風天の嵐 33

〜はじめのつぶやき〜
ようやく終わりました。だいぶ予定より遅くなりました。

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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「夜が明けるな……」

近藤の声が静かに響いた。全員が胸が痛くなるほど祈っていた。
一瞬、すべての音が消えた気がした。朝日が太鼓楼にあたってまぶしい光がさし始める。

―― ふ、ふぎゃあぁぁ、おぎゃぁぁぁ、ほぎゃぁぁぁ

固唾を飲んで見守っていた全員の耳にその声が届いた。

「あ……」

目を開けた総司のつぶやきが一番先で、その先に割れるような歓声が沸き上がった。

「「「「いやったぁぁぁぁ!!!」」」」
「でかした!!」
「神谷!!よくやったな!!」

あちこちで歓声が上がる中、まだ信じられないという顔をした総司が震える手をまだ解けずにいると、泣き声が大きくなり小さくなりしてしばらくはその場から総司が立ち上がれないでいた。
勢いよく、診療所の障子が開いて、幹部棟に向かって松本が顔を見せた。

「沖田!」
「は、はいっ!!」

大声で総司を呼んだ松本に、全員が一瞬、動きを止めた。
わたわたと総司が見えるところへと立ち上がり前に進み出ると、にやりと笑った松本が拳を見せた。

「でかしたな。立派なもんぶらさげた男だ!!」

一呼吸おいて、先ほど以上に歓声が沸き上がった。

「沖田先生!!」
「総司!!やったな!!」
「おめでとうございます!沖田先生!!」

耳が聞こえなくなるかと思うほど、その場にいた全員が総司に向かって口々に祝いを叫んでいる。賄の小者達は万歳を繰り返しながら台所に駆けて行っ て、正月用に用意されていた酒の大樽を抱えて戻ってくる。山盛りのますと木槌を誰に渡したのかも分からないうちに次々と酒が回されていく。

完全に固まってしまった総司の肩を両脇から近藤と土方が叩いた。

「おめでとう、総司」
「お前が親父になる日が来るとはな」
「あ……。はい、あの……」

何をどう言っていいのかわからないでいる総司に、近藤と土方が笑いながらその肩をばしばしと叩いいた。赤子の泣き声が静かになったと思っていたところに、産湯をつかわせた赤子を連れてお里とおまさが松本が大きく開けた障子の間を抜けて幹部棟へ向かって歩いてきた。

盛り上がっていた男達がその姿に三度目の静けさを取り戻す。竹矢来の向こうでは門徒達が先ほどからの騒ぎを何事かと覗き込んでいた。

「先生。沖田先生はいてはりますか?」

人垣の中に埋もれた総司に向かっておまさが声を掛けると、近藤と土方の二人と共に転がるように押し出された総司がお里とおまさの前に立った。

「おめでとうさんです。若君さんどす」

産湯をつかわされて大泣きしていた赤子がおくるみにくるまれ、むにゃむにゃと半分眠りそうなところを差し出されて、おずおずと手を差し出す。総司の腕にうまく抱かせるようにそうっと赤子を預けると、ゆっくりとお里が手を引いた。
これまで総司が抱きかかえた事がある赤子よりももっと頼りなく、柔らかい存在に焦ってしまう。

「どうです?沖田先生」
「あ、の……。私が今まで抱っこしたことがあるのはもっと大きくなって首も座っている頃だったので……。こんなに柔らかくて、儚いなんて……」

確かに、総司が今まで抱き上げたことがあるのは赤子といっても生まれて数か月は経っている赤子ばかりで、生まれたての頼りなさは初めてで。

「沖田先生?!」

お里とおまさが驚いて顔を見合わせた。片腕に赤子を抱えた総司が傍目も憚らず、大粒の涙を流していた。

こんなに儚くて、愛おしい存在に出会えるなんて。

片手で口元を押さえても、かすかに声が漏れてしまう。それにつられてあちこちで鼻をすする音がし始めた。
セイも総司もこれまでの二人の間にあった沢山の出来事を知っているだけでも、今こうしてここにいることが奇跡の様だ。
少しだけ産み月よりも早かったこともあり、赤子は茂が生まれた時よりも一回り以上小さく見えた。

「総司。よかったな」
「近藤さんにも抱かせてやれよ」

ずるっと鼻をすすった総司が、頷いて近藤の腕に赤子を預けると、その大きな腕にとろとろと眠りかけていた赤子が本格的に眠り始めた。誰の顔にも穏やかな笑みが浮かんでいく。
ぐいっと袖口で顔を拭った総司の袖をお里がくいくいっと引っ張った。

「沖田先生。ややの面倒はうちらがみますから。もう落ち着いたと思いますし、おセイちゃんのところに行ってあげてください」
「そうや。先生、おセイさんのところに行ってあげてくださいな」

二人に促されると、近藤と土方を中心にした人垣を抜けて、診療所の方へと歩き出した。部屋の中が寒くならない様に先程松本が開けた障子は締め切られている。

「あの、いいでしょうか」

総司が障子の前で声をかけると中から南部が障子を開けた。とうに産婆は、すべての始末を終えて、襷を外していた。にこにこと笑みを浮かべた南部が部屋の中へと総司を引き入れた。

「どうぞ。沖田先生。我々は少し近藤先生の方に行きますから」

南部が産婆と松本を促して、部屋の中から出て行った。一人残された総司は、奥の小部屋に横になっているセイの元へと歩み寄った。

「あ……」

何と言っていいのかわからなくて、セイの傍に膝をついたもののがりがりと頭を掻いた総司に、セイが真っ白になった手を差し出した。横になっていると 言っても、布団を背にはさんでいるので座椅子に寄りかかっているような姿勢のセイは、総司の頬に触れた。ずっと竹を握っていたために血の気が引いてしまっ た手には、いつの間にかいきんだ間についた傷がついていた。

「先生……、もしかして泣いたんですか?」

頬に残っていた涙の後に触れたセイに言い当てられて、かっと赤くなった総司が急いで袖口で頬を拭った。

「だ、だって、仕方ないじゃないですか。ひと月以上ぶりに貴女がようやく無事に帰ってきたと思ったら急に赤子が生まれるってなって、ほとんど話もできないまま、貴女が一人でこんなに長い間かけて苦しんでややを産んでくれて……」

先ほどの温かく柔らかな小さな存在を思い出した総司の目がじわりと潤んだ。疲れ切って血の気が引いたセイがふわりとほほ笑んだ。
その顔に、総司は初めてセイに出会ったような気がしてくる。
お産が始まる前の不安も、怒りも、すべてを痛みと共に洗い流された顔は、儚げだったが冒し難い空気に包まれていた。

「……ありがとう。セイ。私が持たなかったすべてを貴女が与えてくれた気がします」
「そんなことありません。総司様こそ、私に居場所を、家族を与えてくださいました」

髪を下ろしたセイの肩口に額を乗せて、総司はセイの手を強く握った。

「ありがとう……。お帰りなさい」
「ありがとうございます。ただ今帰りました」

ふふ、と微かに笑みを交わした部屋にも朝日が差し込んでくる。

 

新しい年の始まりと、新しい命の始まりに。

 

 

– 終 –