再会~喜怒哀「楽」 7

〜はじめのつぶやき〜

BGM:Superfly 輝く月のように
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

「ああ……。仕方ないか」

洗い場で自分の着替えを洗濯していた宗次郎の姿を見つけたセイは、ひょいっと顔を覗かせた。

「沖田先生?どうされました?」

着替えはセイがまとめておけば洗うとはいえ、各自下着や自分の私服などは好き勝手に洗っている。宗次郎は、その中でも診療所にかかわりがないからと気を使って、いつも自分の分は自分で洗うようにしていた。

「神谷さん」
「お洗濯ですよね?あっ!駄目ですよ!シャツを色物と一緒にしちゃったら……」
「ハイ……」

うっかり色のついた物の間に、紛れ込んでいたらしい。学校に来ていくための白いシャツが見事なまだらになっていた。

「まあ、仕方がないですよ。あまり替えがないのでまめに洗濯しなくちゃいけないくらいで」
「そうなんですか?!」

宗次郎が洗濯しているので、日頃の服装で見たことがあるくらいなのだ。着替えの数まではわかるわけがない。

むぅ、とそのシャツを睨んだセイは洗面器のあいているものに、漂白剤を入れてそのシャツを丁寧に沈めた。

「これで様子を見るしかないですね」
「すみません。手間をかけさせてしまって」
「いいえ。このくらいなんでもないです。それより、先生、替えのシャツがないなら買いに行かれますか?」

スーツもそれほど多くはないが、このところ、陽気もいいので、シャツの方が回転が速い。数枚なのに一枚が消えてしまうのは確かに痛かった。

「そうですね、買いに行きたいところですが、この辺にはあまり詳しくないので……」

越してきて二月近くたつというのに、休みの日でも宗次郎はほとんど家の中にいることが多かった。片づけをしていたり、本を読んでいたり、時には授業で使う教材を整えていたりもする。

外出する姿をほとんど見ていなかった気がした。

「沖田先生、学校とここの往復以外で、どこにもいかれてないんじゃありませんか?」
「いえいえ、駅からここまでも歩いてきましたから、何となくあのあたりにお店があるな、くらいはわかりますよ」

大きな町ではないが、駅の方に向かえばそれなりに栄えてもいるし、女学校に通う生徒たちの家があるくらいだから小洒落た店も多い。

むぅ、人差し指を自分の顎のあたりに充てて考えていたセイは、ちらりと部屋のほうの柱時計に目をやる。

「沖田先生、この後お時間ありますか?」
「は?ええ。まあ」
「じゃあ、お散歩がてら出かけませんか?このあたり、ご案内します!」

いきなりのセイの申し出に面食らったが、藤堂たちが言う、セイの面倒見の良さがわかり始めていたので素直に受けることにした。

「神谷さんが案内してくださるなら、喜んで」

ぱっと顔が明るくなったセイは、支度をしてきます、と言ってばたばたと自分の部屋に駆けて行った。
洗い物の途中だった宗次郎は、残りの洗濯物を洗ってしまうと、物干しに広げる。一人暮らしが長いだけあって、手際よくこなしてしまうと、セイが小さな鞄を持って下りてきた。

「私も支度をしますから少しだけ待ってくださいね」
「はい」

前掛けを外して、明るい色のワンピースに着替えたセイだったが、髪だけは一つに結んでいた。襟元よりも少しだけ下まで来る髪が揺れる。

財布と上着を手にした総司がすぐ降りてくると、二人は玄関に回った。表に出てから少し待ってといって、診療所に顔を出したセイが、出かけることを告げている。

陽射しはだいぶ温かいが、三時になろうかという時間だけに、それほどきつくもなく心地よい。

「お待たせしました!」
「ちゃんとお話ししてきましたか?」
「ええ。しっかり案内してくるように、ですって」

くすっと笑うと、連れだってゆっくりと歩いていく。

「ここは、学校のあるところは丘になってますけど、それ以外は割合平坦なんですね」
「そうですね。だからお買いものは楽なんです。これで学校の坂みたいになっていたら絶対、買い出しが嫌いになってました」

力を込めるセイにぷっとおかしくなる。確かに日々の食事を考えれば、買い出しの量も多くなる。セイ一人では大変なことはわかる。

「そういえば、買い出しって、いつもどうしてるんですか?」
「日々のこまごましたものは、週に一度、土曜日とか、父や藤堂先生に付き合っていただいて買ってきます。それが一週間分です。それ以外は、その都度だったり、藤堂先生や、医生の皆さんが手伝ってくれたりかな。でも、食事の用意は私じゃないと……」

安くて、栄養があって、旬のものを探す。時には患者にもふるまうことがあるくらいなので、量もたくさんになる。
それを聞いていた宗次郎は、自然と口をついて手伝うといった。

「次に買い物に出るときは私も手伝いますよ。玄馬先生や藤堂さんは毎日の診察でお疲れでしょう」
「沖田先生だって、お疲れでしょう?」
「学校の方がまだ先生方よりはましですよ」

ぶらり、ぶらりと歩く道は、宗次郎にとって、なんだかくすぐったかった。学校でも女学生たちと話をしていると、華やかで、明るくて、楽しさがこちらにも伝わってくる気がするが、セイはその誰とも違う。

傍にいると、いつも元気で、芯のところで強く押し出される気がする。

「あっ、ここ。ここのお豆腐、おいしいんです」

小さな道の片隅で大きく開け放たれている豆腐屋の前を通り過ぎる。

「あと、向こうの通りにいっつも大きな猫がいるんです。野良なんですけどね。すごーく太ってて、猫らしくない泣き声でぶにーって鳴くんですよ」
「ぶにーって……。猫の鳴き声じゃないでしょう?」
「でも本当にそんな風に鳴くんですよ。近くを通りかかると挨拶してくれるんです」

角を曲がる途中で、反対側を振り返ったセイが、ほら、と指差す。通りの塀の上に茶色猫が丸くなっていた。ふらふらと揺れていた尻尾がぱたぱたっと動いた後、ゆっくりと顔を向けた猫が、セイの言うとおりぶにーっと鳴いた。

「ほら!」

ひらひらと手を振ったセイに、尻尾が答えるように動く。

「ほんとだ」

呟いてから妙におかしくなって、ぶっと吹き出すと口元に手を当てて笑い出した。

「だから言ったじゃないですか!本当だって~」

猫らしくない潰れただみ声のような鳴き声に笑い出した宗次郎は、笑いすぎて目尻に涙が浮かぶ。

「先生、やっぱり笑い上戸じゃないですか!」

本当だって言ったのに、というセイに笑いながら宗次郎はセイの頭に手を置いた。さらりとまっすぐが髪が手に触れる。
気づけば太陽が差して陽射しが当たる様に、セイの傍にいることがなぜか楽しくて、心地よかった。

 

 

– 続く –