残り香と折れない羽 22

〜はじめのお詫び〜

BGM:FUNKY MONKEY BABYS Lovin’ Life

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「思いあがるな。お前がそれを決める立場にはねぇ」

確かに土方に言われた通りである。
土方の問いかけは、襲撃者が誰かということであって、そのものをどう処断するのか、決めるのは近藤や土方であって、それによってセイの答えが変わることがあってはならない。
しかし、それまで黙っていた原田がそこに口を挟んだ。

「いや、土方さん。神谷が言いたいのはそう言うことじゃないと思うぜ。今までのやりとりでわかんねぇ?」
「なんだ」
「こいつはさ、自分の覚書が元でこんなことになったって思ってんだよ。その上、“もし”襲ったやつが組長格だったらあんたや近藤さんが困るんじゃないかって思ったから確かめたかったんだよ。そうだろ?神谷」

にやっと原田がセイに向かって笑いかけた。確かに原田の言う通りではあるが、それもやはり出すぎたことではある。困ったセイは、総司の顔を見てから、腕をついて起き上がった。総司が手を貸してやって、その肩に自分の羽織をかける。

「申し訳ありません。副長。確かに私が出すぎたことを伺いました」

まだ、きちんと座ることはできないものの、横向きに座って、セイは手をついた。

「よせ。お前はただ、襲った奴がわかるかだけを言えばいいんだ」
「……もう一度……」
「あ?」

顔を伏せて呟いたので、くぐもったセイの声が途中で途切れた。セイの動揺を感じた総司はその背に手を置いた。
目を閉じて、置かれた手の暖かさを感じたセイは、息を吸い込んで顔を上げた。

「もう一度、対峙すればわかると思います」

斎藤があげた二人に対峙すれば、おそらくわかるだろう、とセイは言ったのだ。それは、賭けでもあった。
いくらあの時、屯所ということもあって転寝していたとはいえ、状況としては気は張っていたのだ。なのに、灯りを消して侵入されるまでその気配がわからなかったのだ。
総司や斎藤を相手にしているセイにとって、並大抵の相手が気配を抑えたところで、襲撃の気に気づかない事はない。ということは、それだけの腕なり技量を持った相手だということになる。
今、名前が上がっている二人はどちらもそれができるはずだった。

二人を調べている最中の斎藤には賛成できる案ではなかった。

「危険だと思うぞ、神谷。相手は覚書を奪うつもりでやったんだろうが、結局見つけられなかったんだろう?そこにお前が戻ってきたら次は意識があるうちに襲うぞ」

次は、殴りつけて意識のないセイから奪うのではなく、問い詰めるために意識があるうちに襲うだろう。斎藤の言うことはセイにも良く分かった。恐ろしくないということはできなかった。
すぐに答えられないでいるセイにむかって、斎藤は重ねて言った。

「時間をかければ必ず辿りつける。お前がでることはない。副長が言われたばかりだが、自分だけがわかると思っているなら思い上がりだ」

ぴしりと決めつけるように斎藤は言い放った。これ以上、セイを危険な目に合わせることはできないという気持ちが先に立って、つい口調が厳しくなってしまう。
しかし、セイは退かなかった。

「それでは、そのお二人のお名前を伺わせていただけますか?私が頭に思い浮かんだ方と同じかどうかだけでも教えていただけないでしょうか」

斎藤が、どうしますか?と土方に目を向けると、仕方なさそうに土方はくいっと顎を引いた。

「監察方の浅野と、五番隊組長の武田殿だ」

斎藤の言う名前を聞いて、セイは驚かなかった。

そうだろう、と思っていた相手と同じ。

「……わかりました。私の考えた方と同じようです。お任せいたしますので、よしなにお取り計らいくださいますよう」

再び頭を下げたセイの体をそっと総司が支えた。

「神谷さん。もういいでしょう?横になってください」
「沖田先生、待って!」

寝かされそうになった手をセイが止めた。

「……待ってください。襲った者の探索と処断はお任せします。ですが、流れた噂をそのままにしてはおけません」
「お前が覚書を作っていることは事実だ」

土方が冷やかに言い返した。
それに関しては、もうどうしようもないと思っていた。医師としての信頼も危うくしかねないが、時間がたてばそれも何とかなると思っていた。

「いえ、私が神谷清三郎であったならば、時間がたてばなんとかなったかもしれません。でも今は何とかなりはしません。また出すぎているかもしれませんが、私の考えを聞いていただけないでしょうか」
「策があるというのか」
「あります」

セイを寝かそうとした手を掴んだままのセイの手が、僅かに震えていたことに総司は気づいた。

―― 本当にしょうがない人ですね。

「土方さん、話だけでも聞いてもらえませんか?うまくいけば全部にカタがつくかもしれないじゃないですか」

それまで話には参加せずに、セイの傍らに座っていた総司が土方に言った。土方が答える前に、山崎が面白がった。

「ええやないですか。神谷さん、聞かしてもらいます。おそらくハメるんは、私の助けがいるんじゃないですか?」
「ええ。力を貸していただく必要があります」

はぁ、と明らかに嫌そうにため息をついた土方は、渋々頷いた。

「わかった。いいから話してみろ」
「はい!」

それから、セイの考えた案を実行に移すためにいくつか軌道修正をされて話を進めるところまでに二刻を要した。
途中、さすがに顔色があまりに悪くなったセイは寝かされて、一時話が中断した。とはいえ、詳細を詰めるのに、セイがいなくてもできることではあったので、面々は隣の部屋に座を移し、話を進めた。

その間に、セイは再び南部の診察を受けて、薬を飲まされた。もう眠り薬は入っていないものの、長時間起き上がっていただけに、衰えていた体には疲労感が漂っていた。

「メースがお出かけだからよかったものの、急にこんなに長いこと起きているのはちょっと無理が過ぎましたね」
「すみません、南部先生」
「私に謝るよりも、メースに後で叱られてください。報告しておきますからね」

にこにこした笑顔で恐ろしいことをいう南部に、セイはお願いしますから黙っていてください、と頼みこんだ。

「絶対また雷が落ちちゃいますよ」
「神谷さんはそのくらいがちょうどいいんじゃありませんか?」

確かに、南部の言うことは一理あった。手早く診療箱をしまった南部は、大人しくしていてくださいね、といって部屋を出て行った。

隣から、まだ土方達の声がする。隣の部屋に行った方がいいのではないかと思って、起きだしたくなった。
枕元に置いてある覚書を手に取ると、燃やしてしまいたい衝動に駆られる。

せっかく認めてもらったのに、こんなことになるなんて思いもしなかった。自分の浅慮に腹が立つ。
元はそんな気持ちから始まったことで、こんなことになると思っていなかった自分が浅はかで恥ずかしいと思う。だから、最後まで自分で始末をつけたいと思った。力を借りなければできないことではあったが、どうしてもそうしたかった。

 

「私……こんな私じゃ……」

思わず口をついて出てしまった言葉を、急いでセイは飲みこんだ。口に出してはいけない。
一度思ってしまったら、口から出てしまったら、止まらなくなる。こみあげてきた涙を言葉と一緒に飲みこんだ。

 

まだ、自分は泣いていいわけではない。

 

手にしていた覚書を離して、布団の端を握りしめてぎゅっと目を閉じた。

―― まだ、駄目だ。泣いては駄目

そのまま、体がセイの心を癒すために眠りの中へセイの心ごと引き込んでいった。

 

– 続く –