誇りの色 33

~はじめの一言~
大変ながくなりましたね。終わりでございます。

BGM:
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「神谷。茶を頼む」
「はい!ただ今!」

三番隊と一番隊の隊部屋を忙しそうに往復するセイは、頭に包帯を巻いた姿で走り回っていた。

「神谷さ~ん。洗濯物が沢山あるんですけど」
「はぁい!ただ今!!」

賄いに走っていき、駆け戻ってきたセイは斉藤に茶を差し出すと、今度は総司の傍に山と積まれた洗濯物を抱え上げた。
その傍で、刀の手入れをしていた総司はちらりとその姿を見ると、ぱたぱたと打ち粉を叩いた。

「まだまだやることはありますからね」
「わかってます!!」

やけくそ気味に叫んだセイは、中庭の井戸へ向かって駆け降りて行った。
苦笑いを浮かべてその姿を見守っている一番隊と三番隊の隊士達は、見物に飽きはじめると、それぞれ表に遊びに行ったり、昼寝を始める。

あれ以来、五日ほど隊務を減らされた一番隊と三番隊は隊の半分ずつが休みを交代でとっている。斉藤と総司も休みということではあったが、念のため屯所に待機という形をとっていた。
その二人の傍で、罰として休みなく働いているのがセイである。

「この程度の事であれが懲りるとも思えんが」
「わかってますけどね。こうでもしないと」

途中で言葉を切った総司の後を引き取った斉藤は、ずずっと茶をすすりこむとふう、と息を吐いてから続けた。

「怪我も治らんうちに何をするかわからん、というところだろう?」
「さ、斉藤さん!」
「甘やかすのもほどほどにせんと、副長の目もそろそろ誤魔化すことなどできんぞ?衆道にはまったとでも」
「うわぁ~~っ!斉藤さんのイケズっ!!」

思わず刀を手にした手を振り回してしまう。ひょいっと避けた斉藤が嫌そうな顔で総司を睨んだ。

「……なにをする」
「ああっ!すみませんっ!でもっ、ちょ、ちょっと神谷さんの様子を見てきますっ」

慌てて、手入れもそこそこに刀を収めた総司は、耳だけを赤くしながら庭下駄をつっかけて逃げ出していった。残った斉藤がずずっと再び茶をすする。

「いい天気だ」

 

 

 

「こんなにたくさん~!皆、溜めすぎだよ!」

ぶつくさと零しながら一番隊の隊士達の洗濯物を片っ端から片付けていたセイの隣に、袴の裾を端折り上げた総司がしゃがみ込んだ。

「仕方ないなぁ。手伝ってあげますよ」
「沖田先生!」
「こんなことをしたって……、あなたが懲りてはくれないとわかってはいるんですけどね」

罰として総司と斉藤の言う事を聞くことと言われたセイは、反省だけはしていた。申し訳なさそうに俯いて、手にしていた誰かの稽古着をごしごしと桶の中で強く洗う。

「私も、反省はしているんです。もう、あんな真似はしません」

ふ、と隣で誰かの浴衣を洗い始めた総司が苦笑いを浮かべた。

―― あなたが貴女である限り、そんなことはできないでしょうに

「じゃあ、もしここにあなたが一人でいたとして、どう見ても怪しい浪人者が歩いていたらどうします?」
「それは、えーと……、一人でいるんですよね。そうしたら、目撃した場所を屯所に知らせます!」
「ふうん。では、私が一緒だったらどうします?」
「それはもちろん、後を追いかけ。あ……」

つい、そう口にしてしまったセイがしまった、という顔で、隣にいる総司の顔をちらりとのぞき見る。それ見たことかと睨まれたセイは、唇を噛み締めた。

「くっくっく」
「?」

耳元で聞こえた声に驚いたセイが顔を上げると、堪えきれずに総司が笑い出していた。

「だからね。あなたはあなたなんだから、それをわかって行動しろと言われましたよ」
「へっ?!」
「副長に私も斉藤さんも叱られちゃいました。神谷さんの事、わかっているはずなのにってね」

―― だから、あなたはこんなことで変わったりはしないでしょう

笑いが引くと、ふわりと総司はセイの頭を撫でた。濡れた手で包帯を汚さない様に気をつけながらセイの頭に触れた総司は、ざんばらに斬られたセイの髪を思い出した。

「あんなにきれいな髪だったんですから、早く伸びるといいですね」

馬鹿にされたのか、叱られたのかわからなかったが、思い切り笑われたセイは、拗ねた顔でぷいっとむくれた顔で洗濯物へと視線を戻した。

「自業自得だからいいんです!」
「どうしたんですよう。神谷さん」
「だって……。確かに、また同じ場面になったら我慢できなくて飛び出してしまうかもしれませんけど、でも、黙ってられなかったんです!沖田先生も、斉藤先生も、あんな奴らと一緒なんかじゃないし、同じ黒を着ててもその意味も重さも絶対に違うんです!」

ふん、と鼻息も荒く、まるで手にした稽古着がそういったのかというほど、荒っぽく濯ぐとぎりりと絞り上げた。
相手がたとえ誰で、どんな思いで今があっても、セイ達にはセイ達なりに重ねてきた時間と、想いがある。だからこそ、彼らのように何を言われても、土方と同じように、セイにとってもいつもの捕り物でしかないのだ。

「今回は、私が勝手な振る舞いをしてご迷惑をおかけしましたけど、でも!私は新撰組の隊士で、武士ですから!!」

ばちゃん、と桶の水を叩いたセイを総司はなぜか、眩しそうな顔で眺めた。

―― 神谷さん。私達がこれから先、どれほど汚く、汚れて行こうともあなたがそうして誇りの色を纏っている限り……

誰にも汚すことのできない、新撰組を支える光であってほしい。
総司や斉藤だけでなく、土方さえも同じように思っているはずだ。

「やぁっぱり神谷さんは神谷さんですねぇ」
「どういうことですか?!それ、絶対に馬鹿にしてますよね?ええ!もう、わかってます!どうせ、何度でも懲りない愚か者ですよっ!」
「そんなこと言ってないじゃないですか。まったく。被害妄想は可愛くないですよ?」
「可愛くなくて結構です!」

ぷん、と思い切り拗ねたセイは総司の手から洗濯物を奪い取ると、さっさと洗い終えたものを空いた桶に積み上げる。それを抱えると、すたすたと総司の傍を離れて物干し場へと歩いていく。

「かーみーやーさん」
「まだ私は罰の最中ですから」

ぶすっと拗ねたセイが物干しに洗濯物を広げ始めると、総司が苦笑いを浮かべてそれを手伝い始める。しぶしぶ、一緒に洗濯物を干し終えた処で、びしっと総司が指を立てた。

「神谷さん。まだ罰は終わってませんよね?」
「ええ……」
「じゃあ、次は一緒に甘味処にでも付き合ってください。そして帰りには土方さんと斉藤さんにお土産を買ってくること。これはあなたへの罰ですからね」

薄らと頬を染めて、嬉しさに歪みそうになった口元をへの字にしたセイが、総司を見上げてこくん、と頷く。セイの手を掴んだ総司が、支度をすると言って歩き始める。

まだ、春は先だと言うのに、温かな日差しが降り注いでいた。

 

– おわり –