寒月 26

〜はじめの一言〜
そろそろ準備始めました。
BGM:Chage & Aska   太陽と埃の中で
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花菱の離れに、恰幅のいい侍が座っている。お才が隣に座って酌をしていた。

「福永様?そろそろお目当ての方々もええ頃合いやと」
「そうか?じゃあ、あれを呼ばんとな」

なんの感慨もなくそう言った。男は長州藩重臣の福永喜助の遠戚にあたる福永義久という。福永喜助は重臣であるが、義久は藩内の流れに乗るタチであった。だから決して尊皇派として過激な活動をするわけではない。

「御本家の方はよろしいのですか?」
「うむ。良いのだ。すべて某に任せて下さっているし、ここまででも十分、重臣の方々共々御満足されていてな」
「それはようございました。仕掛けも上々でございますれば、尊皇派の皆さま方にもお出張りいただいたらいかがでしょう?」

お才の提案は予定にはないものの、すでに今の状況で同盟を結んだ薩長の重臣方からは、新撰組をその本来の稼働以下にしたと褒められている。さらに褒めていただくことで、福永家がさらに取り立てられるのは良い事だ。

尊皇派として薩摩藩や長州藩邸に匿う浪士達はいくらでもいる。彼等に新撰組を襲わせて、横山とともにさらに新撰組の戦力を減らすことができたらもっと自分は認められるやもしれぬ、と思う。

「ううむ。そうだな。それはいいな。うむ、いいかもしれん」

悦に入った福永は酒を飲みながら頷いた。横から空いた盃にお才が酒を注ぐ。
これほどまでに福永も、さらに報告のため招いた重臣の者達もうまくことが運ぶものだろうか。

少しばかりの酒に混ぜられた薬と、お才と喜助による暗示がよく効いている。

 

離れの壁際のくぼみがカタン、と外れた。外からも中からも一見わからないように作られた隠し部屋から喜助と万右衛門が出てきた。

「うまいこといきよったな」
「へぇ」
「わしらにはどっちもおらんでもええ人らやからな。おたからさえ頂ければ」

そういうと、万右衛門は母屋の奥に戻っていく。喜助は万右衛門について母屋に戻った後、横山のために道庵を呼びに表に出た。着々と仕上げが整えられていく。

 

「まだ苦しい時がありますか?」
「時折、腹の底から何ともいえぬものがこみあげてきますが、堪えられぬほどではありません」

隊務に戻りたい、と言いたいところだがあえてそれを言わぬところが斎藤らしい。南部は斎藤の体を隈なく診察し、あれほど弱くなっていた脈も正常に戻っているのを確認した。

「本来であればもうしばらく、せめてあと数日は養生して頂きたいところですが」
「ということは」
「隊務にお戻りになって結構です。ただし、当面は薬をお続け下さい。もう薬湯ではなくて構いません。ご用意してきましたので、食事の前と、お休みになる前に必ずお飲みください」
「かたじけない」

南部が差し出した薬は向こう三日分だ。予定よりも1日診立てが遅れた分もあるようだが、薬が飲み終わる前に、再び南部の診察を受けることを約束し、ようやく斎藤は蔵から出た。すぐに土方のところへ向かうという斎藤とは別にセイは南部とともに病室に向かった。

「具合の悪い方々がそんなに……?」
「ええ、急にそんなことになって食事に何か混ぜられたのではないかと疑っているのですが…」
「とにかく、診てみましょう」

あれからも寝込むまではいかなくても、俄に体調を崩すものが後を立たず、軽いもの、我慢のきくものだけでなんとか巡察をこなしていた。寝込んでしまった者達は食事がのどを通らなくなれば、しばし回復し、再び悪くなる、という一進一退を繰り返している。

南部は次々と具合の悪いものを診ていった。

「神谷さん、皆さん同じものを食べていらっしゃるんですか?」
「はい。賄い所で皆同じものを作って食べています」

声をひそめた南部は、セイに向かって密かに訪ねた。

「検分は?」
「されていると思いますが、詳しいことは副長が」
「わかりました」

診立てが終わると、南部はセイを引き連れて急いで副長室へ向かった。

「失礼いたします。副長、南部医師がいらしています」

副長室にはまだ斎藤がいた。セイが副長室に南部を招き入れる。

「南部医師、この度はお手数をおかけしております」
「いや、土方副長。今はそのようなお話をしている暇はありません。賄いの検分はお済みでしょうか?」
「やはり何か?」
「おそらく小柴胡湯という漢方の薬による症状かと思われます。元は肺炎やひどい風邪に処方されるものですが、健康なものに与えられればあのような症状になります。あのままでは命にかかわることもあります」

南部の診立てでは重篤な症状を出し始めた者が数名いた。あのまま重ねて投与され続ければ、まさに命にかかわる。
斎藤は急ぎ、身支度を整えるために隊部屋へ戻っていった。土方はセイに監察の者を呼ぶように言った。

「このような事態になりお恥ずかしい限りです。至急、原因を突き止めます」
「そうしてください。投与をやめれば自然に改善していくでしょう。とにかくお急ぎください」
「承りました」

厳しい顔で南部が告げる言葉に、土方も頷いた。
それから南部は引き取っていったが、南部が帰るのを見計らって現れた監察の者に土方は調べの状況を尋ねた。

「まだわからんのか?」
「申し訳ありません。ご指示をいただいてからすぐに調べに回りましたが、不審な動きをする者は今のところおりません」
「ならば、賄いの者の半数に暇をだせ。最近勤め始めた者から半数を半月ほど暇をやれ。手が足りないところは隊士を回していい」
「承知いたしました」

すぐに監察の者がふれをまわしに行く。セイが戻ると、すぐに賄いの半数に暇を出したことをいい、手伝いに回るように言った。

「お前も立て続けての隊務ですまんが、なんとか頼む」
「わかりました。斎藤先生は着替えられたらすぐに巡察に回られるとのことです」
「そうか」

セイは、土方の顔を見て、その疲労だけではない何かを感じていた。昨日、半日ほど単独で外出していたと聞いたが、その間に何をしていたのかをセイ達は知らない。
セイは、ここしばらくで言葉を飲み込むことが多くなったと思った。黙ってセイはそこから立ち上がると、賄い所へ向かった。

 

– 続く –