記憶鮮明 5

〜はじめの一言〜
可愛らしいおばあちゃんだけど元気一杯って若い者には歯が立たないですよね。

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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高級料亭だけに、門の内側まで駕籠を乗り入れたところで、雅を迎え入れるとすぐに旭の間へと仲居が先に立って案内した。
セイ達とは別に先に届けられた荷物は仲居の手によってすでに離れへと運び込まれている。
斉藤は、主人の部屋にいる総司と顔を合わせた。

「斉藤さん。さすがにどんな姿でも似合いますねえ」
「……。確認はすんだのか?」

じろりと一睨みで総司を黙らせると、主人の部屋に預けておいた自分の荷物を手に取った。斉藤は二日ほど前に一度荷物を預けがてら下見に訪れている。しかし、その二日の間に何者かが入り込んでいないとも限らない。
そのため、総司が直前に二度目の下見を行うことは打ち合わせ済みだった。

「ええ。確認しましたよ。隠し部屋は私達が使うことにお願いしています」

店の者にはすでにそう伝えたことも話して、二人は立ち上がった。
まず、なにはともあれ雅に挨拶しなければならない。

斉藤は彼らの泊まる紅雲の間へと荷物を置いてから、総司とともに隣の離れへと向かった。玉砂利の間の敷石を踏んで風雅な離れの入口へと近づく。
上座に落ち着いた雅は、道行を脱いでゆったりと寛いでいる。
離れの外からこほん、と斉藤が一つ咳払いをすると、中からセイが開けた。斎藤が頷くと、セイが場所を開けて二人を中へと導いた。

「失礼いたします」

セイが襖を閉めて雅の傍へと控えると、斉藤と総司が二人揃って手をついた。

「改めてご挨拶させていただきまする。拙者、新撰組、三番隊組長斉藤一と申します」
「同じく、新撰組一番隊組長の沖田総司です。お供をさせていただいている神谷は私の組下の者になります」

尼寺で体験したセイは二人を待つ間の時間に、雅が見た目や立場から受ける印象とは異なり、若い娘同然だということを十分に理解していた。
軽く二人から視線をはずして上を見上げたセイが構えていると、目を輝かせた雅はセイが予想したとおりの反応で斉藤達を驚かせた。

「まあ、まあまあ!清三郎の言うとおりお二人ともとても素敵!私があと二十も若かったら浮名を流しているところですよ。もっと顔を上げてくださいな」

品の良さそうな老女が開口一番に言った言葉にしては、かなり規格外の言葉に斉藤と総司は手をついたまま顔を見合わせた。凍りついた二人に構わずに、両手を握り締めた雅が、かわるがわる総司と斉藤の顔を見比べる。
総司達が来る前に、部屋に落ち着いた雅に問いかけられたセイは、ともに警護にあたる二人がどういう人物かを大げさにならないように、気をつけながら説明していた。

「どちらも違う雰囲気でとても素敵なのね。斉藤殿はきりりとして武士の姿で正装されたらとても格好良いでしょうねぇ。沖田殿はまたお若く見えるけど、お二人ともほとんど同年でいらっしゃるわね?まあ、このお姿。剣を握られたらさぞやお強いでしょうね。そうでしょう?」

最後のそうでしょう、はセイにむけたもので、同意を求められたセイは素直に頷いた。
きゃぴきゃぴとしている割に、色々なことを一目で見抜いた雅にセイも、斉藤も総司も驚いた。変装してのわずかな間に斉藤と総司の二人に会って、ここまで見切るにはなまかなことではない。

「しばらくお世話になるのに、こんなに素敵な殿方が一緒にいてくださるなんてどうしましょう。ふふ、楽しみねぇ。あら、ごめんなさい」

セイはまだしも、総司と斎藤が固まっているのを見て、しばらく自分の世界に浸っていた雅が正面を向いた。

「しばらくの間、面倒をかけますが宜しく頼みます。私のことは、雅とよんでくださいませね」

女院と称しているが、どうやら出自は武家の出らしい。
斎藤は雅の身元についても詳しく知っているようだが、セイは事前情報がないため、なるほどと思いながら控えている。
だが、人を見るのは雅だけの特権ではない。斎藤と総司もちらりと見た姿から、雅についてあれこれと思うところはある。

「それでは雅様とお呼びさせていただきます。本日はこちらでごゆっくりお過ごしいただきます。市中を見物頂くのは明日からになりますが、ご希望はございますでしょうか」

そうねぇ、と考え込んだ雅はいくつかやりたいことを上げた。すでに要望として伝えてはあるのでそれを繰り返すようなものだが、その中でも段取りや順番がある。

「まずはお芝居を見て、どこかでお食事をいただいて、着物でも見たいわね」

楽しそうな雅を前に、斉藤が腹の中に段取りを収めながら頷いた。元々、そのための特命ということになっている。今夜中に手配を済ませれば、急な予定でも何の問題もない。
雅の要望を聞き終えると、斎藤は自分たちの役割を簡単に説明した。

「ご希望は承りました。もう一つ、我々は常に誰かがお傍におりますが、お休みになる間などは、こちらにある隠し部屋に控えさせていただきます。隠し部屋はいざという時に、逃げ道ににもなりますし、お守りするためにお傍へとすぐに参上することもできるようになっております」

目にはつかないが、傍にはいるということを雅が了承すると、一旦、二人は隣の離れへと下がっていった。
二人が去ると、雅がはぁとため息をついてセイを呼んだ。膝を進めたセイに、雅が目を輝かせている。

「清三郎。本当にお二人とも素敵だこと。あなたも可愛らしいけれど、彼らはまた別の魅力があるわねぇ」
「はい。お二方ともとても素晴らしい先生方です」

身内を褒めるなどどうかとも思うが、大好きな二人のことだ。ついつい、セイも本音が出てしまう。

「お二人は、お独り身なの?馴染みの妓などはいらっしゃらないのかしら」
「そ、そういうことは……」

うきうきと話す雅の勢いに押されそうになったセイはかろうじて踏みとどまった。このまま聞かれては余計なことを口走りかねない。言葉を濁したセイを残念そうに見ながらまあいいわ、と雅が呟いた。

「まだ日はあることだし、ご本人達から伺えばよいわね。さ、じゃあ、先に貴方のことを聞かせてちょうだいな」

セイの手を取った雅に戸惑いながらも、若い女子のような雅がセイはなんだか面白いと、好きになり始めていた。大好きな斉藤や総司の素晴らしさを一目で見抜き、褒めたことでセイの中での雅は一気に良い人へと傾いている。
可愛らしい雅の姿に、セイは聞かれることにぽつぽつと答え始めた。

「さて、どうする。沖田さん」

打ち合わせはしてあったが、それでもやはりこの場で随時、軌道修正はしなければならない。特命の仕切りは、同じ組長格だけにどちらが上でもないが、斎藤が持ち込んだ話だけに何とはなしに斎藤が中心になっていた。
斎藤と総司は、それぞれに荷物を確認しながら、当面のことを話し合う。

「まずは、夜番をどうするかですね。私と斉藤さんで交代ということでしたけど、私から付きましょうか」
「……分かった。それで構わん」
「斉藤さんは明日の芝居の手配りをお願いできますか」

着流し姿の総司と中間崩れの町人姿である斉藤が向かい合っているのは、見慣れているものからすれば違和感を覚えそうな光景である。
今、小屋がかかっている芝居をいくつか数え上げるとどこにどういう配置にするか斉藤は頭を巡らせる。この手のことに総司は全く興味もないだけに、あまり役に立てることはない、と黙って様子を見ている。

そこに離れの外から女中が声をかけてきた。

「失礼いたします」

気を利かせて茶を運んできた女中が、隣の離れにいるセイからの伝言を伝える。

「お隣の離れの方から、夕餉をご一緒にとのことでございます」
「そうですか。わかりました。どうもありがとう」

頷いた総司に、にっこりと笑みを返すと女中は下がっていった。

– 続く –