まちわびて 5

〜はじめの一言〜
久しぶりに登場です!ご無沙汰~!

BGM:
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「斉藤先生、一同揃いましてございます」
「うむ。先に瞑想しているように」
「はい……。あの、何をしておられるので……?」

せっせと何か手を動かしている斉藤を不思議そうな顔で眺めている隊士に向かってこともなげに斉藤は言った。

「これか。これは稽古の後に皆が風呂に入るときに使うようにな」

手拭いと隊士達の着替えが籐籠に用意されている。最後の手拭いを畳んだ斉藤は、満足そうに顔を上げた。
いつもならこの手のことは、彼らが稽古に出ている間にセイや小者達が整えてくれるのだが、なぜかそれを斉藤がやっているということに隊士は驚いていたのだ。

「その、それはわかっているのですが、それをなぜ斉藤先生がですね」
「俺が用意をしていてはいかんのか」
「い、いえっ!そんなことはありませんが……」

一式引き取りに現れた小者に籐籠を預けると、風呂を焚いておいてくれるように頼んで、稽古着姿の斉藤は立ち上がる。

「待たせたな」
「はいっ」

迎えに来ていた隊士と共に道場へと足を向けた斉藤は、廊下を歩きながら晴れ渡った空にちらりと視線を向けた。

―― さて、あと二日か……

セイが戻るまでの日数を思い浮かべた斉藤は、ふっと口元に笑みを浮かべる。隊士達の不気味そうな顔に構うことなく大股で歩いて行った。

 

 

「沖田先生!そんなことは自分たちがしますから!」
「構いませんよ。皆さんはそれぞれすることがあるでしょうに」
「だからって!一番隊隊長が幹部棟の掃除なんて、局長や副長に俺達が叱られます!」

早々と起き出した総司は、一度、隊部屋で着替えて稽古をした後、再び隊部屋で皆と朝餉をとった。近藤も土方も不在のために、朝礼はなかったがその分朝の稽古がある。
それを済ませた後は、待機のため一番隊は各自が好きに過ごしていていいことになっていた。

その間に、総司は局長室から初めて副長室と、セイがいつもしているように部屋の中を掃き清めてから、丁寧に畳を拭き始めた。

中庭を掃除に回った小者が気づいて、止めにかかったがどうにも言うことを聞いてもらえず、今度は一番隊の山口と相田を捕まえて、どうかやめさせてほしいと泣きついたのだ。

そして今、慌てて駆け付けた一番隊の隊士全員が幹部棟を掃除しているという珍しい光景になっていた。

「皆さんはいいんですよ。本当に。たまたま気が向いただけですから」
「……ったって」

気が向いたからという言い訳など大嘘だとわかっていて、相田がため息をついた。
どうせ、セイがいないので手持無沙汰ということで、代わりに掃除でもと始めたのだろう。そのくらい、一番隊の隊士達全員がわかっていたが、セイが出発してから一言もセイのことを口に出さない総司に気を使って、皆知らぬふりを通していた。

「沖田先生。皆でやれば、早く終わります。早く終わったら、うまい団子でも召し上がりにお出かけになったらいかがですか?」
「そうですねぇ。それもいいですねぇ」

硬く絞った手拭いで畳を拭き上げた総司が顔を上げると、顔にかかっていた総髪の髪を手の甲でかきあげた。いつも通りの何事もなかったような顔をしているが、きっと精一杯強がってセイがいない寂しさを紛らわせているのだろう、と勝手な推測をつけた小川は、何とも言えない顔をしてからほかの隊士達に目配せを送る。

皆、わかりきったことにはあえて触れずに、さっさと自分の持ち分を拭き清めると、次々と手桶に手拭いを回収していく。

「さ、沖田先生。後は私たちがやっておきますから」
「そうですか?じゃあ、お願いしますね」
「もちろんです」

手拭いを小川に預けると、体を起こした総司はかけまわしていた襷を外して、着物を整えた。近藤たちが戻ってくるとまた捕まってしまいそうだな、と思った総司は、羽織を手にすると、小川たちに言われたとおり、ふらりと歩き出した。

―― いい天気ですねぇ。神谷さんは今頃、万太郎さんのところにでも顔を出しているんでしょうかねぇ

きっと今頃はこんなことをしているだろう、と思い浮かべるだけで、なんだかセイと繋がっている気がしてくる。

一人でいつもはセイと一緒に足を向ける甘味処に向かう。

「あら、沖田センセ。お一人でおいでになるなんてお珍しい」
「あはは。そう言えばそうですねぇ。最近はずっと神谷さんと一緒に来てましたねぇ」
「その神谷はんは、お仕事どすか?」

馴染みの女将の問いかけに総司は笑いながら頭をかいた。

「神谷さんは、仕事で離れてるんですよ。ですから私一人で甘味を楽しみに」
「あらあら。それはそれは」

総司が何かを言う前に、名物の饅頭が山盛り包まれる。風呂敷に包んだ後、一つだけは紙にくるんで総司に差し出された。

「はい。どうぞ。こちらがお持ち帰りになる分で、これはお帰りの分」

まるで子供の使いの駄賃のようだが、総司は嬉しそうに手を伸ばしてそれを受け取った。ぱくっと一口、かじりつけば、口の中にいつもの甘さと、餅の柔らかさが広がって、空いた手を握りしめてうまさを体が表現する。

ほほ、と笑う女将に、懐の財布を取り出して代金を支払うと、風呂敷包みを受け取って店を後にした。

「はぁ。やっぱり出来立てはおいしいですねぇ」

店を出るときには、おまけでもらった一つは、とうに総司の腹の中である。
風呂敷包みには軽く二十ははいっているだろうか。

いつもはこれをセイと一緒に食べられるだけ食べて、残ったものは、あとで軽く火鉢で炙ってから頂く、と言うのも決まりになっていた。

―― 今日は神谷さんがいませんからね

途中まで、いつもセイと散歩して食べる饅頭を抱えて歩きかけた総司は、気を取り直して踵を返した。
屯所に足を向けた総司は、できる限りのんびりと歩き出す。

総司自身、自分で自覚はしていないが、気を緩めているつもりで、限界まで神経を張り詰めていた。

 

– 続く –