種子のごとき 5

〜はじめの一言〜
正しいことはひとつじゃないんですよね

BGM:
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巡察の列を整えていると、小川が浅羽を呼んだ。

「おう、浅羽。お前、俺の隣に来いよ」
「ありがとう」

頷きながらも浅羽は少しずつ総司の傍へと近づいていく。慣れ親しんでいても常に組下の者達には気を配っている総司は、視界の中に浅羽の動きを捕らえていた。
これだけ大丈夫かと言われ続けていて、浅羽の様子を見ていなかったらどれだけの無能者かということにもなる。すり寄ってきた浅羽の意図を感じながら、総司は様子を見ていた。

確かにさりげなくも総司に憧れていると周りの者達が言うようにぴたりと傍に来て、何くれとなく話していく。話題も豊富で途切れることなく、巧みに時に聞き役に回り話し手に回る。

―― 悪い人じゃ、ないと思うんですよねぇ

ふっと傍にいたセイの肩に手を置いた。

「神谷さん」

振り返ったセイを呼ぶ。

「はい。なんでしょう?沖田先生」

いつになく緊張しているセイの顔をみれば、つい微笑みかけそうになる。だが、それでは先に進まなくなる。

「神谷さんもいつまでも末席じゃありませんからね。しっかりやってください」
「承知!」

頷いたセイから手を離す瞬間、くっと一瞬指先に力を入れてから離れる。たったそれだけのことだが、それが伝わればいいと総司は思っていた。

「さ、一番隊行きますよ」

声を上げると、皆が隊列を整えて歩き始める。屯所の門をくぐると背筋にぴしりと一本、芯が入る。彼らの本分はやはりそこにあるのだ。

たとえ、それが誰にとってでも。

 

 

特にこれといった騒動もなく巡察を終えた一番隊は、再び屯所へと戻ってきた。着替えて報告を終えれば一番隊としての隊務は終わる。

いち早く着替えを済ませた浅羽が遅れて着替えを終わらせて戻ったセイのもとへやってきた。

「神谷さん。戻ってすぐのところ申し訳ありませんが、雑務についておしえていただけますでしょうか」
「ええ。もちろん。この辺に書きだしておいたものがあるのでまずそこからお話しましょうか」

かかえていた着物を急いで行李にしまうと代わりに行李の中から総司に言われて書きだしていたものを取り出す。ふん、と丹田のあたりに力を入れたセイは座りなおした。

「じゃあ、始めましょうか」
「ええ。お願いします」

ひとつひとつ、何をして、それをするとなにがどうなるのか、丁寧に説明していくセイに浅羽は素直に頷いているように見えた。

「……ということになります」
「なるほど」

頷いた浅羽が要所要所を書きとめていたものから顔をあげた。
セイの行っている雑務といえば、それを始める時間、頃合いなど少しずつ気を読んで動く必要がある。それがあるからこそ、セイの雑務は十分な仕事として認められているのだ。かゆいところに手が届くとでもいえばいいのだろうか。

「要は、皆さんの小姓のように動けばいいということですね。……それが隊務になるなんてすごいな」

最後にぽつりとセイに聞こえるように呟いた浅羽に、一瞬聞き間違いなのかと思ったセイはえ?と問い返した。

「ああ。いえ、こういうことができるところが神谷さんということですね。本当の隊務はさておき……」

にこっと笑っていたセイの顔がそのまま凍りつく。つい先ほどの言葉の意味も理解できないうちにちり、と一言付け加えられた言葉がさらにセイの胸の内に波紋を広げる。静かな湖面に向かって石を投げ込まれたようにその重さも意味も理解できないうちに波紋だけが広がっていく。

「よくわかりました。さすがですね。私は神谷さんが憧れだったんですよ」
「え?憧れだなんてどうしてですか?私なんてそんな、大したことは……」
「そうなんですよね。こうして一番隊に配属になってみるとよくわかりますよ。どうして沖田先生の傍にいられるのか、隊務もそこそこなのに、やっぱりその気配りがすごいんですね」
「あ……、いえ」

何と答えていいのかわからなくなって、セイは曖昧に口をつぐんだ。頭の回転が悪いわけではないと自分では思っているが浅羽が何を言っているのかわからないのだ。褒めているのか、貶しているのか、嫌味を言っているのか。

浅羽は書きとめたものを懐にしまうと、セイをまっすぐに見つめた。

「ほかにすることはありますか?なければできる事からやっていきますが」
「はい。じゃあ、そうですね。幹部棟の掃除から始めましょうか」

気を取り直して、セイがそういうと浅羽が困ったような呆れたような、まるで仕様のない子供を見るような目を向ける。

「幹部棟の掃除でしたら朝のうちに済ませてあります」
「あ、あ。そう、ですか……」
「ええ。すぐできると言えば、洗濯でもしましょうか」

―― 沖田先生のものを

セイの耳にはそう聞こえた気がした。総司の洗濯物は、いくらあってもそれだけはセイの仕事として皆が認めていてくれたはずだった。
中腰になったセイが、あたふたと手を動かす。

「あのっ、これから洗って干したんじゃ日が暮れるころまでに乾かないかもしれませんし!夜露に濡れるのはよくないですし!着物も傷みます!」
「なるほど。そうですね。さすが神谷さん」

ニコリ。

ただにっこりと頷いて笑っただけなのに浅羽の笑顔をセイはまっすぐに見つめることができなかった。どこかで後ろめたいのか、気まずいのか、自分自身でもよくわからないまま俯きがちに視線を逸らしたセイは曖昧に言葉を濁した。

「それじゃあ、私は教えていただいた中からあちこち回ってお手伝いできそうなところで教えていただいたようにやってみます」
「わかりました。あ、あの!同士なんですから気遣っていただくには及びません。普通に話してくださって構いませんよ」

入隊はセイのほうが先とはいえ、浅羽はセイよりも歳も上であり知識もある。そんな浅羽に先輩面でもしたように見えたなら、浅羽の矜持を傷つけたかも しれないとセイは思ったのだ。浅羽の意図がよくわからないにしても、少しずつ胸の内に沈んでいく大きな塊が不快であったのだということはわかる。
だが、自分の態度や不明によって浅羽の気分を害したのならまずは自らが改めようと思う。せめて、口易く話せればこんなおかしなわだかまりも消えるのではないかと咄嗟に口から出たのだ。

「そうですか。私は神谷さんに許可をいただかないと普通に話しかけることもできないんですね」
「そういう意味では……っ」
「いえ。気を付けます、ではないんだな。心して話すようにする。これでいいか?」

導き出される結果は同じでも、そんな風に受け取られると思っていなかったセイは、おろおろとどうしていいかわからなくなる。互いに頭の回転も速く、心映えもそう違うはずもないというのに、どうしてこんなにも話がまっすぐにかみ合わないのだろう。

ただ言われた言葉に慌ててしまったセイは、違うと、今くだくだしく食い下がってもますます誤解を生みそうな気がして、ぎこちなく頷いた。

「……よろしくお願いします」
「わかった」

頷いた浅羽が離れていくと、はぁぁ、と深くため息をついた。セイはこれまでもたくさんの隊士達が入隊してきたのを見てきたし、町衆との付き合いも多い。それだけに、こんなにも話が伝わらない相手は初めてだった。

 

– 続く –