残り香と折れない羽 24

〜はじめのお詫び〜
お待たせしました。皆さん、まだまだハマってください。

BGM:ヨーロッパ ザ・ファイナル・カウントダウン

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丹念に、手本を見ながらセイは書き写していた。

小姓を務めていたセイには、筆跡を真似ることなど造作もないことだ。特に、幹部格であれば、常に報告書を提出しているために、目にする機会も多い。

「あまり根を詰めると疲れますよ?」

文机に向かってセイが、書き続けていると総司が現れた。隊務の合間をみて、こうして総司はセイの様子を見に立ち寄っていた。

「総司様、お忙しいのに……」
「私が貴女の顔を見ないと落ち着かないからいいんです」

出張から帰ってすぐにセイのために休んでたいこともあり、報告書も溜まっているだろうし、忙しいはずなのに、必ず日に一、二度は顔を出していく。そんな総司に申し訳なくて、セイが顔を曇らせた。

「進み具合はどうです?」
「もう大体は……。本当にまずいようなことは書かずに進めているので、明日には終わります」
「そうですか。こちらも嘘のように丸々と餌に食いついてくれていますよ」

 

浅野はあの後、佐土原藩を調べた。確かに、薩摩藩の支藩として佐土原藩は存在しており、公用方には確かに佐倉という者がいるらしい。

そして、原田と永倉の会話から同じ監察方の新井を調べ始めた。同じ監察だけに調べやすく調べにくい相手だ。
調べ始めてすぐ、新井はどうやら自分の様子を探っているらしいことも分かってきた。
幾度か裏をかいて、様子を伺うと伊東一派として伊東の指示のもとに動いているらしいことがわかる。
そこまで調べると、浅野は問題の覚書も監察方を調べるところまで来ているのかもしれないと思った。なるほど、それならば、誰か監察方の仲間内にバレそうになって、それを打ち消すために覚書をセイに預け、噂を流したのかもしれないと思い至った。

それであれば簡単なことだ。逆の噂を流してやればいい。そうすれば、慌てて覚書を回収するためにセイの所に行くだろう。
そう考えた浅野は、数日をかけて隊内に噂をばらまいていた。

 

新井は新井で、急に浅野の動きが変わってきたことに戸惑っていた。
自分を調べているような節が見られて、その理由もわからないまま、とにかく様子の変わった浅野を追い続けるしかできない。

自分が失態を犯したとは思っていないが、浅野が自分を調べ始めたということは、実は浅野は山崎の手の内にあって、武田の動きを監視するためについていたのかと思えなくもない。

こうして、新井と浅野はお互いの真の姿も目的も見誤ったまま、まんまとセイが考えた策に飛び込んできていた。

 

 

あれ以来、徐々に食事をとるようにはなっていたが、ほとんど食べられないでいるセイのために、総司は持ってきた葛餅を取り出した。
夏花のお夏に頼み、セイのために毎日違うものを作ってもらっている。あの菓子を作ってくれたお夏だけに、事情を離すと作る際には滋養のつくものを素材として作ってくれている。

「今日の分ですよ。お夏さんが作ってくれてるんですから、食事が入らなくてもこれは頑張って食べてくださいね」
「う……でも今日はちょっとは食べたんですけど……」

さすがにいくらおいしくても、菓子は菓子である。こんなに毎日餡の類を食べていたら、太ってしまう。セイがぼそぼそと反論するが、総司がそんなことを聞いてくれるはずもない。

「少し食べたくらいじゃ体が元にもどりませんよ。嫌でも食べるんです」
「でも、毎日お菓子をこんなに頂いていたら、本当に太ってしまいます」
「……素直に食べられないなら、口移しででも食べさせますよ?」

にっこりと笑う総司の目が笑っていなくて、セイはしぶしぶ覚書をよけると、葛餅を手に取った。
何日も食事をとらずにいたから、徐々に馴らしていっても胃がなかなかたくさんの量を受け付けられないのだ。心配しなくても少しずつ食べられるようなるだろうに、総司は許してはくれなかった。

確かにお夏が作ってくれる菓子はとても美味しくて、ほとんど一口くらいで食べられるように配慮されている。

セイが食べ終えるのをみて、総司はようやく本当の笑みを浮かべた。

「書き終えたら、様子をみて私、戻っていいんですよね?」
「そうですね。様子をみて、松本法眼がいいとおっしゃればですが」

セイが屯所に戻るということは、施した策も仕上げにかかるということだ。セイが隊に戻るという事が近くなればなるほど、総司の顔が曇ってくることは仕方がない。
少しだけ悲しそうな顔をした総司は、セイの頬に手を当てると、軽くその額に口づけた。

すぐに離れると、また明日来ます、といい置いて屯所へ戻って行った。セイは、再び覚書にもどると、残りを移し始めた。

 

 

翌日、セイは松本の診察を受けた。

「うむ。もう大丈夫なようだな」
「はい」
「それでも当分、無茶なことはするなよ?」
「分かっています」

屯所に戻れるように着物を替えて、セイは南部に礼を言った。

「長いことお手数をおかけしました」
「いえ、神谷さんは身内も同然ですから当たり前ですよ。今度は病じゃない時に沖田先生と遊びにいらしてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」

セイは、着替えと共に、覚書の束を手持ちの風呂敷に包みこんだ。今は松本と同じように短刀を手挟んでいる。医者としての立場からと、義父としての立場から一言近藤へ挨拶するというので、松本も一緒に屯所へ向かうことにした。

 

 

久しぶりに屯所の門をくぐったセイに、あちこちから声がかかった。

「おお!神谷〜!戻ったのかよ?」
「久し振りじゃねぇか!神谷〜」

次々と声をかけられて、セイは笑顔で応えていた。

「心配かけてごめん。先に副長室に挨拶にいかなきゃ」
「おお〜。きっと副長もさすがにいつもとは違うと思うぜ?」

相も変わらずのセイの人気ぶりに松本があんぐりと口を開けた。

「おめぇ、相変わらずモテてるなぁ。こりゃ、沖田が心配するわけだわ」
「馬鹿なことおっしゃらないでください。さあ行きますよ?」

そういって、セイは屯所の中に入り、松本の先に立って副長室を目指した。

 

 

 

– 続く –