種子のごとき 11

〜はじめの一言〜
間に挟まれた先生もなかなか悩ましい・・・

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「沖田先生!」

嬉しそうな声に全く違うにもかかわらず、一瞬、総司はセイが駆け寄ってくる時と錯覚を覚えた。振り返るとそこにいたのは浅羽だったというのに。

「浅羽さん」

にこやかに応じたものの、内心ではそれがセイではなかったことに落胆していた。セイは、浅羽が来てから総司にもあまり近づかなくなっている。浅羽が総司に憧れていることをわかっているから遠慮しているというのもあるのかもしれない。

「沖田先生、よろしければ今日はこの後隊務もありませんし、一杯いかがですか?」

一番隊にも慣れてきた浅羽は少しずつ総司との距離を近しくしていて、初めの頃よりは少しだけ気安く話しかけられるようになっていた。

「いや、私の事は気にせず皆さんと行ってきたらいいじゃないですか」
「何をおっしゃってるんですか。沖田先生と一緒に行きたいんですよ」

満面の笑みでいう浅羽に総司は苦笑いを浮かべる。まるでセイを誘う中村のような顔で、まっすぐに慕う目に困惑してしまう。己の立場からしても浅羽は悪い隊士ではない。

「私なんかと飲みに行っても面白くありませんよ?」
「面白いとかそんなことじゃないんです」

さりげなくあしらおうとした総司が顔を伏せて背を向けると、背後から聞こえた浅羽の声に総司が足を止めた。

「……沖田先生。自分は衆道とかじゃないんです。ただ、先生が格好良くて、お傍にいるだけで身が引き締まったり、楽しかったり、やる気が出てきたりするんです。それだけで……」

大の男が笑われるかもしれないと思いはしたが、ただ切実に、今、総司にそれを聞いてほしかった。セイよりも、自分のほうが総司の片腕として、剣術の腕もある。

「ただ、ただ俺はっ……」

―― 神谷より俺の方が

「浅羽さん」

振り返るより前に総司が遮る。ゆっくりと滑らせるように爪先を回すと足元の床がきしんだ。

「誰も、誰かの代わりにはなりませんよ」

総司の目を見た浅羽は、そこにぴしゃりとはねのける何かを見た気がした。差し伸べた手をはねのける何か。
はねのけられる理由もわからず、浅羽には総司の言うことがわからなかった。何が違うのか、セイの代わりになどなりたくもない。ただ、セイよりも自分のほうが優位だと。神谷とは違うのだと、認めてくれさえすればいいのに。

「沖田先生!どうしても、駄目ですか?!」
「浅羽さん。いいも悪いもありませんよ。私は貴方の事を優秀な隊士だと認めていますから」

にっこりと笑った総司は浅羽を置いてその場から離れた。そのまま、浅羽の傍にいてもきっと伝わらないだろうと思う。浅羽の胸には総司の言いたかったことがわからなかったことも見えていた。
そもそも伝わっていれば、セイと浅羽の関係がこじれてはいないだろう。

総司は今度こそセイの元へと向かった。

 

副長室の中を整えたセイは、一段落したもののそのまま部屋を出ていく気になれなかった。部屋を出てしまったら、また心をすりおろすような時間が来る のかと思うと、どうしても一歩が踏み出しにくい。あともう少し、次の時間まで、と手をかけなくてもいいところを何度も重ね直していた。

土方も、そんなセイに気づいてはいたが、何も言わずに放っておいた。今は誰もがやりきれない思いを抱えている。今までなら、斉藤が、藤堂が、と土方自身が思ってしまうくらいなのだ。

「土方さん、よろしいでしょうか?こちらに神谷さん、きてませんか?」

廊下から声をかけてきた総司に、ちらりと背後にいたセイを振り返った土方は、すぐに応えた。

「いるぞ」
「失礼します」

すいっと障子を開いた総司が顔を見せる。緊張感を滲ませながらセイが振り返った。

「沖田先生、何かご用でしょうか?」
「いえ。土方さん、神谷さんの仕事はもう?」
「ああ。終わったぞ」
「じゃあ、神谷さん。久しぶりに何か甘味でもいきませんか?」

ピリピリと怯えるような緊張感を抱えたセイが土方と総司の顔を見比べているのが視線の彷徨い方でもわかる。そこには浅羽を刺激したくないという想いと、総司と以前のように一緒にという思いとで揺れているのがわかる。

「神谷」
「はいっ……」

少し大きめに呼ばれた声にセイが飛び上がった。その萎縮ぶりが思わず土方の眉間に皺を寄せる。

「ここはもういい。後がないなら総司と出かけて来い」
「えっ……、でも、あの……」
「用があればまた戻った時にお前に頼む」

土方にそう命じられては断るわけにはいかない。その理由をセイに与えたのだと総司も理解し、セイに手を差し出した。

「行きましょう。神谷さん」
「……よろしいんでしょうか」

その一言にすべてが混ざっている。ふわりと笑った総司の笑顔が背後からの光を受けていて、そのまぶしさにセイは目を細めた。

「いいも悪いもありませんよ。余暇に仲良しな神谷さんを誘ったらいけない理由でもあるんですか?」
「それは、いえ……」
「じゃあ、いいでしょう?」

迷いを見せたセイは、きゅっと唇を引いて考えた後、のろのろと総司のもとへと歩き出した。総司はセイの肩を引き寄せると軽く頭を下げて土方へ礼を送った。障子を閉めて、隊部屋に向かって歩き出した総司は頭の後ろで両手を組みながらこれから何を食べるのかを並べ始める。

「さあ、久しぶりですからね。何がいいかな。ああ、みたらし団子の変わり種が出たらしいですよ?なんと、とろりとしたみたらしの餡が団子の中に入ってるみたいなんです。いったいどういうものなんでしょうねぇ」

総司の後を歩いていたセイは隊士棟へ向かう渡り廊下の途中で総司の羽織の裾を掴んだ。

「ん?どうしました?」
「……先生」
「みたらしじゃいやですか?」

わかりきっていても、そこで泣くわけにいかないと思っているセイの心境を見越して、いつも通りに話しかけると、セイがようやく笑顔を見せた。

「濡れせんべいも食べたいです」
「ええ?!貴女、あれば食べるのに顎が疲れるからいやだって言ってたじゃないですか。時間がかかるしって」

噛むのに時間がかかる濡れせんべいが苦手だったセイがあえてそれをあげたことに驚いて見せながら、じゃあ、と総司が続ける。

「その後にあんみつも付き合ってくれるならいいですよ?」
「承知しました」

ほっと頷いたセイを連れて支度を整えると、総司は屯所を出て行った。

 

– 続く –