会わない時間 1

〜はじめの一言〜
更新復活します。

BGM:
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恒例の休みをもらってお里の家に来たセイは、初日こそ腹の痛みで大人しかったが一夜明けた今日はどこか機嫌が悪そうで起き上がっていても壁に寄りかかってぼんやりと降る雨を見ていた。

「おセイちゃん」

ことん、と甘酒を運んできたお里が心配そうな顔でセイの目の前に腰を下ろした。眉間に皺を寄せたセイが渋い顔をあげた。

「ありがと」
「どないしたん?そないにしんどい?」

不機嫌そうな理由が月のもののせいならばと心配したお里に、セイは首を振った。だるそうにしているから確かに月のものの障りもあるはずなのだが、どうもそれだけではないらしい。

「ねぇ。お里さん」
「ん?」
「あのさぁ……」

言いかけて、何かを逡巡しているのかセイが黙り込む。お里は突飛なセイの思考や、思いがけない行動には慣れている。
盆を手にして辛抱強くセイが口を開くのをじっと待った。セイが、居心地悪そうにごそっと体を動かす。

「なんか……その、うん……」
「なあに。焦れったいわぁ。いうてみて?」
「ごめんね。お里さん、変な意味じゃないんだけど……」
「?なあに?」

うーん、と唸ったセイはお里が運んできた甘酒に手を伸ばした。湯飲みを手にするには熱いが、口にするとそれほどでもない。竹串でかき混ぜながらすすりこんだセイが、ぽつりと呟いた。

「……どうして、平気でいられるんだろう」
「なにが?」

たったそれだけでは何を言いたいのかわからない。続きを待っていると、言いづらそうにセイがぼそぼそと呟いた。

「その……、どうして会わないで平気なんだろうなって」

ようやく、セイが何を言いたかったのか理解するとぱぁっとお里が笑い出した。

「いややわ。何を不機嫌そうにしてるんかと思ったら、そんなこというて」
「だって……」
「そんなこというたら、うちはどうしたらええの?」
「うん。……そうなんだよねわかってるんだけどさ。ごめんね」

だからごめんだったのか、と話が見えてようやく理解できる。今更、そんなことで気にするようなことはないが、少しだけからかいを混ぜたお里は、わざと拗ねた顔を見せてセイを軽く睨んだ。

「ごめんね、なんていうててもそう思ってるんやろ?うちにのろけるなんてひどいわぁ」

―― うちは、会いたくてもどうしようもないのになぁ

ぷいっと拗ねて見せたお里に、セイは急いで肩からかけていた丹前の端をひいて体を起こした。

「のろけてなんかいないよ!ただ!……ただ、こういう雨の日だしなんか、屯所にいないと気になって……」

夜半に降り出した雨はしとしとと春の雨らしく降り注いでいる。
こんな日は、屯所の中は冷え切って寒いしじっとりと湿っているに違いない。それに、巡察に出ようとして支度をしたとしてもこういう雨は軽くて笠も蓑も通り 越すように染み込んでくる。刀も握りづらいので何かあっても戦いづらいし、逃げられやすくもある。足元も取られやすい。

そんなことを考えていると、総司に限って何があるわけでもないと思いはするのだが、どうしても落ち着かないのだ。

今、敵と戦っているかもしれない。
今、隊部屋でお菓子を食べているかもしれない。
今、雨に濡れて巡察に回っているかもしれない。

考え始めるとどんどん頭の中は膨らんでいって、よくない想像のほうが余計に広がっていってしまう。だから、なるべく考えないようにしようとすればするほど眉間に皺が寄ってしまっていたのだ。

「沖田先生に限ってなんもあらしまへんえ?」
「ちょっ……先生のことだなんて言ってないよ!ほ、ほかのみんなのことだって気になるし!」

今更何を、というくらいわかり切ったことだというのに、総司のことだけではないと顔を赤くして言い返すセイに、呆れた顔でぽんぽん、とお里が手を叩いた。

「おセイちゃんがそんなにほかの先生方のことを好きなんてしりまへんでしたなぁ。沖田先生よりも好きなんて……」
「それは違うっ!一番大好きなのは沖田先生だけど、それはっ……。お里さーん?」

肩を震わせて笑いを堪えているお里を見て、はたとセイが我に返った。ついつられて否定し、さらに否定の否定、つまり総司のことが心配で、気になって大好きだと叫んでから自分で恥ずかしくなる。
ふるふると袖口で顔を覆っていたお里が我慢しきれずに笑い出した。

「あはは、堪忍。おセイちゃん。おかしいわぁ、もう」
「もうっ!!意地悪!」

申し訳ないと気にしていたことも忘れて、セイは軽く片手をあげてお里をぶつ真似をした。一瞬、顔に浮かんだ笑みが消えるのと同時にぱたりと手を下ろすと再び雨の降りしきる表に目を向けた。

今、会えないからといってどうだということもない。

あと二日もすればまたどうということもなく屯所に戻り顔を会わせるというのに。

「……沖田先生、今頃何してるかなぁ」

ぽつりと呟いたセイを置いて、お里は傍を離れた。時間が与えてくれるものにお里の心は癒され、愛おしさに包まれた胸の内でそうっと語りかける。

ふう、とため息をついてお里は、台所に立つと作った甘酒の残りを湯飲みに入れる。それを小さな仏壇の前に供えた。

―― 山南はん。ほんに野暮天というか、焦れったい二人にすこおし力を貸してあげてくださいな

セイが表を眺めている間に、お里はそっと手を合わせた。
山南が健在だった頃、いつ来るともしれない来訪を待っていたのとは違う。共に日々を過ごしているからこそ、落ち着かないのだろう。傍にいても、想いが通じているようで通じていないからこそ、僅かの間でも不安になる。

お里とはそこに大きな違いがあった。

せめて総司が踏み出してやれば変わるかもしれないのにと思うのだが、松本も心配していたように、一筋縄ではいかない野暮天が相手である。
困ったものだと気を揉むのが周囲にいる者にできるせいぜいなのだった。

 

– 続く –