頑固者の矜持 4

〜はじめの一言〜
斉藤先生の強さというか、総ちゃんにはないところがすてきです。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

禅問答のような問いかけに、セイも火箸を下ろして答える。

「否です。同じなわけがないじゃないですか」
「ふむ。だが、周囲の景色は俺もお前も同じだろう?」
「当たり前です。同じ場所に立っていれば誰だってそうですよ」
「なら、見ている景色は同じか?」
「え?……あれっ?」

自分で反論したはずなのに、あっさりと認められれば今度は逆に疑いを持ったセイのほうがはたと考え込んでしまう。
面白がった斉藤は、さらにセイに畳みかけた。

「俺の見ている光景とお前が見ている光景が同じということになるな」
「え?え?そんなはずは……」
「そうだな。おかしいな。だったらどうするんだ?」

だったらどうするか。

一種の訓練なのだろうが、到達点を決めると逆算でその手前、さらにその手前に何ができるのか、どんどん条件が狭くはなっていく。

「さあ。お前はどうするんだ?」

揶揄するような斉藤の言い方にむっとは来ても、何と返していいのかわからなかった。
そこに、小部屋の中の人の声を聞きつけた土方が部屋の前に現れた。

「なんだ。こんなところにいたのか。斉藤、ちょっといいか」
「はい。では清三郎。後は自分で考えろ」

土方に呼ばれた斉藤は、椿の刺さったままの火箸をセイに渡すと、軽く頭を叩いて部屋から出て行った。
部屋に残されたセイは、解けない宿題を手の中に残されて、椿の刺さった火箸を目の前に、むかむかと落ち着かない気分を味わっていた。

副長室へと斉藤を伴った土方は、近藤を交えて話を終えると思い出したように問いかけた。

「そういえば、お前さっき、なにやってたんだ?」

―― 神谷相手に?

そんな問いかけに斉藤は思わず笑い出しそうになって、口元を緩めた。珍しい斉藤の様子を見て、近藤と土方が顔を見合わせる。

「どうしたんだい?珍しいな」
「これは失礼いたしました。実は……」

そういうと、斉藤は事の顛末を話し始めた。
手を痛めたあたりでは、土方も近藤も顔をしかめていたが、徐々に話の全体が呑み込めてくると苦笑いを浮かべる。

「こればかりは、教えてどうにかなるものでもありませんので」

そういって話を締めくくった斉藤に、近藤が頷いた。職人などはよくあるのかもしれないが、技を盗むという。盗んでも、それぞれの工夫がなければ盗んだ技は生きてこない。
こればかりは口で教えても何をしても、本人が飲み込む術を身に着けなければどうにもならないのだ。

「まあ、神谷君は周りが周りだけに苦労するだろうなぁ」

同情的な口ぶりで近藤が脳裏にいろいろと思い浮かべた。セイの師である総司や、ほかの者たちのように、幼少のころから剣術を習っていたわけでもないセイにとって、習うより慣れろや、技を盗むということが思いのほか身近ではないのだ。

「つったって、俺だって門人になったのはずいぶん遅くなってからだぜ?」
「だからお前は土方歳三流だろう?」

自分に当てはめて口を挟んだ土方は藪蛇とばかりに首をすくめた。育った環境も、考え方も何もかもが違う中で確かにセイは厳しい環境なのかもしれない。
腕を組んだ土方が、こきこきと首を鳴らしてから小さく唸った。

「まあ、でも、あいつは大丈夫だと思うぞ」
「トシ?」
「うまくいえねぇが……。はなから見どころのないやつを叱ったり、教えたり誰もしねぇもんだ。だが、あいつは根っこのところが素直で、まだまだ伸びる芽をもってやがる。それを、お前も、総司も他の奴らもわかるからこそ、あいつに手を貸す。教える。叱る。だろ?」

―― だからあいつは大丈夫だと思う

土方の話を聞いていた斉藤は、ちらりと近藤と視線を合わせた。斉藤が心に思ったことを、近藤が素直に口に出す。

「トシ。お前、神谷君のことをよく見てるなぁ」
「ばっ!!俺はだな、隊の全員をよく見てるに決まってるだろ!」
「そりゃそうかもしれないが、思った以上に神谷君を信じているとわかって嬉しいよ」

にこにこと頷く近藤に、けっと呟いた土方はそっぽを向いた。無類の照れ屋だけに、うっかり素で答えた自分が恥ずかしくなったのだろう。
笑いをかみ殺した斉藤と近藤が視線だけで笑いあった。

巡察から帰った一番隊の部屋では、セイが穴が開くほど総司を眺めていた。

「……神谷さん」
「何でしょう」

ごく至近距離で総司の動きのすべてを見ていたセイに、こめかみを引くつかせた総司はじろりと睨みつけた。

「そんなにじろじろ見られたら私に穴が開きますけど」
「先生は人間ですから眺めたくらいじゃ穴は開かないと思います」
「もののたとえであって、本当に穴が開いたらたまりませんよ。いいからいらっしゃい」

セイの首根っこを摑まえると、猫の子を持ち上げるように総司はつまみあげて部屋を出て行った。庭先に出て、セイがいつも物干しをしているところまで出て、ようやくセイを離す。

「なんなんですか、いったい」

稽古の禁止と巡察に連れて行かなかったから恨んでいるのかと思った総司に意外な答えが返ってくる。

「先生が恰好いいからです」
「…………はぁ?」
「ですから、私から見て、先生は強くて、何事においても尊敬に値するので、私は先生のように、先生のお伴ができるようになりたかったんです。だから剣術も もっと強くなりたかったし。でも、先生の強さと私の強さは違うものだと兄上に言われまして、それならば、まずは先生の姿をよく見習ってから先生になくて私 ができることを頑張ればいいのかなって思ったんです」

一息にまくしたてたセイの言うことをぽーっと聞いていた総司は、はっと我に返った。

「あの、あのですねぇ。神谷さん」
「早く大好きで恰好いい先生に必要としていただけるように頑張ります!」

ぺこりと頭を下げたセイは、ひゃー、言っちゃったと呟いて、照れくささから逃げるように隊部屋に去って行った。残された総司は、しばらくその場にしゃがみ込んで地面にのめりこみそうな自分と戦っていた。

「あの子ってば、本当にわかってて言ってるんですかね……」

真っ赤になった総司は、我ながら振り回されていることをしみじみと自覚するのだった。

 

 

– おわり –