種子のごとき 4

〜はじめの一言〜
正しいことはひとつじゃないんですよね

BGM:
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「おはようございます」

誰より早く目を覚ますはずのセイは、自分が起きて顔を洗った時には浅羽が起きて、着替えを終えていることに驚いた。手拭いと着替えを持って廊下に出たセイは、ちょうど着替えを終えて掃き掃除も終わらせた浅羽と行き会った。

「おはようございます。浅羽さん、早いんですね」
「そうでしょうか。私は一番隊の末席に加えていただいたばかりですから」
「そんなに堅苦しく考えなくても大丈夫ですよ。沖田先生はああいうかたですし」

浅羽が気を使っているのだと思い込んだセイが眠い目をこすって、にこっと微笑みかけるとちらりと視線を向けた浅羽が妙に淡々と応えた。

「沖田先生がどうとかではありません。こちらの気持ちの有り様だと思います」
「あ……。そうですね。その通りでした」

寝起きの頭にピシャリと言い切られて頬を張られたような気がした。寝起きは悪くないし、起きていれば頭もしっかり動いているが、そんなセイでも浅羽の物言いには目を見張ってしまったのだ。ちらりとセイに一瞥をくれてからすれ違おうとした浅羽が足の向きを変えた。
セイが首筋に手をあてて、恐縮しているとにっこりと浅羽が打って変わったように笑いかけてくる。

「先輩の神谷さんには出すぎた事を言いましたね。申し訳ありません」
「そんなことありません。浅羽さんは私よりも歳も上ですし、一番隊では先輩と言っても末席ですし」
「そんなことはないでしょう?神谷さんは沖田先生の信頼も厚いですし」

にっこりとほほ笑んだ浅羽に、自分の不明を恥じたセイが頭を下げた。

「いえ!申し訳ありません!慣れが出てきて思い上がっていました」
「神谷さんは素直ですね」

ぽん、とセイの肩に手を置いて浅羽は隊部屋の中へと入っていった。セイは、む、と口を一文字に引き結んで気合を入れ直すと顔を洗うために井戸端へと向かった。

「沖田先生、ご飯のお代わりをいただきましょうか?」
「ああ。お願いします、神谷さん」

お櫃を抱えて歩くセイを見て、総司の隣に座っていた浅羽が声をかけた。頷いた総司が顔をあげてセイに向かって茶碗を差し出した。
すぐにセイは総司の目の前まで行くと膝をついた。傍に置いたお櫃から茶碗に飯をよそう。

落ち着いた顔で浅羽は総司が嬉しそうに飯茶碗を受け取るのを見ている。ちらりと総司の膳の上に視線を向けると、ぱちっと音を立てて箸をおいた。

「神谷さん。お手数ですが、お茶をいただけますか」
「あ……。すみません。気が付かなくて」

セイが、慌てて後ろを振り返って大きな急須を引き寄せた。いつも、各自が好き勝手に茶など入れて飲むのだが、セイが自発的にお櫃を抱えて給仕をして回っている。
傍にいた小川が急須を手にして、セイの代わりに立ち上がった。

「おう。浅羽、ほら」
「ああ、すみません。私ではなく、沖田先生のお茶でしたので、私が注げばよかったですね。気が利かず申し訳ない」

鷹揚に腰を上げた浅羽に、セイが手を伸ばして小川から急須を受け取った。

「すみません。気が利かなくて……」

目の前のやり取りを総司は黙ってみていた。寝起きから続いて、自分の不明に恥じ入ったセイはお櫃を置いて今度は皆の湯呑に茶を入れて歩いた。
最後に浅羽のところへ回ってくると、茶を注ぎながらセイは頭を下げた。

「浅羽さん、すみません。教えていただきありがとうございます」
「何のことでしょう。私は何も先輩である神谷さんにお教えできることなどありません。それより明日から私が給仕に回りますので、神谷さんは結構ですよ。よろしいですよね?沖田先生」

あくまで謙虚に受け答えする浅羽が許可を求めると、もとより誰かの許可があってセイが給仕していたわけでもない。かまいませんよ、とあっさりと総司が言った。

「神谷さんもそれでいいですよね」

総司にそういわれればセイも否と言う理由もない。戸惑いながらも、頷いた。

「はい。じゃあ、あとで私がしていることを……」
「明日から早速私がさせていただきます。やるべきことは今日見ていましたから教えていただかなくても結構ですよ」
「そう……、ですよね」

―― 大したことじゃあありませんしね

あはは、と頭を掻いたセイは、どこか心の中で何かが引っ掛かった。自分の至らなさから始まったような気がして、なんだかとても居心地が悪いような気がする。

「……まさかね」

小さくつぶやくと、自分の膳に戻って急いでかき込み始めた。

 

 

全体稽古はどこの隊にいても同じである。セイは出だしからの事を振り払うように稽古に打ち込んだ。

「はっ、はっ、はっ!」

セイの様子を見ながら、総司は嬉々として浅羽が総司に指南を願ってくる相手をしていた。

「沖田先生!もう一本お願いします!」
「きなさい!」

一番隊の隊士達はこれまでも浅羽が総司に憧れていたことを知っているために、嬉々として総司の傍にいる浅羽の事を微笑ましく見ていた。

「ほんと、嬉しそうだよな。浅羽のやつ」
「全く。朝からべったりだもんなぁ」

まだ全体稽古の最中だというのに、起床からさりげなくもぴったりと張り付いている姿を見ていると微笑ましく思う。ふと、同じ列の端の方で竹刀を振るセイの方へと視線を向けると、皆が苦笑いを浮かべる。

「まあ、神谷はいつも一緒にいるしな」
「ああ。浅羽なんか今までほかの隊だったんだから少しぐらいいいだろ」

冷やかすような囁きと共に隊士達が入れ替わり立ち代わり、竹刀をふるう。浅羽の面倒を見ているために、今日は一度も総司に呼ばれなかった。
いつもなら、稽古の終いには総司に呼ばれて稽古を見てもらう。そんないつもの事が何か少しだけずれているみたいだった。

 

– 続く –

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