種子のごとき 12

〜はじめの一言〜
どうしたいがわからないんですよねぇ

BGM:
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「本当に久しぶりですね。神谷さんとお団子食べにきたのは」

千鳥屋に入った総司は久しぶりのことだからと座敷に席を取った総司が、新しい目玉商品となったみたらし団子を二皿ずつ頼んだ。
店先の床几や小上がりでは茶と団子だけだが、座敷の方では冷えた手拭いが添えられて、熱い茶と共に団子が運ばれてくる。

「……?普通のお団子ですよねぇ?」
「そうですねぇ」

出てきた団子に怪訝そうな顔をしたセイをみてくすくすと総司が笑って一つをつまみ上げた。白玉の指先に吸い付くような感触を人差し指と親指に感じながら目の前にすると、セイに言った。

「こういう風に一口で食べるんですよ」

ぱくっと丸ごと口に入れた総司をみて、セイが眉間に皺を寄せながら総司を真似して指先で団子をつまみ上げた。裏表ついた焼き目はうまそうだが、どう見てもただの白玉団子に見える。

「んんっ?!」

総司に言われたとおり団子を丸ごと口に入れたセイは、口の中で起こった出来事に慌てて口元を押さえた。

「あはは。驚きました?」
「ん、ぐ……」

しゃべりたくても小さいとはいえ、団子を丸ごと口に入れたのだ。あたふたと手を振って少し待ってくれというセイに、総司が笑った。

「ゆっくりでいいですよ」

何とかセイが話せるようになるまでに、総司はもう一つを口に放り込む。
舌に触れればつるんとした白玉の感触を楽しみながらかぶりと噛み締めると、一気に中からみたらしの餡が溢れだす。それなりにどろりとはしているが、普通のみたらしのように上に掛けられているみたらし餡とさして変わらない程度なので、口の中が大変なことになる。

これならば一口で食べていなければ大変なことになっただろう。

「お。驚きました!沖田先生、ご存じだったんですか?」

ようやく、口の中が空になったセイが口を開いた。熱い茶で口の中を洗い流す。

「ええ、実は。神谷さんを連れてくる前に味見にきちゃいました」

本当はもっと早くセイを連れ出して一緒に来ようと思っていたのだ。その機会を逃していくうちに、ごたごたとしてしまい、なかなか連れてこられなかったために一足先に店をおと。

「私も最初はこう、楊枝で切るか、刺して食べるのかと思っていたら、お店の方に一口で食べてくださいって言われたんですよ」

そういうと、さっさと三つ目の団子に手を伸ばす。ぱくっと総司の口に白い団子が消えて、つられたセイももう一つ口に入れた。

「んっ!!」

小さ目ではあるが、うっかりと失敗したセイの口の端からとろりとした餡が零れた。目を白黒させているセイの頬に手を伸ばした総司が指先で口元に垂れた餡を拭いとった。

「んふんなさひ」

ごめんなさい、と言ったつもりだったが下手をするとまた溢れてしまう。じたばたと暴れていたセイが、やっと団子を飲み下す。楽しそうにそれを見ながら指先についたみたらしをぺろりと総司が舐めた。

「んふーっ。食べるのにコツが入りますね。でも、すっごく美味しいです」
「でしょう?ふふ、神谷さん久しぶりに笑いましたね」
「あっ……」

美味しいけど大変。そんな団子が面白くてぱぁっと笑ったセイを総司に安心したと呟いた。

「神谷さん、ずっと曇った顔ばっかりで話しかけてもすぐに逃げちゃうし、巡察の時も離れて歩くし、嫌われちゃったのかなと思いましたよ」
「そんっ!」

そんなことはないと驚いて顔を上げたセイの頭にぽんと大きな手を乗せる。月代の剃り跡を指先でくすぐりながら頷いて見せる。

「冗談ですよ」

ん?と顔を覗き込んでくる総司に、セイが苦しそうな顔を上げた。その瞳が揺れて、口にしていいものか逡巡していることが見て取れる。
そんなセイが話しやすいように、総司はわざと一言を投げかけた。

「貴女が気にすることは何もありませんよ」
「でもっ」

誘われるようについ口から出てしまった言葉にはっと手で口元を押さえる。思わず噛み締めた唇をかみ切ってしまい、痛っと口元に充てていた手を見るとわずかに血が付いた。

「なにしてるんですか」

少しだけ怒った口調の総司がセイの頤に手を伸ばすと、懐から出した手拭いでそっと血の滲んだ唇を押えた。
いっそ、ほかに誰も聞いていなのだから吐き出してしまえばいいのに、変に意地を張って堪えるからこんなことになる。総司はもう一度、セイに水を向けた。

「貴女は貴女なんですから、気にすることはないんですよ」

目を伏せたセイの頬にぽつりと水滴が流れ落ちる。思いが涙と共に零れてしまった。

「私の……、何がいけなかったんでしょうか」
「何もいけなくはないですよ?」
「じゃあ……」

優しく頷いいて先を促すと、セイが言い淀む。そこから先を言いだせなかったセイの代わりに総司が続けた。

「どうして浅羽さんは、ですか」
「……っ」

がしゃん、と皿と湯飲みがぶつかる音がして、セイが総司の胸のあたりにしがみ付いた。すいっと膳をどけてセイを胸に抱えた総司があやすようにその背を撫ぜた。

「はいはい。大丈夫ですよ。少し吐き出してすっきりしてしまいなさい」

うわぁん、と泣き出したセイが落ち着くまで、ため息をついた総司は背中を撫で続けた。

―― やっぱり、神谷さんには甘いんですかねぇ

どうしても放っておけなくて、やはり手を差し伸べてしまった。浅羽と何が違うのかといえばうまく堪えられないのだが、組長としてではなく、セイを育ててきた兄のような気分でとにかくセイの話を聞いてやりたかった。

 

– 続く –