花嵐 7

〜はじめの一言〜
風味だけは時代小説っぽく!!
BGM:B’z イチブトゼンブ
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「神谷様!?」
「屯所に行って。沖田先生がいますから」

そういうと、セイはお尚を立たせた。まっすぐに男達を睨みながらセイは、お尚を後ろに押しやった。

「分かった。私達は残る。その代わりにこの人を自由にしろ!」

お尚を殴った男が、嘲るように笑った。

「馬鹿な奴だ。その女は我々の仲間だぞ?」

セイは無言で男とにらみ合った。相田は、セイは言い出すのを黙ってみていた。これまでのやりとりで、セイと女が知り合いらしいことは分かっていたから、まずは女を逃がしたかったのだろう。

「仲間などではありません!!私はこの者たちの道具でしかない!」

お尚が叫んだ。セイは、そっとお尚に自分の匂い袋を握らせて、取り囲む男達の隙間から押し出した。

「早く行って!」

どのみち、屯所に向けて、脅迫文を届けるつもりだったのだろう。男達はお尚が走り去って行くのを追わずに、セイと相田をじわじわと取り囲んだ。

お尚はその場から駆け出すと、通りを外れて近くにあった茶屋に飛び込んだ。
後をついてくる姿は無い。店の者に頼み、急いで文をしたためた。それを結び文にしてセイの匂い袋を添えると、いくらかの礼と共に、新撰組の屯所へ急いで届けてくれるように頼んだ。小僧が走り出ていくのを見てから、お尚も茶屋から走り出した。

水奈木は薩摩藩の息のかかった料理屋である。主に見回り組や新撰組の動向を探るべく設置されたもので、お国訛りのあるものたちを排除したために、厳しい監視の目をかいくぐってきた。
長州と薩摩が手を組んだ今、薩摩がらみだけでなく長州者も出入りするようになっている。

町屋に駆け戻ったお尚は、急ぎ着物を着替えた。新しい襦袢に唯一、手元に残していた亡き夫との祝言の際に着た着物を纏う。
胸には、懐剣を手挟んで息を整えると、お尚は水奈木に再び足を向けた。

屯所ではちょうど、夕刻の幹部会が続いていた。そこに、門脇に届けられた文をもって隊士が駆けて来た。

「失礼致します!近くの茶屋から武家女に頼まれて急ぎの文が届きました」

副長室側から声をかけると、すぐに中から障子が開いた。回り込んで、隊士が文を渡すと、土方はすぐに文を開ける。

女の手でよほど急いだのだろう。筆跡が乱れているが、思ったよりしっかりした者が書いて寄越したらしい。そして、文の間に挟まれていた匂い袋。

「近藤さん、まずい……。神谷たちが攫われた」
「どういうことだ!?」

苦い顔の土方から文をむしりとるようにして近藤は文に目を通した。総司は、土方の手に握られた匂い袋に目が釘づけになる。

―― 神谷さんの……匂い袋だ

それが総司にわからないはずもなかった。近藤が文を握りしめる。

 

『水奈木という料理屋は薩摩の息のかかった店。そこに神谷ともう一人が捕えられている』

 

「全員!非常招集だ!!」

土方の怒声が響いた。総司は刀を持つと、外へ走り出そうとした。廊下に出たその目前に抜き身が閃いた。

「斎藤さん!!」
「うちの二人の弔いだ。ここは俺が行く」
「いくら斎藤さんでも譲れません」

すでに斎藤の目も尋常ではない。しかし、正面から総司も睨みかえす。

「俺も譲れんな。弔いだけではなく、神谷もかかっている」
「うちの相田さんもかかってますよ」

すっと、斎藤は刀を引いた。

「行くぞ、沖田さん」
「斎藤さんこそ!」

二人は、そのまま走りだした。隊の者たちは、土方達が連れてくるだろう。
屯所を走り出る二人をみて、隊士達が支度を急ぐ。一番隊と三番隊の者たちは、副長室に走って、二人が先に出たことを告げた。

 

夜道を全力で駆けた後。

水奈木につくと、二人は刀を構えた。躊躇なく店の中に踏み込む。

すでに店の者たちは逃げたのかもしれない。荒々しく踏み込んでも誰が出てくることもない。
人もいない部屋はほとんどが開け放たれているが、いくつか閉まっている襖がある。まるで案内するように閉じられた襖を次々と開け放っていく。

 

 

時は少しばかり戻る。

お尚がその場を離れた後、セイと相田は捕えられた。後ろ手に縛りあげられて、茶屋の中に引きずり込まれると、最奥の離れの一間に連れて行かれた。

二人の刀はそれぞれ縛られた時に取り上げられた。それぞれ、部屋の床の間を背にして座らされ、一人が、セイの顎を掴んで上向かせる。

「こんな、女子みたいな若造が阿修羅っちゅーのは本当のことかよ?」
「おい、やめろ。そいつらは新撰組をおびき出す餌だぞ」

無骨な顔がセイの顔の目前にあって、にやにやとセイの顔を眺めていた。後にいたまとめ役らしき男が諌めるが、男は構うことなく、セイの頬をべろりと舐めた。不快な感触に、セイはぷっと唾を吐きかけた。

「こいつ!!」
「馬鹿を云う奴らだ!隊がこんな様になった私たちのために、ここに現れるとでも言うのか!」

セイは、思いきり腹に力を入れてわざと怒鳴った。お尚を助けるためとはいえ、あらゆる方向から見てもセイと相田は不利である。

その横で、相田が必死に後に回した手で、縄を切ろうとしていた。その手には捕えられた際に、密かにセイに渡された小柄が握られている。刀を取り上げられる随分前に、鞘から外していた小柄をセイはそっと袖口に隠していた。
縄で縛りあげられた後、離れに連れてこられる間に、よろけたふりをして相田の手にそれを渡していた。

頬にかかった唾をぐいっと袖口で拭って、何事もなかったように男はさらにセイの胸元をぐいっと引いた。

「大体、女子を使って不逞を図るお前たちの何が志士だ!ふざけるな!」

時間を稼ぎ、相田が縄を切る音がわからないように、次々と大声を上げる。先ほどの男が、ついに我慢できなくなったのか、再びセイの顎を掴んで思いきりその顔を殴り飛ばした。

 

 

– 続く –