風天の嵐 24

〜はじめのつぶやき〜
えええ?!あの人登場ですか?。

BGM:嵐 迷宮ラブソング
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

若州屋敷ではなく新門一家が滞在しているところへと総司は向かった。

「ごめんください」
「へぃっ」
「新選組の沖田と申しますが」

すぐに奥から出てきた新門一家の若い衆に総司が名乗ると、浮之介から話を聞いているのか、相手の顔が少しだけほぐれた。
それを見ながら、総司は懐から分厚い文を差し出した。

「大変申し訳ないのですが、浮之介さんにこれをお渡しいただけないでしょうか」
「はっ。お預かりいたします。お時間はおありで?」
「少しならありますが」

油紙に包まれた文を受け取った若い衆が、少し待ってくれと言って奥へと入っていくとしばらくして、松蔵が現れた。久しぶりに顔を合わせた総司は、頭を下げた。

「これは……。どうもご無沙汰しておりやす」
「松蔵さんでしたね。ご無沙汰しております」

先程の若い衆から文を受け取った松蔵が、それを手に総司に向かってしっかりと頭を下げた。

「若への文、確かにお預かりいたしました。ちょうど若はあちらのお屋敷の方へいらっしゃいますんで、そちらへ届けさせていただきますが、お返事はどのように?」

若州屋敷の方へ浮之介がいるという松蔵に総司は軽く頷いた。もとより浮之介がここにいるとは思っていなかった。そのために、土方が書いた文に添えて、総司も文を書き、それを油紙で包んでいるので分厚くなっているのだった。

「中にもしお返事をくださる場合の事も書かせていただいてますので大丈夫だと思います」
「そうでござんすか。承知いたしやした。もし何か急ぎでお知らせすることがありましたら、屯所の方までお邪魔させていただいてようございますか?」
「もちろんです。面倒かけてすみません」

深々と頭を下げた総司に、松蔵が慌てて土間まで下りてくる。手を差し出して総司の頭を上げさせると、玄関先までおくりながら、文を懐に入れて一緒に表に出た。

「ご面倒おかけして申し訳ありません」
「とんでもございません。若もいつも気にかけておいででございますよ。神谷さんはいかがですか」

挨拶代りというには松蔵もセイの事を知っている。一度は大ゲンカしたセイの事を預かったこともあった。だが、総司はそれには答えずに、曖昧に頷くと道が分かれるところで松蔵と別れた。

土方と話をして、総司は家に向かって歩いていた。総司の家は浮之介も知っている。下手な場所で会うわけにはいかない浮之介と密談するには最適だった。総司が自分の家につくと、すでに家の前には土方がついていた。

「おう」
「お待たせしてしまいましたか」
「いや、さっき着いたばかりだ」

そういうと、手には風呂敷包みを手にしている。セイがいないこの家に茶菓子の類があるわけもない。だから、総司が文を届けに行っていた間に、土方は土方で山崎を走らせると茶菓子を整えさせていた。

総司が先に立って家に入ると、あの日のままの家の空気に、総司は唇を噛み締めた。冷え切った家の中、かすかに焦げた竈の匂い。本当ならば今頃、にぎやかにセイが張り切って掃除にせいをだして、新年の支度を整え始めているところだった。

新選組には、盆も正月もないとはいえ、ささやかながら、心ばかりの酒や正月料理を少なからず皆が楽しみにしているのは事実だった。いつも陰ながらその支度を整えていたセイがいない。

部屋と台所の間で立ちすくんだ総司の肩を土方が叩いた。
山崎が先に立って、総司の家の中を整えてはくれていた。焦げ付いた釜は洗われて、水瓶の水は新しいものへと取り換えられて、鉄瓶にはたっぷりと水が入れられていた。

あの日、セイが広げていた裁縫箱だけはしまわれずに、部屋の隅へと移動しただけだった。

土方はさっさと部屋に上がると、火鉢に火をつけて部屋を暖めはじめた。座布団を用意して浮之介を待つ用意を整える。

総司は台所のそこに在ったはずのしなびた菜物が山崎の気遣いで片付けられているのを目にした。あの日から、総司はこの家の前を通りはしても家の中には入ることが出来なかった。
入って、セイがいない空間を、セイがいたはずの場所から消えた痕跡を見ることが出来なくて。

「いつまでそこに突っ立ってるんだ。お前もこっちに来て座れ」

土方の声にぎこちなく足を動かした総司は、部屋へと上がり、土方の傍に座った。ぎゅっときつく目を閉じると、次に目を見開いたときにはいつもの顔に戻っていた。

「公にはお目にかかれそうか?」
「ええ。たぶん大丈夫ではないでしょうか。松蔵さんに文をお渡ししたところ、屋敷の方へ届けて下さると言ってましたから今日は無理でも、お返事だけはくださるのではないかと」

土方が浮之介に会ったのは、セイと総司の夫婦喧嘩の時に、セイが屯所まで浮之介に釈明にわざわざ出向いてもらった時である。公式の場では、当然頭を上げることさえ叶わぬ相手である。
後にも先にも二度とお目にかかりたくはない相手ではあったが、この際、浮之介の手を借りなければならなかった。

「二度と会う羽目にならないことを願ってたがこればかりは仕方ねぇな」
「ああ。そういえば……」

くすっと総司が思い出し笑いをする。土方は弟分の教育をしっかりやれと浮之介からお小言まで喰らっていたのだ。じろりと睨みつけられて、緩んでしまった口元を隠す。
あの時は、ややができることも思ってもみなかった。その前の一件で怪我をしたセイを想えば、一緒にいられるだけで幸せだったのだ。

総司はそんなに昔ではないはずなのに、思い出す時間がひどく遠い昔だったような気がしてぞっと恐ろしくなる。そうではないはずで、自分はすぐにセイを取り戻すはずなのだ。

表を歩く人々の様子だけで静かだった部屋の中に、少しずつ沸き始めた鉄瓶からわずかな音がし始めたとき、がらりと玄関が開いた。

「ごめんくださいやし。あっ、若」
「おい!来てやったぞ」

松蔵の声を押しのけるように浮之介本人がずかずかと入ってくる。すぐに総司が部屋から出て迎えると、いつも以上に強い気を纏った浮之介が立っていた。

「ご足労おかけして申し訳ございません」
「おい。沖田。何やってんだ、お前」
「……申し訳ありません」

頭を下げて平伏した総司の前にどかっと足を乗せた浮之介は松蔵に待っているように告げると奥へと入って行った。玄関先で手をついた総司に、松蔵が気 遣って声をかけると首を振った総司が痛みを堪えた顔で松蔵に上がって待ってくれるようにと促した。狭い総司達の家に、控えの部屋があるわけもない。松蔵は 部屋に入る手前の廊下に座って待つといった。

「土方。文を読んだぞ」
「は」

平伏した土方に向かって、浮之介の姿で目の前に屈みこんだ浮之介はそれ以上口を開けば土方や総司を責めてしまいそうで、浅く息を吐くと舌打ちをして火鉢の傍にどかっと腰を下ろした。

総司が部屋に戻ってきて、茶と茶菓子の用意をして差し出すと、黙って茶碗に手を伸ばした浮之介は土方と総司を見比べた。

「で?あれじゃわかんないよ。初めからちゃんと説明しろ」
「わかりました。では私からお話させていただきます」

そういうと、総司はセイがいなくなった日の事から説明し始めた。

 

– 続く –