愛し児のために 1

〜はじめのつぶやき〜
挑発シリーズは原作の上に、海辻様の夢行シリーズをベースにさせていただいております。子供の名前等は違いますが2次と2.5次になります。特に子供が生まれてからは~……。

BGM:嵐 Happiness
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

赤子が産まれてから、庭や屯所中が上を下への大騒ぎだった。正月ということではせめてもの雑煮と正月料理がわずかにあるばかりで、やらないことが決まっているのだが、それも相まってか、皆、はじけまくっていた。

巡察の隊は、互いに順繰りにやりくりしていたが、ほぼ一昼夜は飲み倒したと言える。

「さすがにあいつら、そろそろ……」

土方がそういいだすたびに、近藤と松本がまあまあ、正月だけでなくめでたいことだからと言い、結局、次の日の昼過ぎまでは、誰かしらが酒を飲んでいるという有様だった。
そして、当然のように、それからは死屍累々とばかりに、あちこちで酔いつぶれて寝こける者達がごろごろといて、酒の飲めない隊士達と小者達があちこちで隊士達を隊部屋へと回収に回っていた。

診療所では、布団に寄りかかったままセイがうつらうつらと眠っては起きて、起きては寝てを繰り返していた。

「……あれ」

いつの間にかまた眠ってしまっていたセイは、いつ自分の瞼が下りていたのかわからない間に、再びその瞼を押し上げて声を上げた。

何度かに一度は総司がいたり、お里がいたりしていたが、たまたまなのか部屋の中には誰もいなかった。赤子の姿もないところから、また誰かの手を経ているのか、あやされているのかしているらしい。

横になりたいとも思うのだが、七日はこうして布団を背に上体を起こしていなければならないので、セイの顔色はまだ蒼白のままだった。

すっ、すっ、と衣擦れの早い音がしてしゅるっと障子が開くと、総司が現れた。

「おや。目が覚めてましたか」
「ええ」

にこっと微笑んだ総司が何かを手にしている。セイのすぐそばに腰を下ろした総司がセイの頬に手を伸ばす。その髪から頬を撫でて、ほっと息をつく。触れることでほっと安心するのは互いに同じだ。

顔色があまり良くないセイの事が心配ではあるが、松本も様子を見ていてくれるし、産婆にもこういうものだと言われているだけに、心配を口に出すわけにもいかず、せいぜいが頬に触れることくらいなのだ。

「ややは……」

セイが問いかけると、ん?と微笑んだ総司がすぐに立ち上がって部屋を出ていく。そしてすぐに戻ってくると、その腕に赤子を抱えていた。

「今は、土方さんのところに」
「副長のところ、ですか」

少しばかり驚いたセイに、腕に抱えた赤子から目を離さずに総司が言った。

「局長や義父上がずっと抱いていたんですが、本当はあの人もずっと待ち焦がれてましたからね」

父の腕に抱かれてきた赤子が、ちょうど腹が空いたのかぐずぐずとむずがり始めた。セイの片腕に赤子を乗せると、くしゃっと赤子の顔が大きな声で泣き はじめる。セイが総司の顔を見上げると、おしめは先ほど替えたばかりだというので、少しだけ恥じらったセイのために背を向けた総司は、苦笑いを浮かべた。

今更だろうと思うが、それでもそこがセイである。総司が背を向けてくれたのを見て、ほっとしたのか、胸元を開いて赤子に乳を与える。まだ、うまく吸い付けない赤子に手を添えてやると、教えられたわけでもないのに、ちゅく、と乳を飲み始めた。

これも自然の事なのだが、赤子を産んでから一昼夜以上たつ今では、セイの胸が大分張っていた。

ある程度まで飲ませると、今度は反対側の胸にも吸い付かせる。セイはどうやら乳の出がいいらしく、すでに飲ませた側の胸からもつつっと乳が滲んでいる。

「どうです?よく飲んでます?」
「はい。よく飲んでくれてますよ」
「どれ」
「え?……きゃっ」

セイも初めての子に与える何度目かの乳に愛おしそうに見つめていたために、目の前に屈みこんできた総司に反応が遅れた。赤子が飲んでいる姿を見ようと、我慢しきれずに総司が覗き込んでいた。

真っ赤になったセイが慌てて胸を隠そうとするのをじっと見た総司が押しとどめた。

「恥ずかしがることなんかありませんってば。ほかの誰でもなく私は貴女の夫ですよ?それに、私たちのややですしね」

んく、んく、と喉を鳴らして飲んでいる姿を目を細めて見ている総司に、恥ずかしくなったセイは、頬を染めて顔を逸らす。徐々に、飲む勢いが遅くなっていき、ただ口の中で含んでいるだけになったことで、セイがややを抱き起した。

肩のあたりに赤子を寄りかからせると、優しくその背を叩くと、げぷっと乳と共に飲み込んだ空気をげっぷで吐き出した。

「ふふ。お腹いっぱいで満足そうですね」
「ええ」

赤子をセイから再び抱きうけた総司は、セイが胸元を直している間に優しくその背を叩いた。大きな手と、満腹と、お腹の中にいた時のような振動に、とろとろと眠そうになった赤子はやがて眠ってしまった。
互いに顔を見合わせて微笑みあった総司とセイは、セイの隣に赤子を寝かせると、先ほど手にしていたものに手を伸ばした。

「そうだ。これなんですけど」
「はい」

乳を飲ませた後でセイも、ぼうっとしていたが、総司が何かを話したそうにしていたので、一生懸命目を瞬かせた。
たくさんの紙に何かたくさんのものが書かれている。

ばさばさとセイの膝の上に広げたものはどうやら赤子の名前らしかった。

「あの、本当なら近藤先生か義父上にお願いするところなんですけど、お二人とも凝りだすと譲らない上に、次々と名乗りを上げる方が増えてきてしまってですね」

近藤と松本が名前をと考え始めたのだが、それがどんどん広がっていき、原田や永倉、斉藤や藤堂まで広がっているらしい。伊東がそれでは僕も、と言い出したときには土方が大きな虫が!と叫んで殴り飛ばしていた。

「これ、まさか全部……ですか」
「はぁ……」

律儀に、というか、無下にはできずに、皆の名づけを預かってきたらしい。
あまりにたくさんの名前の数々にセイも呆気にとられている。さらに、苦笑いを浮かべた総司が今度は懐から二つの書状を取り出した。

「それだけじゃないんです」
「え、え?」

驚くセイにその二通の書状を差し出すと、裏をかえしたセイが目を丸くして口をぱくと開けたまま固まってしまった。それは確かにそうだろう。正月だというのに、その差出は、会津公ともう一通はただ一字だけが書かれている。

「う、浮ってこれっ!だって、こんなお正月にあの方が、どうして」

慌てたセイが叫びかけて、くらりとめまいを起こして額を押さえた。慌てた総司がセイの手を掴んで、横を向いた背中をそっと撫でた。

「落ち着いてください。もう来ちゃったものはどうしようもないんですから」

総司はそういうと、それらが届いた経緯を話し始めた。

 

 

– 続く –