夜更かし 3

夜更かしの第三話。最後です。

 

セイが食べ終えるころには、文机の周りにはたくさんの折りたたまれた和紙が山積みになった。
山積みになったといっても、二つ折りにしたためにかさばっているというのもあるが、それでもたくさんである。あとはこれを切って、再び二つに折りたためばいい。

「先生。もう後はやりますから」
「しぃっ。もうここまでやったら一緒ですよ。さ、一緒にさっさと終わらせてしまいましょう」
「沖田先生……。ごめんなさい」
「馬鹿ですねぇ。そういう時はちがうでしょう?」

こん、と二つ折りにされた和紙で頭を叩かれた。泣きそうな顔でセイが総司の顔を見上げるとにこっと笑った総司が和紙の横からおどけた笑顔を見せる。

「ありがとう、でいいんですよ」

頷いたセイが小柄を手に次々と折られた和紙を切りはじめた。
次々と折っていく総司に、セイはなかなか追いつかない。和紙には目があってその目を断ち切るわけだからいかに切れ味のよい小柄と言っても丁寧に切らないとすぐに引き連れたようになってしまう。

「先生、手際がいいですね」
「そりゃあね。私は伊達に、子供のころから下働きにでていたわけではありませんよ」

たとえ、下働きをしていたとしても、そんなことまでしたとはとても思えなくて、セイが疑わしそうな目を向ける。

「まさか……。いくらなんでもこんなことしないでしょうに」
「おや?疑ってますね?」

ふふん、という総司が妙に自信ありげに鼻先を蠢かせる。

「近藤先生のおうちも、豊かというわけではありませんでしたからね」
「本当に?」
「先生と大先生だけでなく、稽古に見える方々の分も用意することもありましたからねぇ」

手際よく次々と折りたたんでいく総司のおかげで、山の一つが消えて行った。セイのほうへと折りたたまれた和紙がどんどん増えていく。

「う……。追い付かない」
「ふふん。じゃあ、そろそろ認めます?」
「えっ?」

頷いた総司は山の最後を畳み終わると、行燈の灯りを近くに引き寄せた。

「あっ」
「しぃ……駄目ですよ。神谷さん」

とうに休んでいた土方は、寝しなに茶を飲んだために厠へと起き出した。何の気なしに廊下を歩いていた土方はひそひそと囁くような声を耳にして、声のする方へと忍びやかに向かった。

意地を張ったセイのことだから、まだ起きて懐紙を作っているところだろうとあたりをつけて小部屋に近づいた。話し声の相手はおそらく総司だろう。

―― あの野郎。手伝うなっていったじゃねぇか

けっと思っていても、内心はどこかでほっとしていた。さすがに土方も無茶なことを言ったと思っていたのだ。意地っ張りなセイの事だから本当に夕餉も取らずに延々とやっているかもしれないが、総司がついていればどこかで何とか言いくるめて食べさせているだろうし。

全く面倒なやつだと思いながら様子を窺うべく足を忍ばせる。その耳に驚くような会話が聞こえてきた。

「あっ……」
「なんです?」
「だって……」

一気に眉を顰めた土方の耳にさらに会話は聞こえてくる。

「んんっ……」
「いいから。さ、ほら……」

声を潜めたぞわぞわするような囁きにぶわっと土方全身に鳥肌がたった。背筋から這い上がるような悪寒に飛び上がりそうになる。

「もっと、ほら……」
「やっ、先生。早く……っ」

煽るようなセイの声に自分の体をぎゅっと抱きしめた土方が、部屋の前に立つと力いっぱい目を瞑って勢いよく障子をあけた。

「……っ!!お、お、お前らっ!!何やってやがる!!」
「!!」

びたっと動きを止めたのは総司とセイだけではなかった。恐る恐る土方が薄目を開けると、一斉に口を“あ”の形に開いて固まっている顔。

部屋の中には確かに総司とセイしかおらず、二人は仕上がった二つ折りの懐紙を細く切った和紙で束ねているところで、その向こう側の物見窓が前回で開いていた。暗がりの向こう側に届くように行燈を近づけてある。
一番隊隊士達が物見窓の向こうの廊下にそろって、折り方と二つに切るものと再び折るものに分かれてせっせと作業をしていたのだ。

土方がもし起き出して来れば、足音がするはずだ。それが聞こえたら、すぐに物見窓の障子を閉めて全員が頭を下げればわからない、というはずだったのだ。

「あ……、あ……、おまっ、お前ら!!」
「ひっ」

慌てて山口と相田が物見の障子を閉める。慌てて閉めたからちょうど真ん中では閉まらずに、おかしなところに歪んで止まっている。
総司が苦笑いを浮かべて立ち上がると、物見の障子をあけた。

「みつかっちゃってから閉めても仕方ないでしょう。すみません。土方さん、すべて私の指示です」
「沖田先生?!」
「貴女は黙っていなさい。神谷さん」

セイには何も言わせずにそういうと総司が頭を下げた。
驚いたセイと、困惑顔の隊士達を背後に庇った総司が何を行っているのかくらいすぐにわかる。だが、呆れかえった土方は、総司を責めることはせずにぱくぱくと動かしていた口を閉じると、くるりと背を向けた。

「神谷」
「は、はいっ!」
「お前、さっさと終わらせて寝ちまえよ。明日の隊務もいつも通りだからな」

それだけいうと、土方は小部屋の障子をぴしゃりと閉めて自分の部屋へと戻っていった。
呆気にとられたセイが見送ると、ぷっと総司が吹き出した。

「さ。副長も見逃してくれましたからね。さっさと終わらせて休みましょう」

セイの頭に手を置いた総司が物見越しに隊士達を振り返った。後が怖いなぁと思いながらも隊士達が頷くと、残りの和紙に手を伸ばす。もう少しで最後の山がなくなって、総司とセイが細い和紙で閉じてしまえば終わる。

―― まったく。どちらも世話が焼けますねぇ

一人つぶやいた総司は明日の朝、眠気を堪えたセイを含めた隊士達と、同じように、土方も欠伸をかみ殺していることを思い浮かべながら懐紙の山に手を伸ばした。

 

――終わり――