年の瀬の花手毬 3

〜はじめのお詫び〜
浮かれていたら3話じゃ終わんなかった~!!

BGM:ORANGE RANGE  *~アスタリスク~

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屋内に踏み込んだ一番隊よりも先に斉藤がセイの姿を見つけて近づいてきた。斉藤が口を開く前にその顔を見てセイが大きく頭を下げた。

「斉藤先生、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」

状況を聞いていたために、セイが一人ならばどうにでもなっただろうが、お鈴をかばって動かずにいたこともわかってはいる。結局、斉藤はセイには何も言わずに、隊士達に指示をだして三番隊の幾人かに井筒屋の者たちを店まで送らせることにした。
何かを言うのはこの後現れる男の方だろう。

隊士達が送るというので井筒屋の主人達が礼を言いながらセイの元へ近づいてきたところに、屋内から一番隊が戻ってきた。総司が斉藤とセイの姿を見て傍に来る。

「斉藤さん」
「沖田さん、裏から出てきた者たちは皆、町方に引き渡したぞ」
「そうですか。こちらも皆片付きましたよ」

そう腕の立つ相手ではなかっただけに皆、怪我もなく、とうに刀を納めている。
斉藤の傍に立つセイを見た総司は何も言わずにその手を振り下ろした。

ばしっと派手な音がして、セイがよろめいた。慌てて一番隊の隊士が支えようとするのをセイは大丈夫だと片手を手を上げた。殴られた頬を押さえながら総司に向かって頭を下げる。

「申し訳ありません。沖田先生。ご迷惑をおかけしました」

頭を下げるセイに無言で背を向けた総司に、その姿を離れたところで見ていた井筒屋とお鈴が驚いた。父親である井筒屋とつないでいた手を離して、お鈴がぱっと総司の前に飛び出した。

「馬鹿ぁっ!!なんでお姉ちゃんのことぶつの?!鈴を助けてくれたのに!!」
「こ、これっ、お鈴!申し訳ございませんっ!!」

総司の目の前で、お鈴が涙目で叫んだのを井筒屋の主人が慌てて止めた。確かにセイが殴られて驚きはしたものの、相手は新撰組の沖田総司だというではないか。
子供相手に何かをするとは思わなかったが、それでも無礼は無礼だ。総司はちらりとお鈴をみたものの、何も言わずに町方の方へ向かっていく。
ほっと胸をなでおろしつつ、お鈴の手を引いて下がらせようとする主人に、セイが頭を下げてしゃがみこんだ。

「ありがとう。お鈴ちゃん」
「お姉ちゃん……ぶたれた!お姉ちゃんは助けてくれたのに!」

目の前で自分をかばってくれた優しいお姉さんが思い切り殴られたのをみて、幼心に驚きと、殴った総司に怒りを覚えたお鈴は目にいっぱい涙をためている。
セイは懐から手拭をだして、お鈴の目を優しく拭ってやった。

「あのね。お姉ちゃんは、このお兄さんたちのお仲間なの。このお兄さん達は、お姉ちゃんが帰ってこなかったからいっぱい心配してくれたのね。だからお姉ちゃんはお兄さん達にごめんなさいをする。お鈴ちゃんも、父上や母上に心配かけちゃ駄目よ?」
「なんと!新撰組の方でしたか!」

お鈴の後ろで話を聞いていた井筒屋の主人が驚いた。セイは苦笑いを浮かべて立ち上がると、改めて名乗った。

「大変失礼いたしました。新撰組で隊医を務めております、神谷と申します。鶴屋の帰りにお鈴ちゃんが襲われるのを見て、放っておけずについて参りました」
「これはこれは。とんだことに巻き込んでしまい申し訳ございません。神谷様がいてくださらなければお鈴はどうなっていたことやら……」

深々と頭を下げた井筒屋の主人に、セイは首を振って手をあげてくれと言った。

「新撰組の者として当然のことをしたまでですから。気になさらないでください。お鈴ちゃんが無事だったのが一番です」

セイと井筒屋が話をしている間に、総司は町方との挨拶を済ませたらしい。一番隊は隊列を整えて巡察に戻って行った。斉藤の指示を受けた隊士達が井筒屋を送るべくセイを促す。

「神谷、そろそろいいか?遅くならないうちに送り届けてきたいし」
「あ、はい。申し訳ありません。よろしくお願いします」

お鈴に手を振ってセイは井筒屋一家から離れた。残った三番隊の隊士達と斉藤はセイと共に屯所に戻った。すでに知らせを受けてセイが無事なことも屯所中に知れ渡っている。セイは斉藤と共に、副長室に向かった。

「よう、神谷。何一人で活躍してんだ?」

通りすがりに原田にからかい混じりにじろりと睨まれたのを、セイは苦笑いを浮かべただけで受け流した。これから向かう部屋にいる人からはさらにたっぷり怒られるのが目に見えている。

「副長、斉藤です」
「入れ」

斉藤が障子を開けると一緒にセイも副長室に入った。斉藤が土方の前に座り、セイがその隣に膝をついて座った途端、総司が叩いたのとは逆側の頬を土方が張った。

ぱぁん、と乾いた音がして、セイが畳に手をついた。斉藤は黙ってそれを見ている。セイは倒れかけた体を起こして、改めて頭を下げた。

「申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」
「お前、いい加減懲りるってことを覚えろ」

低く土方が言う言葉に、セイはそのまま頭を下げ続けた。斉藤が何事もなかったように、その横で口を開く。

「不逞浪士達は、井筒屋から出てきた娘と下女をみて与し易いと思ったのでしょうな。後をついて様子を伺っているところで鶴屋に入った。その間に人手を集め、帰り道で人質に取ったようです」
「そこにこのお人好しの鉄砲玉が通りかかったってことか?」
「いえ、鶴屋にて井筒屋の娘と一緒になっていたようで、ほとんど同じ頃に店を出たために襲われるところを目撃したようです」

平伏したままのセイは何も言わなかった。以前であれば、あれこれと言い立てたかもしれないが、今は自分のしたことは間違っていないと思っているし、心配をかけたこともわかっている。
だから、余計なことを言う必要はないと思った。

沈黙が続いて、腕を組んだままの土方が深いため息をついた。

「斉藤。この鉄砲玉は診療所の部屋で明日いっぱい、謹慎させろ。怪我人や病人の対応は通常通り。その他は一切の面会も禁止だ」
「……一切、ですか」
「そうだ。何か文句があるか?」
「いえ。報告は以上です」

平伏したまま自分の処分を聞いていたセイは、斉藤の報告が終わったのを聞くと、顔を上げた。その顔は片方は先ほど総司に殴られた跡が赤くなり、反対側は今さっき土方に平手で張られた跡が赤くついている。

「処分、謹んでお受けいたします。ありがとうございます」

セイは土方の顔をみて頭を下げると、斉藤と共に副長室を出た。斉藤が黙ったまま幹部棟から診療所に向かうのについてあるくと、診療所では小者達が、心配顔で待ち構えていた。

「神谷さん!」
「ご心配おかけしました」

セイが皆に頭を下げると、斉藤が顎で奥の小部屋を示し、小者達には土方の処分を伝えた。それを聞いた小者達がはっきりとその顔に不満を表して、珍しく斉藤に食い下がった。

「斉藤先生!なぜ処分されるのですか?お話しを聞いたところでは襲われた子供を守ったということじゃないですか!」
「それは俺が判断することではない」
「じゃあ、副長にお伺いします!」

簡単な事情はすでに隊内にも伝わっている。それを知りながら、処分を聞いてどうしても納得ができなかったらしい。小者達が出て行こうとするのをセイが止めた。

「待ってください」

理不尽なはずの処分にセイは怒るでもなく、受け止めているらしかった。セイは小者達に構わずにいつもどおりにしてくれるように頼んだ。

「処分は副長が決めたものですから、私はそれに従います。皆さんの気持ちはありがたいのですが、構わないで下さい」

セイが頭を下げると、それ以上は何も言うことができず、仕方なく手をつけていた仕事に戻っていった。斉藤に頷くとセイは奥の小部屋に入った。羽織を脱いで、脇差を置くと部屋の中央に座る。

そこで初めて斉藤は口を開いた。

「なぜ何も言わないのだ?」

部屋の入り口で立ったままでセイを見下ろしている斉藤にセイが顔を上げた。

 

– 続く –

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