青い雨 8

〜はじめのつぶやき〜
こんばんは。少しは早めに更新できたかなと・・・(当社比)
ちょっとお仕事が片付いたので、この土日は久しぶりに時間がちょっとだけありました。
よかったー。寝ると、体が少し軽くなったんですよ。どんだけだよ、と思いつつ。
来週は少し穏やかに過ごして、次の新しいお仕事に向けて充電したいなぁ。(あ、掛け持ちしてるので、いくつかのうちのいくつかです)

また、世の中は穏やかではない状況に向かっていますねぇ。どうぞ、皆様、お体だけは十分大事にしてくださいね。年末に向けて少しでも楽しく日々を過ごしていきましょー!

BGM:感電
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「まあ、そんなところです。よくあることですが」
「そうだな。今にはじまったことじゃないだろう。確かにお柏は、面倒が妓だろうが」
「そうですね。よくあるから苦手な一人という事ですよ。大した話じゃないわけで……」

大した話じゃない。
本当にそう思っている。

だが、感情はそうではない。
だからこそ、厄介なのだ。

「気にするな。気にしたところで何が変わるわけでもない」
「わかってます」
「だからと言って、己の感情に蓋をしても仕方がない」

手の中で湯飲みを傾けた土方が眉をあげた。
セイと目を合わせた土方はあっさりとなんでもない事のように口を開く。

「だから何かあれば言え。総司に言いにくいなら俺でいい」
「……ふ」

こらえきれずにセイは小さく笑った。

「もっといいにくいですよ」
「そうか。それでも言え。お前らの揉め事はお前らだけで済まないからな」
「承知しました。鬼の副長にはあまりご心配をおかけしない様に気を付けます」

半分冗談で、半分本気。
伊達に近藤の女房役ではない。

頭を下げて部屋を出たセイは、診療所の小部屋に戻った。

「はぁ。……いまだに、自分が小さくて情けなくなるなぁ」

障子を開け放って、曇り空を見上げたセイは一人呟く。

向き合ってみればなんのことはない。
お柏はまるでセイの真逆にいるからだ。

女であり、その欲望や感情を素直にだす。不平も不満も、もっともっと、と果てのない欲望も。
はたからみて、それが醜かろうが、不快になろうが、お構いなしだ。

セイがこうあるべきとして目指してきた武士としての在り方とは全く違う。潔く、正しくありたいと思う姿とは両極端の場所にいる。

だからこそ、苦手なのだろう。自分の気持ちを認めることが嫌だったから、蓋をして、見ないふりをした。
それで訳の分からないもやもやだけが残った。

「結局、私も潔くはないんだよなぁ……」

今でも武士らしくありたいと思う。思うが、もって生まれた性なのだろうか。
感情に振り回されることがいまだに少なくない。

ゆっくりと形を変えていく雲を眺めながらセイは大きく息を吸った。

 

 

 

「……まだ何か言いたいことがあるのかね」

ひぃ、ひぃ、とかすれた息で畳の上に這う。

見えるところに傷はない。腕を縛っていたのは腰ひもで、幅広に使われているから目立つ跡にはならないようにされている。

「ないだろうね?」

秀兵衛は返事があるとは思っていない。羽織に袖を通して着物を整えた秀兵衛は何事もなかったように離れの部屋を後にする。
部屋の中にのこったお柏は、全身の力を抜いて息を吐いた。

身動きが取れないほどではない拘束は、余計に傷を深くする。

客を取るときに目につかない場所につけられるからこそ、花街ならではの仕置きだろう。

お柏は禿から花街にいるわけではない。見世に出るには少し若い程度のころに売られてきた。
気の強い娘で、逃げようとすることもないがいちいち口答えする。女将も遣手婆も手を焼く小娘は他の妓たちからも疎まれる。

見世に出すにも面倒だらけのお柏には躾が必要だった。

秀兵衛が自分の手を自らくだすのはよほど面倒なことがあるか、よほど見込みがある場合だけだ。

「なんで……」

水揚げも他の娘たちとは違い、厳しい扱いを受けた。
それからも、ことあるごとに厳しい扱いを受ける。厳しいからこそ、ひねくれるだけひねくれて、さらに扱いはひどくなる。

お柏はそんな連鎖の中にいた。
本人も足掻いて、どこかで断ち切りたいと思っているのに、そうはならないところがさらにお柏の不満を募らせていく。その不満は、自分の中に抱えきれずに周囲へとまき散らしていく。

軋む腕をなんとか突っ張って、痛む体を起こす。

痛い。
悔しい。
怖い。
腹立たしい。

世の中には、恵まれた女もいるというのに。

―― そう。今日のお座敷で耳にした奥方のような、恵まれて、恵まれていることにも気づいていないような贅沢な女が……

お柏のような者には、誰か必ず目の敵にするような相手が必要なのかもしれない。それがあることで、気持ちを支え、日々を過ごす。
相手がいなければ生きていけない、壊れてしまう。

誰しも胸の内に多少は抱えている暗い闇をお柏は見つめていた。