鬼の日 4

〜はじめの一言〜
先生はいじめっ子気質ですよねぇ

BGM:
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最後の水菓子が終わると、心地良い満腹感に満たされる。

「美味しかったですねぇ」
「そうですねぇ」

食後の茶をしみじみと飲んでいると、顔を見合わせて笑いあう。こんなにゆっくりとした時間が嬉しかった。ゆっくりした食事だったために、普通なら早めに休んでもおかしくないくらいの時間である。

「じゃあ、少し早いですけど休みましょうか」

総司の言葉にセイは素直に頷きかけて、あれっ、と止まった。

「え?休みましょうかって……」
「あ、言ってませんでしたっけ?今日は外泊許可を頂いてますから」
「えぇぇぇぇ?!」

総司と二人だけでここに泊まるのかと思うとぼぼぼっとセイは赤くなった。そんなセイが可愛らしくて、総司はくすっと笑った。

「何を考えているんでしょうね?」
「いいいいい、いえっ!!!なにもっ!!!」

真っ赤になったセイを総司がからかい始めた。わざわざその顔を覗き込んでまじまじと眺める。

「でも顔が赤いみたいですけど?」
「こ、これはお酒です!!お酒に酔ったんです!」
「ふうん」

くすくすと笑う総司にますます赤くなったセイは、残りの茶を一気に飲み干した。店の者には自分達ですると言ってあったので、総司は立ち上がると隣の部屋へと入った。押し入れから布団を取り出すと、店のものなので、艶めかしい赤い布団ではあったが、二組取り出すと、布団を広げ始めた。まるで、屯所の様に二組を並べると、二つとも半分だけ布団を折り返した。

もじもじとセイが動けずにいる間に、枕元に水も用意し終えた総司が首を傾けた。

「さ、どうぞ」
「あ、あ、あはいっ!!」
「どうしたんです?」
「いいいえっ」

ぎくしゃくと隣の部屋に入ったセイはすっかり整えられた部屋にうわぁ、と呟いた。ぽん、とその肩を総司が叩くとセイが飛び上った。

「神谷さんはどっち側がいいです?」
「……はい?」
「屯所じゃ、私の右側が神谷さんですけど、そっち側だとまぶしいかもしれませんね」

窓側であれば朝方まぶしいかもしれないといいだして、総司は自分が率先して窓側を取った。ぽんぽん、と自分の隣を叩くとセイを手招きした。

「いらっしゃいよ。どうしたんです?」
「はいっ」

総司の顔を見ない様にして、総司の隣の布団に入ると、ばふっと顔の半分まで掛布団を被った。総司が枕元の行燈の灯りを半分まで落とすと、同じように横になった。深く布団に埋もれていたセイは、布団から顔を出して総司の方をむいた。
同じようにセイのほうを向いた総司がにこりと微笑んだ。

「神谷さん。眠くなるまでお話しませんか?」
「ふふ、なんだか、こういうのしませんでした?子供の頃、どうしても眠れない時に母や姉と色々な話をしていましたよ」

―― もっぱら私の方が話をしてもらってすぐに眠ってしまってましたが

過去を語る総司の顔がひどく優しくて、セイは布団から両手を出すと、横向きに寝返った。

「私は、兄と一緒にいつまでも話をしていて、母に呆れられたことがありますよ」
「あはは、一緒ですねえ。どんな話してたんですか?」

灯りもまぶしくない様に総司の側におかれていたので、総司の方からはセイの顔がよく見えた。
幼い日のセイの顔を思い浮かべながら総司がセイの方を向いた。

「うーん、私はお転婆な方でしたから、兄上について剣術の稽古をしたりしていたんですね。なので、その剣術の話とか、いろいろですね」
「神谷さんらしいなぁ。子供のころから剣術を学んでたんですね」
「学ぶなんてとんでもない。今思えば子供の遊びにしてもひどいものだったと思いますよ」

幼い頃の兄とのちゃんばらごっこを思い出す。同じように総司もセイが子供の頃に兄と暴れている姿を思い浮かべた。
おかっぱ姿で、兄と駆けまわるセイの姿を想うと、ぷっと吹き出してしまった。

「きっと可愛かったんでしょうね」
「そんなことないです!先生こそ、どんなお話されてたんですか?」
「私ですか?私は、随分甘ったれでしたからねぇ。少しでも強い子にと母や姉たちが思ったんでしょうね。そんなお話を寝物語に聞かせてくれたものですよ」

幼い総司の姿を思い浮かべるが、幼い頃にもっと甘ったれだったと聞いても、全く想像できない。時折土方や近藤に甘えている姿は見ていても、師としての総司の印象のほうが強い。

「先生が甘ったれだったなんて全然想像できませんよ」
「そうですか?今でも土方さんや源さんには時々言われちゃいますよ。甘ったれ宗次郎って」

宗次郎は総司の幼名である。それを聞いて、セイがくすくすと笑い出した。

「先生。もっと試衛館時代のお話を聞かせていただけませんか?局長や副長や、原田先生たちの事も」

本来なら、そこに山南の名前もあがるはずだが、わざと言わなかったセイににこりと笑う。今でも心は痛むが、懐かしい思いの方が強い。

「そうですねぇ。あの頃は……」

昔の話を語り始めた総司は、ねだられるままいくつもの話を語った。どれも楽しくて、懐かしくて、そして、聞いているうちにいつの間にかセイは眠ってしまった。
途中から返事がしなくなって、総司は話を止めた。

「眠ってしまいましたか。神谷さん」

幸せそうな顔で眠るセイの顔を見て、総司は心の奥からほんわかと温まる気がした。
総司の方へとのばされた手をみて、嬉しくなる。それも総司の布団の端ぎりぎりに指先が届いていて、そこから先に伸ばせなかったセイの気持ちがくすぐったい。

投げ出された手に、総司はそっと自分の手を重ねてぎゅっと握った。小さな手が眠っているのに握り返してきて、総司はそのまま目を閉じた。

―― これじゃあ、どっちが接待役だったのかわかりませんねぇ

幸せな気持ちを胸に抱いて、総司は眠りに落ちた。

朝になって目が覚めたセイは、手を繋いだまま眠った時よりも総司と近くて寄り添うように眠っていたことに驚いた。
すぐ目の前で気持ちよさそうに眠っている総司の顔を見て、起こさない様に少しでも距離を開けようとしたところで、総司がぱちっと目を開けた。

「あ」
「あ」

互いに、そう呟くとぷっと吹き出した。ぎゅっと握りあった手を互いの目の前に引き上げて、総司の方が先に口にする。

「おはようございます」
「おはようございます。あの、この手はなんですか」
「仲良しさんだからいいじゃないですか」

どこか顔が緩んだ総司にセイがふわりと笑った。朝日を受けたその顔が、ひどく大事なものに思えた。総司がいつものたわいない戯言を言っていると思ったセイが、それでも嬉しくて思わずそれをそのまま呟いた。

「先生。そんなこと言われると嬉しくて、困っちゃうじゃないですか」

はにかんだセイがとてもかわいくて、愛しくて。
どうしてもつないだ手を離したくなくなってしまう。

「困るんですか?」
「えっ?」

嬉しくて困るというセイに、総司が自分だけが思っているのかと淋しくなって問い返した。不思議そうな顔に、愛しさの反動で淋しさが押し寄せてくる。

「私は、神谷さんが好きですよ」

ぽろっと思わず口から出てから自分が何を口走ったのかわからなくて、総司はぽかんとしてしまう。逆に、セイの方は真っ赤になってそれでもまたいつもの仲良しさんだからという意味だと思い、赤くなった自分が恥ずかしくなる。それでも、嬉しすぎて悔しくて、セイは言い返した。

「わ、私だって大好きですよ」
「本当に?」
「本当です!」

問い返す総司に疑われるのは不本意だとばかりに、セイが言い返すと、ぐいっとつないだ手と反対側の手がセイを引き寄せて、目の前の総司の顔が一瞬近づいた。

ちゅ。

「!!なっ」

ぶわっと赤くなって離れようとしたセイの目をそのまま覗き込んだ。

「神谷さん。大好きですよ」

もう一度繰り返した総司に、セイがうるうると泣き出した。

「嫌でした?」

ふるふると首を振ったセイが泣きじゃくるのを苦笑いを浮かべると、繋いでいた手を離して、両腕で抱き寄せた。震える肩も、柔らかで華奢な体も愛おしくて仕方がない。

「大好きですよ」

セイが泣き止むまで、そのまま腕に抱えて何度も繰り返した。

– 終わり –