残り香と折れない羽 23

〜はじめのお詫び〜

こんなに長くなるなんて〜。

BGM:ヨーロッパ ザ・ファイナル・カウントダウン

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話がつくと、それぞれ刻をずらして南部宅を後にした。

斎藤が去り際に、総司に向かってぽつりと言った。

「……すまん、沖田さん」

それが、セイを守れなかったことか、セイにきつくあたってしまったことなのか、それともこの策を施すことで再びセイが危険に陥る可能性が出たことなのか、あえて言わなかったが、総司には伝わったらしい。
ふっと、総司は笑った。

「斎藤さんが謝るようなことはないじゃないですか」
「……神谷を……いや……」

―― 神谷を頼む。

そう言いかけて、馬鹿なことを、と思いなおした。仮にもその夫にむかって頼むはないだろう。
しかし、言いかけた言葉は的確に伝わったらしい。

「はい。もちろん頼まれますよ。あの人は私のものですから」
「……〜〜〜っアンタ、本当に相変わらず嫌な奴だな!」
「え〜、私は斎藤さん大好きですよ?」

にこにこと満面の笑みで言われた斎藤は、内心、この黒平目が!と、罵りながらもそのまま去って行った。

 

部屋に戻った総司は、眠っているセイの顔を見て眉を顰めた。
眠っているはずのセイは、悪い夢を見ているのか、閉じた瞼から涙が流れていた。そっと指先で流れる涙を拭ってやると、ぴくっと動いたセイの口から小さな声がした。

「……めん…なさい……」

微かに聞き取れた言葉で、何かを謝っているのは分かったが、それが何かはわからなかった。総司は、セイの耳元に口を寄せて、囁いた。

「謝らなくてもいいですよ。貴女は悪くない。大丈夫ですよ」

夢の中にいるセイに届けばいい。再び流れた涙を拭いながら、総司はそう思った。

 

 

しばらく後に、セイの様子も落ち着いてきたので総司は屯所に戻った。
決められた策は、それぞれが動き始めていた。

そんな中、浅野は、あちこちの茶屋の金を溜め始めていた。薩摩藩の関係者との接触が頻繁になり、新井と山崎達の監視の目はどんどん強くなっていった。

在る日、浅野はご存じより、という文を受取って馴染みの茶屋に現われた。過日、市中で浅野に助けられたものだが、その礼をしたいので、わざわざのことながら足を運んではもらえないかと書かれていた。
記憶にないものの、名指しである。市中において、隊の行動として人助けを行うことは少なくはないため、その中の一人が浅野の名前を調べて文を寄越したのであろう。そう思ってまずは出向くことにしたのだ。

女中に案内をされて部屋に入ると、上座にはすでに中年の武士が面体を隠したまま一人座っている。町人風体で現れた浅野は、その向かいに座った。女中が下がると、浅野は相手が口を開くのを待った。

「わざわざのご足労、かたじけない。浅野殿でござるか」
「いかにも。文を頂きましたが、生憎とお助けしたことは記憶にございませぬが……」

相手は、浅野が覚えていないことを言うと、頷いて、酒を勧めてきた。浅野は目の前の膳から杯を手に取り、とりあえず受けた。相手にも酒を勧めると、形ばかり盃を受けはしたものの、すぐに膳に置いてしまった。

「ご記憶にないことは無論のこと。浅野殿。そこもとは薩摩藩の方々とお近づきになりたいと動かれているようですな」

その瞬間、浅野は懐に手を入れた。町人姿では刀をさすことはできない。懐に忍ばせた匕首を掴んだ。
浅野が殺気を放ったことに気づいた相手は、片手を上げた。

「いやいや、誤解されては困る。こちらも隠密裏に取り図りたいが故に拙者が出向いて参ったのでござる。是非ともお力添えさせていただきたく参ったのじゃ」
「……というと?」

浅野は警戒を解かぬまま相手の出方を待った。
相手は、杯を手にして覆面をずらして酒を飲んだ。杯を置くと、改めて軽く頭を下げた。

「拙者、佐土原藩公用方、佐倉鉄之進と申す。そこもとが薩摩藩の者と近づきになろうとされていると耳にしてな」
「佐土原藩……」
「いかにも。今そこもとの新撰組と薩摩藩が接触するのは得策とはいえますまい。代わりに我ら、佐土原藩が間に立てば表向きにはわかるまい」

俄かには信じられなかったが、わざわざ自分を指名してこんな酒席を設けるなど、戯れ事とは思えない。

「誠のことでございますか」
「無論のこと。拙者とて、そこもととこのような場にいることが知れればただでは済まぬ。偽り事はいずれにしても身を危うくするもの」

浅野は懐の匕首からは手を離したものの、警戒は解かぬまま相手の話を聞いた。
佐倉と名乗った武士は薩摩藩との取次ぎを自分がする代わりに、新撰組の内部情報と、会津藩の情報を求めてきた。

「例えば、どのような隊士がいるか、そのものの特徴や好み、身内や馴染みの妓などわかるとよろしかろう」
「それをお渡しすれば、私の身分を保障してくださるか」
「無論。特別のお計らいがあるだろう。たとえば、一時、我らの藩にてお抱えの後、京屋敷詰めや、江戸屋敷詰めということもあり得る」

士官も夢ではないということは、浅野にとって願ってもないことだ。この話は武田に通さずに自分だけが知ってさえいればいい。

「身の安全と武士として士官が叶うというのならば、いかようにもいたしましょう。期限はございましょうか?」

そうして、一月の間に希望のものが手に入れば、離隊の助力も士官も力添えしてくれるということに浅野は容易く乗った。初めに抱えていた警戒心など、どこ吹く風という風情だった。
それほど、武田の脅しや危うい立場に危機感を持っていたともいえる。

「今はお互いに後に残るものでの証は残さぬがよかろう」

そういって、佐倉は半月後にまた同じ座敷で逢うことを約束して、先に浅野を店から出した。
それからしばらくして、佐倉と名乗った武士は店から出る姿は見ることができなかった。しかし、半刻後に駕籠が店の奥までつけられて、いずこかへ去って行った。

 

屯所に戻った浅野はたまたま原田と永倉の二人を見かけた。

「だからよぅ、神谷がそんな調べができるはずないと思ったんだよ」
「監察方の……だろ?神谷もそんなもの預かるから……」

すれ違いざまに聞こえた言葉に、浅野は足を止めた。
二人は密かに語り合っていて、他の隊士達は気にも留めないようだったが、浅野には重大な関心ごとだった。元は噂から始まった話だ。
永倉達の背後に回り込んで、そっと気配を消した。

「噂になんて何でなったんだよ?」
「調べをしていたらしいのが、新井らしいんだがな。ばれそうになって神谷になすりつけたらしいぞ」
「まさか。いくらなんでもそんなことはないだろう?監察方つってもお互いが何をしてるかわからないわけないだろう」
「そうは言っても、特命だったらあり得るだろう?誰にも話さずにやる仕事がないわけじゃないだろうよ」
「まあな。じゃあ、本命は新井かよ」

そこまで聞いて、浅野はそっとその場から離れた。
浅野が近づいてきて、離れて行ったことも原田達は気づいていた。そのさらに背後で新井が様子を伺っていることもわかっていて、あえて仕掛けた。

本当ならば、セイを表に出せばもっと安全に進められただろう。しかし、こんな策に本当にひっかかるかわからないとしても、ありがちな策を進めたのは、いざとなれば、確証をつかんだ後、どうとでも処分できると思ったからだった。

セイが回復して戻るまでにはもうしばらくの日数を要する。

 

 

– 続く –