。

「どうも。いつもお世話に……」

挨拶をしようとしたにもかかわらず、店の者たちはささっと忙しそうに店の奥に下がる者、ほかの客と顔を背ける者と、戸惑いながら、手を伸ばしかけて、戸惑ってしまった。

「あの……」

店の入り口で立ちすくんだセイの元に、いつもなら愛想よく声をかけて近づいてくる番頭が、ささっと近づいてきた。

「神谷様」
「番頭さん。あの、何かありました?」
「いえ、あの、今日は何か……」
「ええ。薬をいくつかお願いしようかと……」

店先とはいえ、いつもなら上等な茶と菓子でもてなしがあるのに、今日は隅へ、隅へと案内されるのもおかしい。

「そうでございますか。それでは伺って後程、屯所にお届けに……」
「用意ができるまで待ちますが?」
「いえ、それには及びませんので……」

少しずつ、セイを外に返そうとする様子に眉を潜めたセイは、番頭の顔を覗き込んだ。

「番頭さん!私が何か?!」
「い、いえ……」

ふう、と小さくため息をついた番頭はセイを裏に続く暖簾の向こうに誘った。
店の奥に入るには番頭がいつも出入りするところのほかに、丁稚や小者が出入りする店先の入り口がある。狭い土間の廊下を通って、店の奥、裏手に続く庭の隅まで出ると、番頭が振り返る。

「はぁ……。神谷様、ご存じないかもしれませぬが、このところ神谷様のお噂が広がっておりましてな」
「噂?私のですか?隊のではなく?」
「何をおっしゃいます。神谷様と……その、沖田様のお噂でございますよ」

番頭は、セイが知らないだろうということも含めて、年かさの者の心得とばかりに噂話の一部とセイには自重すべしとの言葉を添えてくれた。

「そうでしたか……」
「神谷様がそのようなことをとは露ほども思ってはおりませんが、少し女子として身を慎まれませ。他意がなくともこうして噂になったままでは沖田様のお名にも触りがありましょう」

俯いたセイは、頷いて、今日頼みたかった薬をいくつか番頭に頼み、屯所に届けてもらうよう頭を下げた。

「お手を煩わせてすみません」
「いいえ。これまでも神谷様にはよくして頂いております故……、駕籠を呼びましょうか?」

少しでも人目につかない様に戻れるように、声をかけた番頭に礼を言ってセイは丁重に断った。

「それほど遠くもないのでお気遣いありがとうございます」
「いえ、ほな……」

そっと裏路地に抜ける木戸を開けてもらい、セイはひっそりと外に出た。そして、少し考え込んでからなじみの菓子屋に足を向ける。

そして、菓子屋も同じような反応を見せ、こちらは早々に菓子を渡されて追い返された。

屯所に戻った後も、セイはそのことを誰にも口にはしなかったが、帰り道は不機嫌の塊だった。

「どうかしたんですか?セイ」
「……噂なんて、どうだっていいんですけどね。なんだか変な噂が街に流れているようで」
「噂、ですか」
「そうなんですよ」

少し腹立たし気に口にしたセイに、ふむ、と少し空を見上げてから一歩遅れて歩くセイを振り返る。

「それは、貴方が贅沢好きだとか、私にあれこれ物を強請っているとかそういう話ですか?」
「えっ……」

総司の話はまとめられてはいたが、外れてはいない。

女なのに、セイだけが隊にいて隊士達に囲まれていないと気が済まない。
総司にあれこれわがままを言っている。
贅沢好きで、金に汚い。
総司の顔に泥を塗っている。

概ねそんな話だったが、総司がそれを知っているとは思っていなかった。

「総司様、ご存じだったんですか?!」
「んー、まあ、直接聞いたわけじゃありませんけど、何となく?しばらく前からですよ?」
「なっ、なんで教えてくださらなかったんですか?!」

総司の腕をつかんだセイに、総司は周りを見回してから手を外した。

「こんな往来でする話でもないでしょう。早く家に帰りましょうか」
「……わかりました」

むっとしたまま、歩き出して二人が住む家へを歩き出した。