残り香と折れない羽 33

〜はじめのお詫び〜
えーと、たぶん、次、で終わる……かな。

BGM:

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審判を務める者もいないまま、セイと武田は道場の中央で向かい合った。
周りに五番隊の隊士達が控えている。すでに駆け付けた三番隊の隊士達と斎藤が道場に入ってきた。

「これはいったいどういうことだ」

声を荒げた斎藤に五番隊の隊士が成り行きを説明しだした。武田は、斎藤が止めに入るのを待ちたかったが、邪魔をさせるものかと、セイが礼をした。立ち合いはたとえ稽古といえど礼をされれば、礼を返さねばならず、それが立ち会い開始の合図でもあった。

無様な姿は見せるわけにはいかない。

武田も鷹揚に礼を返した。防具もつけずに向かい合った姿を見て、斎藤の背にも冷たいものが流れた。まさかに、セイが武田に敵うとは思えない。しかし、今更止めに入るわけにもいかない。

「おいっ!何してやがる!」

駆け込んできた土方の声にもセイは反応しなかった。剣を構えたまま微動だにしない。
土方が止めようと間に入りかけた肩を、いつの間に来ていたのか近藤が掴んだ。

「いいんだ。俺が許可した」
「近藤さん?!」
「局長?!」

さらに遅れてその後ろから総司と原田、永倉の三人が一番隊の山口の知らせを受けて駆け込んできた。

 

ふわりとセイの小柄な体が動いて、一合、二合と打ち合わせると、ぱっと双方の身が離れた。

ごくり、と見ている者たちの緊張が走る。武田の打ち込みを真剣でセイが受けるというだけでも、ありえないことである。武田は、このまま指南と称してセイを打倒してしまえば、どうとでもなる、と思えてきた。
真剣での稽古中の事故は町道場とて少なくはない。

舌なめずりをした武田は正眼に構えて間合いを狭めてきた。
総司は今にも飛び出しそうな体を押えて、脇差の柄を握り締めた。冷汗が流れて、自分の呼吸さえ忘れてしまいそうだ。

間合いを詰めてきた武田を前に、セイは下段に刀を構えた。それが不思議な動きをした。
普通の構えではなく、だらりと下げるように下ろしているにもかかわらず、切っ先は武田に狙いを定めたかのように、刃を斜めに構えている。

周りで見ている隊士達にはわかりにくかったかも知れないが、組長格の面々はその構えに驚いた。一番驚いたのは立ち合っている武田だろう。武田が上段に刀を構えれば、ふわりとセイの刀が動いて間合いを狂わせる。

武田にはセイの小柄な体が何倍にもなったかのように思えて、我を忘れそうになる。
武田が振りかぶれば、セイが動き、間合いを外してくる。

ここまでお互いの位置を変えながら向かい合ってしまえば、上段の構えを下ろすわけにもいかぬ。

「たぁっ!!」

気合いの声とともに、武田が大上段に振りかぶった。

武田の動きを見越して、動いたセイの体の方が速かった。横をすり抜けるようにして、一瞬のうちに二人の位置が入れ替わった。武田の稽古着の胸元を結わえている紐と、袴を押える紐とを斜めに斬り上げた。これが敵であったなら、思いきり斜めに斬り捨てていただろう。

そして、横をすり抜けて、真横を通った瞬間、刀を持ちかえて鞘についた小柄で武田の元結いを切り飛ばした。

セイが振り返って構えると、武田の稽古着が袴が切払われてずり落ち、稽古着の胸元も肌蹴ている。慌てて、武田は袴と胸元を押さえると、元結を斬られた髪がばさっとほどけて顔にかかった。

道場内からどよめきが沸き起こった。

セイはその姿を確認して、刀を納めて手をついた。

「武田先生、ご指南いただき、誠にありがとうございました」

片腕で稽古着を押さえながら、武田は刀を収めた。これ以上笑いものになっては敵わぬと、セイには見向きもせずに道場から走り出て行った。

セイが斬った瞬間を見ていた総司は、セイが刀を納める前に道場の外に滑り出ていた。
走り出てきた武田の前に総司は立ちはだかった。恥をかかされた武田は怒りの眼を総司に向けた。

「ぬぅ!沖田殿は神谷にどんな指南をされているのか!!」

怒鳴り付けた武田に向かって、総司がふっと笑った。次の瞬間、総司の腰から脇差が抜かれてすぐに納められた。

 

セイが稽古着の紐を切って肌蹴ていた胸元に、皮一枚、同じ斜めの角度で斬られた武田の胸から、つうっと血が流れた。

「なっ……!!」
「せいぜい自重されることです。次にあの人に何かあったら……」

総司の口元に浮かんだ笑みが、武田を震え上がらせた。武田とて剣術を収めた身だけに、その恐ろしさにこめかみを汗が流れた。

くるりと向きを変えた総司が道場へ戻っていくと、今度こそ逃げるように武田は隊部屋へ走り去った。
面目を失った武田は、このあと、自ら近藤へ組長を辞する願いを申し出ることになる。

道場では、セイが五番隊の隊士達に礼を言うと、今度は近藤の元へやって来て礼を言った。

「局長、お許し下さってありがとうございました」
「うむ。神谷君はよい指南をしたようだ。それにしても腕を上げたものだねぇ」
「とんでもありません!無我夢中でしたから」

謙遜するセイだが、あの太刀筋が無我夢中などでは到底ありえない。

近藤に肩をたたかれた土方は、口元に笑みを掃くと近藤とともに、自室へ引き上げて行った。
セイは、総司の傍に行くと、にこっと笑った。

「どうでしたか?沖田先生」
「馬鹿だな、神谷。総司でなくてもよくやったよ」

横から原田がばしんと、セイの背中を叩いた。薄ら眼尻に光るものを滲ませて、永倉と肩を組んだ。

「ぱっつあん!迎え酒といこうぜ!斎藤!お前も来いよ」

道場からそれぞれが出て外へ歩き出していく。セイの頭をぽんと、撫でた斎藤が、小声でよくやった、とつぶやいた。

「本当によくやりましたね。神谷さん」
「沖田先生に教えていただいたことばかりですよ。腕が鈍ってなくてよかったです」
「いいえ、鈍っているどころか以前にもましていい太刀筋でした」

総司はセイと並んで歩きながら、その肩に手を置いた。

「今日はもう仕事も終わりですから、家に帰りましょうか」

 

 

– 続く –