頑固者の矜持 3

〜はじめの一言〜
斉藤先生の強さというか、総ちゃんにはないところがすてきです。

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「誰かの強さが全く重なる者もいれば、そうでない者もいる。持って生まれた向き不向きや体格や、努力だけではどうしようもないことを同じ土俵の上に載せて無理やり比べればどこかに無理が出る。それよりは、そのものの向いている部分を伸ばしたほうがいい」
「……私には剣術はむいていないということですか?」
「誰もそうはいってないぞ。清三郎」

白と黒の碁石をざっと手で一か所にまとめると、今度は白い石を斉藤が並べた。次々並べていくと、今度は黒い石を並べ始めた。

「剣術に絞っても同じことだ。足さばき、相手を判断する力、刀捌き、動きの速さ。こうしてみれば、清三郎。お前は筋力は弱いかもしれんが、すばしこさがある。判断力があるし、小回りもきく。こういったものは沖田さんにはないところだろうな」
「そんな、でも沖田先生にはそれを補って余りあるくらいの剣術の腕をお持ちですから」
「ならばお前だってそうだ。筋力の弱さを補うくらいの素早さと、度胸の良さ、判断力もある」
「……そうでしょうか」
「ああ」

再び横に並んだ碁石を、今度は丸に並べなおす。すると、白と黒の丸が二つ重なってできることになる。

ようやくセイにも斉藤が何を言っているのか、わかり始めた。

「そもそも、お前と沖田さんとでは体のつくりも違う。もちろんほかの隊士達とも違う。各々違うものなのに、強いというひとくくりで決めてしまうものか?」
「それは……、確かに違うはずですけどでも、やはり、ほかの一番隊の皆さんも違うなりに強いですし」

もうわかっているのだろうに、まだ言い募るセイに斉藤が苦笑いを浮かべた。

「ならば、一番隊全員の強さを並べてみるか?」

指先に白い石と黒い石を摘まんだセイが、何も言い返せなくなって黙り込む。目の前に斉藤が並べた碁石は、白い円が黒い円を包み込むようでいて、黒い円は白い円に包み込まれてはいない。

きっと一番隊の隊士たちをそれぞれ白と黒の石で表せば、いくつもの輪が重なったり、離れたりするのだろう。
目の前に並んだ石に触れたセイは、包帯の巻かれた手で持っていた石とは別な石を手にした。

「私も強くなれるでしょうか」
「なれるだろうな」

端的に応えた斉藤に、不安の色を見せたセイはどうしても信じかねるようだった。
火鉢の炭がそろそろ燃えつきそうなのを見て取ると、斉藤は碁石を片付けて立ち上がった。セイが取り出してきた場所を見ていたので、飾り棚に碁石を戻すと、セイに向けて手を差し出した。

「そんな顔をするな。どうだ、一緒に稽古でもしてみるか?」
「いいんですか?」

うるうると涙の滲んだ目で見上げられると、ぐっときてしまう。斉藤はどぎまぎと視線を逸らしたが、差し伸べた手はそのままで、セイはぐるぐる巻きの手をその手に重ねた。

手にかかる重さごとセイを引き上げて立たせた斉藤は、火鉢を部屋の隅に押しやった。

「道場に行くまでもないだろう」

そういうと、火鉢に刺さっていた火箸を引き抜いて、一本をセイに渡した。もう一本は斉藤が手にする。細いがちょうどいい長さと見た斉藤が、その場で選んだのだ。

「得物はこれでいくぞ」
「これ?!ですか」
「鍛錬はしようと思えば何をもとにしてもできるものだぞ」

部屋の真ん中へ移動した斉藤は構えようとして火箸を見てからふと動きを止めた。
少し待て、というと、目の前の障子をあけてすぐ近くに植えられていた椿の花を二つほど手にした。がくのほうから火箸に突き刺すと、セイの持っていた火箸にも同じように突き刺した。

「これでいい。花を落としたら終わりだ」
「わ、わかりました」

何をどうするのだろうと思いながら火箸を構えたセイに、斉藤が火箸を繰り出すと、セイの腕すれすれをかすめた。
慌てて交わしたセイが火箸を強く振ったので、火箸は当たっていないのに、椿の花が落ちそうになる。

自分で相手に火箸を差し出さなくても、自分自身が不用意に火箸を振り回せば花は落ちる。

―― 難しい……!

躊躇っている暇もなく、次の手をすぐに斉藤は送ってくる。
交わしながら、狭い部屋の中で斉藤の攻撃を防ぐのは並大抵のことではなくて、火鉢の火は消えてしまったというのに、セイの額にはうっすらと汗が滲み始めた。

思い出せば、山南と矢立で行った稽古も、総司と朱鹿野で行った稽古もこれに似ている。
二人、いや、斉藤も含めて三人とも、セイにはこの手の稽古のほうがセイの特性を伸ばせると理解しているのだろう。
すぐに夢中になったセイを相手に、どういう動きが得意で、何が不得手なのか見定めていく。

焦るより、何より、こうした時間のほうがセイには気が楽だということは本人も自覚があるのだろうが、徐々に、先ほどまでの不安げな様子が落ち着いていった。

火箸は金でできているので、うっかりと当たればキン、と金属らしい音をさせる。

「くっ、あっ」
「どうした?もう終わりか?」

畳の上ということもこんな稽古には良い条件だったようだ。常に、道場のように板敷きで広々しているわけではない。部屋に踏み込むこともあれば、狭い部屋ということもある。
足袋を履いていると、畳の目に沿って足を滑らせれば面白いように滑ってしまう。

となると、畳の目を気にしながら動かねばならないことになる。

うっかりセイは、片足を滑らせて、膝をついてしまった。さすがの斉藤も軽く息が上がり始めたために、攻撃を止めてセイを待った。

「お前は、目先のことに反応して動くほうが早いな」
「そりゃ、もちろんですよ。だって、そうじゃないと兄上に叩き落されます!」

すっかり息の上がったセイは、流れてきた汗をぬぐいながら言い返した。

「だが、目先の事だけでは今のように足元をすくわれてすぐにやられるぞ」
「わかってます!!」

むっとして言い返すセイに、斉藤はどこまで行っても冷静に指摘を返してくる。

「わかっているならなぜ、全体を見ないのだ。まだ目をふさぐ頑固者か」
「違います!でもっ……、私は素直に聞いているつもりです!これ以上どうしたらいいのかなんてわかりません!」

まるで地団太を踏む子供のような返答に、思わず斉藤は口元を緩めて微笑んだ。
まっすぐで、疑いのないセイの剣技のような姿に、斉藤は火箸を下ろした。セイとは違って、まだ斉藤の火箸にはしっかりと椿の花が刺さっていて、下ろしたぐらいではどうということもない。

「いい方法を教えよう。まず、相手と同じ動きをしろ」

はぁ、はぁと息を整えていたセイは、何を言うのかとはっきりと不快そうに斉藤を見上げた。セイが斉藤と同じ動きができるなら、今、こんな風に足掻いて苦しんでいるはずがないではないか。

「そんな顔をするな。いいか?すべてではなくてもいい。とにかく何も考えずに真似ればいい」
「できません。できるわけがないじゃないですか。さっき兄上だって、元の体も何もかも違うのに、同じ強さなんてなるわけがないと」
「だから、お前は頑固者だというのだ。いいか?今お前は階段の下から上を見上げて足掻いている。だが、俺は廊下に立ってお前を見下ろしている。これは見えている景色が同じか、否か?」

 

– 続く –