寒月 25
〜はじめの一言〜
土方さんは自分のことになるとテキメン生真面目というか、融通がきかないというか・・・
BGM:FUNKY MONKEY BABYS Lovin’ Life
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
昨夜捕縛した者達の後始末で総司と原田はばたばたとしていた。捕えられた者達は、思ったよりも情報を持っていたようで町方からの連絡に二人は出向いて行ったりと忙しくしている。
近藤は、頻繁に黒谷に足を運んでいた。
「土方副長?」
「暫時、外出する」
「わざわざ裏門から行かれなくても」
門脇の隊士に声を掛けて、土方は一人外出した。腹の底に石でも抱えているような気持ちのまま、歩みを進める。行きたくないという気持ちと行ってカタをつけてしまわなければという思いが混ざって、余計に足が重くなる。
「あ……」
街並みを風景のように捉えていた目が、その中の小間物屋から出てきた娘を見て、我にかえった。雑踏の足音やざわめきが耳に入るようになって、土方は目についた店に足を踏み入れた。初見の小さな店だが品揃えは悪くない。
「おいでやす」
柔和な感じの主人が奥から声を掛けてくる。並んだ簪や櫛に目を向けていると、主人が土方の傍に立った。
「お武家様、どのようなものがお好みでしょう?」
「そうだな……」
並べられた簪や櫛に目を彷徨わせている土方に、心得たとばかりに主人はつい、と離れた。一度奥に上がると、しばらくしていくつか箱を手に戻ってきた。
「こちらなどどないでしょう?」
いくつか並べられたものは、決して安くはないだろうが皆、土方の好みに合っている。ただ品定めをしている姿と、佇まいだけでこれだけ見抜くというのはなかなかのものだ。
その中で銀の平打ちに目を止めた。
透かし彫りの銀細工で丸に野菊のものだ。土方が好きなのは梅ではあったが、お初ならば梅というよりも、凛とした姿に菊が似合うと思った。
「いいな。これがいい」
「へぇ。ありがとうございます」
思ったとおり、言われた値はかなりのものではあったが、納得して支払いを済ませた。
「主人、いい眼をしているな」
「とんでもございません。またお立ちよりくださいまし」
頭を下げた主人に見送られて土方は店を出た。気の重さは変わらないものの、形を手にしたことで思いきりがついた気がする。
土方はお初の元へ向かった。
周囲に気を配り、静かに玄関をあけて中に入った。日頃、人の訪れることの滅多にないこの家で、しかも土方がこれほど間をおかずに訪れることなどなかった。
「何者で……歳三様っ?!」
すぐに奥から現れたお初はそこに土方の姿を見てとても驚いた。食べるには困らぬが、手慰みに仕立物を請け負い始めていたお初は、すぐに土方を奥にあげて、広げていた仕立物を片付けた。
「散らかしていて申し訳ありません。すぐにお茶をお持ちしますね」
「ああ。気にしないでくれ」
小さな庭先を眺めるようにして、土方は刀を置いて部屋の奥に座った。数えるほどしか足を向けたことがなかったが、いつもこの家にはお初の心配りがきいていて、武家の女とはこのようなものかと思えた。
今も、滅多に人の来ないこの家だというのに、花が生けられ、小さな庭も見苦しくないように整えられている。静かで、落ち着いたこの家の空気が好きだったのだと今更のように土方は気がついた。
「お待たせいたしました」
仄かに頬を染めて嬉しそうに茶を運んできたお初に眩しそうに目を向けた。
「いつも急に来てすまない」
「そんな……こちらは歳三様のための家ですから、いつお戻りになってもいいようにしております」
「そうか、そうだな」
茶を口に運んで、土方が寛いでいる姿をみるのがお初は嬉しかった。屯所での姿など見たこともないのはもちろんだが、いつも難しい顔をしている人が優しい顔やほんのりと和んだ顔を見せると気が一番嬉しい。
「なんだ?」
しみじみと土方を見つめていたお初に気づいた土方が顔を向けると、お初は微笑んだまま首を振った。
「なんでもございません。ただお忙しいのにおいでになってくださったことが嬉しいだけです」
お初の言葉が土方に突き刺さる。その痛みに目をそらして、土方は懐に手を入れた。
「……たまたま見つけたんでな」
土方が簪の箱を差し出すと、驚きながらお初はそっと箱を開けた。銀細工の見事な彫りにお初は驚いて箱を握った手が震えた。
「こんな高価なもの……!」
お初はそれがただ、気が向いただけではないことを感じて、ぎゅうっと心が締め付けられるような気がした。
「歳三様、初はこんな高価なもの頂戴するわけには参りません!」
「……最初で最後だ。受取ってくれ」
その言葉に、お初は土方がもうこの家を訪れることがないことを知った。もう自分はこの人の中から切り捨てられたのだと思うと、胸が張り裂けそうだ。
「……わかりました」
それだけをようやく絞り出すと、お初は平打ちを手にとった。震える手でそれを髪に差そうとして途中まで上げた手が止まってしまう。お初の手に土方の手が重なった。手を添えてお初の髪に簪に差してやった。
「最後、なんですね……」
自然と笑みが浮かんでお初は微笑みながら土方を見上げた。目尻から一筋の涙が流れて、土方はお初を引き寄せそうになった手をぐっと握りしめた。お初は、土方から離れて手をついた。
「今まで初は幸せでした。歳三様、ありがとうございました」
「後のことは山崎に頼んである。今すぐは危険だが、しばらくして身の振り方がきまるまではいつまででもここにいてくれて構わない」
「何から何まで……。お気遣いありがとうございます。ですが、初は自分でなんとでもできますのでご心配くださいますな」
にっこりと笑みをうかべて、お初は顔を上げた。
片膝をついたまま、上げた手をゆっくりと下ろした土方はお初から顔をそらして立ち上がった。再び先ほどまで眺めていた庭に目を向ける。
「この……家の空気が好きだった」
刀を手に取ると、土方は玄関に向かった。見送りに出たお初が、再び手をついて頭を下げる。ざっと背を向けた土方の足が止まった。振りかえりそうな気配を察して、お初はきっぱりと言った。
「どうぞ!そのまま振りかえらずにお行きになってくださいませ。遊びの妓に情けは無用でございます」
「……世話になったな」
がらりと格子戸をあけると、土方はあたりを伺って外に出た。お初は土方の足音が去っていくまで、いつまでもそのまま頭を下げていた。
– 続く –
るーさん こちらこそ、年単位のお願いをかなえてくださってありがとうございます。 …
わーい!喜んで頂いてめちゃくちゃ嬉しいです!いつもありがとうございます! 褒めら…
おはようございます。 コメントありがとうございます。こちらこそ、今、風にはまって…
風の新作うれしかったので、こちらにもお邪魔します^^ 風光るにハマってしまって1…
そりゃーお返事しますよ!もちろんじゃないですか。 そんなこんなで久々にちょいちょ…