神の杯 中編
どすどすと足音も高く副長室に向かうセイは、小さな団子と大福が乗った盆を持って行った。お茶の支度はそれぞれ局長室にも副長室にもあるはずなので、そこから支度をするつもりで盆には乗せていない。
それでも副長室の前まで来ると、きちんと膝をついて声をかける。
「副長。入ります!」
返事を待たないのは、この忙しいのにわざわざ自分を名指しでこき使うことに腹を立てていたからだ。
部屋の中に入ると近藤と土方が火鉢を挟んで向かい合っていた。
「局長もいらっしゃいましたか」
その可能性もあるだろうと、当然盆の上は二人分である。
火鉢の傍に腰を下ろしたセイは、お茶の道具を引き寄せて茶の支度を始めた。
「お前、呼んだらさっさと来い」
「忙しい最中に呼んでおいて何をおっしゃるんですか。こんなじゃまともに正月を迎えられませんよ?」
じろっと睨み返したセイをみて土方の渋面が深くなる。
仕方がないなぁ、と笑みを含んだ近藤が小さく土方に首を振った。
はて、と思いながら茶を淹れて差し出した。
「神谷君の分がないよ?」
「え?あの……」
近藤に促されたセイは、土方と近藤の顔を見比べた。
「お前の分も茶を入れろと言ってるんだ」
「……や、あの、私は……」
「いいから淹れろ」
命令口調にむっとしたがしぶしぶ、湯呑をもう一つ出して茶を淹れる。
セイが急須を置くのを待って、近藤と土方の両方から、大福と団子の乗った小皿を押し返された。
「……は」
「食え」
目を丸くしたセイに近藤が頷く。
ふーっと大きく息を吐いた土方は、茶を一口飲んだ後、セイを見た。
「お前、朝からろくに食ってないだろう。きちんと食え」
「は……、でも」
「でもも明後日もねぇ。それを食うまではこの部屋から出さんぞ」
じろりと睨まれたセイは、どうしてそんなことまで知ってるのかと思いながら、小さく頭を下げて団子に手を伸ばした。
確かに朝餉の支度をする賄いで誰よりも先に働きだしたセイは茶を少しと、残った汁を飲んだものの、つぎから次へとやることがいっぱいで食べるどころか、腹が減ったということも忘れ切っていた。
団子を食べだすと、一本食べてもまだまだ腹が空いていてもっと食べたいとようやく自覚する。近藤から差し出されたほうにも手を伸ばすと、困った奴だと言わんばかりの土方が口を開いた。
「お前、毎年同じことを繰り返してるようだが」
「はひ」
「もう少し自覚を持て」
目を丸くしたセイが、団子で口がふさがっているために首を傾げると、ちっ、と舌打ちが返ってきた。
「それだけじゃ神谷君もわからんだろう」
困った奴だな、と近藤が助け舟を出してくれた。
「そろそろ、神谷君も仕切る立場に慣れてきただろう?」
「……はぁ」
大掃除だけでなく、もうこういう場の仕切りは遣り手婆といわれるくらい、セイが隊を仕切ることも多くなってきたことは確かだ。
「歳がいうのはね。仕切るものが現場にいてはだめだということだよ。わかるかい?」
「いえ……。それはどういう……?」
まったくどういうことを言われているのかわからないセイに噛んで含めるように言う。
「そうだなぁ。総司や斉藤君や、藤堂くんたちもそうだが、捕り物になったとき、先陣を切るときと、そうじゃない時があるだろう?大きな捕り物になればなるほど、初めは後ろにいて、采配を振るうはずだ」
「はあ、そうですねぇ」
「逆に、彼らが出ていくときは、伍長たちが後ろにひかえていて仕切るだろう?」
見慣れた光景を思い浮かべたセイは、素直にうなずく。それは、組長である総司たちが日ごろから伍長をはじめとして隊士達にそう仕向けていることもあれば、それぞれの立場に応じてうごいているからにすぎないはずだ。
「じゃあ、神谷君がやっていることは?」
「え?でも、私は隊の中のこういう祭り事ですし、ほとんどは小者の皆さんと……」
「だから!そうじゃねぇ。お前もいい加減古参の隊士なんだ。隊を仕切るってことは組長と同じことをやってることくらい、少し自覚しろ。そして、お前のあとをちゃんと育てろ」
近藤と土方の視線から避けるように徐々に俯いてしまったセイは、大福を口に運びながらも、胸の内でぶつぶつと呟きをこぼす。それを見越したような土方が、にやりと笑った。
「どうせお前のことだから、そういいながらこうして自分を使うじゃないかとか思ってるんだろう?」
「そ、そんなことは……」
「それこそだ。お前が自覚しろというのは」
自覚が足りないといわれる理由が呑み込めないセイは眉をひそめた。