花守 4

〜はじめの一言〜
テキスト50000ヒット御礼~。 沖セイ in wonderland

BGM:Whitney Houston Jesus Loves Me
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手をつないで、ただ歩いているだけでセイは楽しかった。

―― 嬉しい

現実の世界でも時々、こうして手をつないで歩く機会があったが、武士の姿であることも、それで総司に迷惑がかかってはと常に気を使っていた。
でも、ここならば誰を気にすることもなくいられる。

ただ、黙って手をつないで。

ほんの少し遅れた歩みに、きゅっと掴んだ手をひいてしまったのにふわりと振り返った顔が穏やかに笑って、歩みを遅くしてくれる。
薄く頬を染めてセイはその手について歩く。

その二人の前に、再び庵が見えてくる。

はっと総司が足を止めた。

「沖田先生?」

総司が急に立ち止まったので、セイもつられて立ち止まる。その理由が分からなくて、総司の隣に並ぶとそこに広がった花畑にセイもぎょっとした。
白い花のどこかに赤い色があるのは分かっていたが、そこに広がっていた花はこれまでの真っ白な花とは違う。

「お、沖田先生……」

そこに広がっていた花はこれまでに目にしたような鮮やかで綺麗な赤ではなく、禍々しいどす黒い赤が広がっていた。一面に広がる禍々しさに、総司もセイも思わず足を止めてしまったのだった。

「……っ!!」

背後に禍々しい気を感じ取って、セイと総司がほぼ同時に身を翻して、刀に手をかけた。ざわざわと鳥肌が立つような気を纏って、背後に立っていたのは花守の男だった。

「迷人……さん?」

セイが問いかけると、にぃと口元に浮かんだ異様な笑いのまま男はセイの首に手を伸ばした。刀に手をかけていたものの、相手が花守だったために、一瞬緩んだ隙をついて、セイの首に伸ばされた片手が細い首を締め付けた。

「神谷さんっ!!」

総司が刀を抜いて、花守の首に向けた。セイは、かろうじて息ができるくらいの強さで締めあげられて、なんとか振りほどこうと両手でもがいている。

「その手を離せ」
「ふふ。貴方のお気に入りをいじめたりしませんよ。久しぶりの客人ですから」

総司の目の前に顔を突き出して、にやりと笑った花守は突き飛ばす様にセイを離した。ごふっと咳き込んだセイは、首元を押えてしゃがみこむ。
興味がなくなったとばかりに、花守は二人を押しのけて庵に向かって歩きだした。刀を納めた総司は、花守から視線を外さずに、しゃがみこんだセイに手を伸ばした。

「……大丈夫ですか?神谷さん」
「ごほっ、ぐっ、げほっ、は……い。大丈夫です」

二人の存在を無視して庵に向かっていた花守が振り返った。

「こちらに来たまえ。もてなそうじゃないか。客人」
「手をあげるような人のもてなしなどあまり受けたくはありませんね」
「小さいことを言うな、客人。ただの座興じゃないか。ここは私達の管理下なのだ。あまり逆らうのは賢明とは言えないな」
「貴方は……」

警戒を解きはしないが、確かにここは彼等の管理下だ。下手に逆らうのは得策ではない。
総司がセイの様子を見て、抱きかかえるようにしながら庵の方へ向けて足を踏み出した。
総司に向かって花守がじろりと目を向けた。

「私を迷人などと一緒にするな。私は禍人だ」

くいっと顎を引いて、庵に来いという禍人について、総司とセイは庵に向かった。
今度は総司とセイの方から、縁側に向かった。庵の中に入った禍人は、縁側に座った二人にむかって部屋の中から現れた。

その手には、茶ではなく砂糖漬けの花がある。鮮やかな小鉢の器に乗せられた花を差し出されて、セイは僅かに眉間に皺を寄せた。

「ほう。これが何か聞いたのか。嫌そうな顔をするな。たかが器じゃないか」
「……ありがとうございます」

一応、出されたものには変わりないので、礼を言う。そんな総司がよほど面白かったらしい。

「お前、面白いな。その面白さに免じて、私も必要なことは教えよう」
「必要なこととは?」
「私達の名前だ。在人、迷人、そして禍人だ。わかるだろう?私たちは魂たちの種によってそれぞれの花守がいるのさ」

確かに、薄々は気づいていた。迷人は、道に迷い、この世界に迷った総司達にこの世界について教えてくれた。在人がおそらく現実との境にいるのだろう。
幾人も花守がいるということはわかるが、なぜ今の自分達の眼の前に禍人が現れたのだろうか。

「分かったようだな。私と出会ったということはお前たちの心にも災いがあるということさ」

にたりと笑った禍人の目が心の奥底まで見透かすようで、セイはぞくりと背筋に寒いものを感じた。
先ほどまで、穏やかで満ち足りた幸福感でいっぱいだったのに、急に暗闇に突き落とされたような感覚はセイだけでなく、総司の心も暗闇に引き込もうとしている。

はっと総司が花畑の方へ顔を向けた。他に人などいないと思っていたのに、一人の女が現れた。振り乱した髪と、乱れた着物のまま、女は奇声を上げながら走ってくる。

「他に人なんていないと思ったのにっ」
「あれは彷徨って来た者だ。刀が招いたお前たちとは違う。見てみろ」

花守が指さす先で、女は花畑に分け入ると何かを求めるように次々と花を見てはかき分け、かき分けしていく。

「在った!!絶対に、絶対に他の女子には渡さぬ!!そなたは私のものだ!!」

一輪の花を見つけた女が気のふれたような笑い声と共に叫んだ。花のガクの所に赤い色が見える。

「ああっ」

女がその花を思いきり引きちぎると、赤い色ごと花を口に入れてしまった。耳をふさぎたくなるような甲高い笑い声と共に、女の口から真っ赤な色が流れだしている。

「あ、あ、と、止めないんですか?!」

セイが振り返ると、禍人は見慣れた光景だと言った。

「止めてどうする。あの女の魂は彷徨ってここに来たんだ。相手もここに咲いているなら災いにまみれているんだろう。自業自得だ」
「そ、そんな……」
「いいか?ここに咲く花は、それぞれ播く場所も必ず決まってる。ここに咲いていたとしても、種になった時には次に播く場所が決まってるんだ。その場所はこことは限らぬ。場合によっては他の者の場所に播かれることもある」

まあ、ここに流れてくるほうが多いがな、と付け加えて、禍人はセイの顔を見た。

「お前、あれを始末してこい」
「ええ?!」
「お前の腰に差しているのは飾りか。女でありながらその姿は偽りか」

胸の真ん中を突き刺されたような気がした。セイは禍人から視線をはずして、花畑の中でひきつったような笑いと共に、口のまわりを真っ赤に染めて花を貪っている女を見た。

―― あれは、私だったかもしれない

– 続く –