野暮天の気遣い 1

〜はじめの一言〜
野暮天ですが、目端は利くので気を使うんですよ

BGM:
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大坂への出張に出た一番隊は、京屋に落ち着いた後、一度町の中に出たが今回は金策を兼ねた大阪出張のためあまり派手なことはできない。

荷物を置いてそれぞれが部屋に落ち着いたところで、皆がせっかくの出張なのに派手な遊びを禁じられて腐り気味だった。

「なんだかパッとしないよなぁ」
「そうだな。せっかくの出張だからなぁ」

これが出張の趣旨も違うのであれば揚屋で羽を伸ばすことも考えられただろうが、そういうわけにもいかない。万太郎が総司の元を訪れて申し訳なさそうに頭を下げた。

「せっかくいらしてくださったのに申し訳ありません。沖田先生」
「いえいえ。気になさらないでください。万太郎さんが悪いわけじゃありませんし、今回は局長の出張のための費えを金策に来たわけですから、私たちが揚屋で大騒ぎするわけにはいきません」

目の前で頭を下げる万太郎に総司は手をあげてくれといった。
今は、着替えているが、今回はそういう目的のために全員隊服を着用していることも理由の一つである。 この時代は旅に出ても下着の替えや足袋の替えは持ち歩いていても、着物の替えを持ち歩くようなことはほとんどない。そのため、埃にまみれた着物は手入れをしてまた翌日着るのが当たり前でもあった。

頭をあげたとはいえ、人のよさそうな顔が申し訳なさで曇る。万太郎が皆のいる部屋を振り返って、皆のだらけた様子を見るとますます項垂れてしまう。

「でも、せっかくおいでくださったのに皆さんも落ち着かないんじゃ……」
「それも仕事ですからね。本当に気になさらないでください」

恐縮しきりだった万太郎がせめてと京屋の主と共にこじんまりした茶屋にささやかな宴を催してくれた。何もなくただ飯を食べて休むだけかと思っていた隊士達はそれだけでも喜んだ。芸子達を座敷に呼ぶわけではなくても十分に癒された。

嬉しそうに飲み食いしている隊士達と共に一度は席に着いた総司は初めの内だけ皆に付き合って酒を飲んだ。うまい飯と酒があれば贅沢は言わないといいながらも、隊士たちは花街のほうへと気が向いているらしい。
苦笑いを浮かべた総司は食事を終えると一足先に京屋へ引き上げるために伍長を呼んで、後を頼んだ。

「皆さん、あまり羽目を外さないでくださいね」
「わかってますよ。沖田先生」

酒を飲み始めれば皆、何を言っても半分以上は聞かないのだが今日のところは酒の量も控えてもらうように頼んである。酒がなくなれば否応なく宿へ戻るだろう。

宿に戻って京屋の主に面倒をかけた事を詫びながら一献を傾けていた。

「ご苦労さんなことですなぁ」
「いえ。大阪のみなさんにはご迷惑をおかけしておりますからこのくらいなんでもありません」

普段は飲みに出ることよりも甘味に流れる総司だがそれなりに酒は飲む。主人と酒を飲んでいる間も仕事であるからどこか気を抜かないでいるためにほとんど酔うことはなかった。

「しかし、沖田先生もお強いですなぁ」
「そんなことはありませんよ。原田さんや永倉さんたちならもっと飲みます」
「はは。原田先生方はまた違う意味でお強い……」

くいっと手のしぐさで妓のほうも、と示した主人に総司が破顔した。確かにそれは間違いない。

「まあ、そうですね。あの人たちはどこにいても変わりませんから」
「そこは局長や副長のお仕込みがよろしいからでしょうなぁ」

総司と主人とが笑いあう。まだ皆が戻る時間ではないが、さすがに腹もいっぱいになったために一足早く総司は部屋に引き上げることにした。

人数が人数だけに部屋は三部屋を続きで借りていたが、総司の部屋は京屋が気を使って隊士たちの部屋とは廊下を挟んで向かいの部屋にしてある。ほかの隊士たちと比べると一人部屋というのは贅沢ではあったが、部屋が空いているというならと思っていたのだ。

誰も戻っていないと思っていた上に、しかも自分の部屋に灯りがついているので、総司はそうっと障子をあけて部屋をのぞきこんだ。

「……いてて」
「?!」

部屋の中にうずくまる小さな姿をみて、しゅるっと大きく障子を開いた。

「神谷さん?何かあったんですか?」

急に背後から声をかけられてびくっと丸まっていた背中が飛び上がった。

「ひえっ!!」

驚いて、膝を抱えて前かがみに蹲ったセイの姿に、ひょいっとセイの背後から近づいて覗き込むと、何やら軟膏と小さな布切れが拡げられていた。
それに、桶と手拭いがある。

声をかけてきたのが総司ということで驚いたものの、ほっと息をついたセイが頭を下げた。

「沖田先生!す、すみません。今どきますから!勝手にお部屋をお借りして申し訳ありません!」
「ああ。待って待って。かまいませんからどうしたんです?」

あわてて足を隠して広げていたものをかき集めようとしたセイの手を止めた。わざわざ自分たちの部屋ではなく総司の部屋を借り受けていたのはわけがあるのだろう。
少しばかり飲んだ酒のせいでほんのり上気した顔のセイが、ますます恥ずかしそうに俯いた。

「どうしたんです。足ですか?」

渋っているセイに問いかけると渋々と抱えていた足を少しだけ伸ばしてきた。見れば左足の親指の間が真っ赤になっている。反対側も痛んでいるようだが左よりはましだ。

「これは……」
「すみません。実は、先日草履を新しくしたばかりで足に合わなかったみたいなんです。でも前のはもう痛んでいたので今回はいてくるわけにもいかなくて、そうしたらこんなになってしまいました」

くいっとセイが自ら左足の親指を開いて見せると、すでに擦れてじゅく、と滲んでいる。どうやら無理をして宴席までは行ったらしいが、酒を飲んだらずきずきとひどく痛み始めたので一足先に手当をしようと戻ってきていたらしい。

「まったくそうならそうと早く言えばいいのに」
「いえ、こんなことでご迷惑おかけするわけには……」

ちょうど足袋を脱いで押さえていた布きれを外したところらしい。湯で足を洗って軟膏を付けようとしていたところで総司が入ってきた。

「皆と同じ部屋だと、誰かが急に戻ってきたらその……」
「そうでしょうね」

いくら爪先とはいえ、胡坐をかいて足の先を抱えている姿などほかの隊士達に見られては具合が悪い。
恐縮して部屋から出て行こうとするセイを総司が止めた。

「構いませんから、手当てをしてしまいましょう。そのままじゃ明日帰る時も辛いですよ?」
「……申し訳ありません」

セイの手の中から軟膏と手拭いを取り上げると、総司が目の前に座ってセイの足を掴んだ。

 

– 続く –