年の瀬の花手毬 4

〜はじめのお詫び〜
そして4話じゃ終わんなかった~!!

BGM:ORANGE RANGE  *~アスタリスク~

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「何もございませんから……」

なぜ何も言わない、と斎藤に聞かれてセイは落ち着いたまま答えた。
昼過ぎに屯所を出てそれきりになっているから、疲れているだろうし、腹も減っているだろう。しかし、謹慎を言い渡された以上は、ここにいるしかない。

斎藤は、部屋の隅に置いてある火鉢に火を付けた。横にもならず、羽織を脱いで一晩ここに座っていては、風邪をひくと思ったからだ。

「明日になれば何か、腹に入れるものを持ってこよう」
「ありがとうございます。斎藤先生。お気遣いは嬉しいですが、お構い下さらぬよう。謹慎は謹慎ですから」

斎藤に礼を言ったセイは、部屋の中央に座ったまま目を閉じた。斎藤は、行燈にも火をともして部屋を後にする。診療所側を回って、幹部棟へ戻るところで総司に行き会った。

「お手数おかけしました。斎藤さん」
「……一切、面会は禁止だ」
「そうらしいですね。明日一日の謹慎とか」

腕を組んで診療所の方を見詰めたままの総司に、斎藤がずっと思っていた疑問を口にした。

「アンタ、なぜ何も言わずに手を挙げたんだ?」
「さぁ……。何ででしょうね」

視線を外さないまま、ぼんやりと答えた総司の肩を斎藤が掴んだ。曖昧な答えでは、あれほど思いきり殴り付けた理由が分からない。

「おい、沖田さん…」
「さあ、疲れちゃいましたね。斎藤さん。早く休みましょう」

斎藤に掴まれた肩を振り払って、逆に斎藤の肩に腕をまわして隊士棟へと押し出した。ぐいぐいと斎藤の背を押して、総司は隊士棟へと戻っていった。

 

翌朝、井筒屋の主人とお鈴は駕籠に乗って、屯所へやってきた。朝一番で現れた井筒屋に、近藤が妾宅から現れるのを待って、近藤と土方は対面した。
昨日は、出先から妾宅へ帰ったために、一件を知らなかった近藤は井筒屋と対面する前に土方からかいつまんで事の次第を聞いた。

「なんだ。それでは神谷君は隊士として的確な行動をとっているし、何の問題もないじゃないか」
「って、近藤さん!あんたは神谷に甘ぇんだよ!」
「そうか?そうだとしても、神谷君を謹慎にする理由も殴りつける理由もないと思うがね?」

ぐっと言葉に詰まった土方を置いて、近藤は廊下に出て平隊士を呼んだ。茶の支度を頼み、部屋の中で渋い顔をしている土方の肩にぽん、と手を置いた。

「じゃあ、斎藤君と総司も同席してもらおうか。もちろん、神谷君も呼んでくれよ」

障子をあけると、近藤は井筒屋を待たせている客間に向った。

「大変お待たせして申し訳ない。井筒屋殿ですな」

客間に入って上座に座った近藤に、井筒屋は商人らしい物腰の丁寧さで手をついて頭を下げた。

「近藤局長様でしょうか。昨日はこちらの神谷様に手前共の娘が大変お世話になりました。そのお礼に朝早くから失礼とは存じましたが、参上させていただきました」

井筒屋と共に来ていたお鈴も子供だというのに、よほど両親の躾が良いのか、父親と同様に頭を下げている。可愛らしい姿に近藤は微笑を浮かべて、手を上げるように言った。

「いやいや、手をあげてください。経緯は先ほど、この副長の土方から聞きました。ウチの者は隊士として当然のことをしたまです」
「とんでもございませぬ。隊のお医師でいらっしゃると伺いましたが、それにしても女子の身でよくもお助けくださいました」

そこに、土方に呼ばれた斎藤と総司が現れた。二人が助けに現れた二人だということはすぐ分かって、井筒屋は改めて二人にも礼を述べた。しかし、現われた総司にお鈴は思い切り嫌な顔をして睨みつけた。
お鈴が怒る理由を知らない近藤と土方は顔を見合わせた。斎藤だけは、昨日の在り様を見ているだけに、僅かに含み笑いを堪えて、顔をそむける。

「これ、お鈴!きちんとお礼を申し上げなさい!」
「嫌っ!!この人は、鈴を助けてくれたお姉ちゃんをぶったから!!」

大きな声で叫んだお鈴は総司からぷいっと顔を背けた。井筒屋が慌てて、お鈴の頭を下げさせたが、すでに遅く近藤は大きな声で笑い出した。
そこにセイが遅れて現れた。

「失礼いたします」
「これはこれは、神谷様。昨日は大変お世話になり、ありがとうございました」

最も下手に座ったセイに、井筒屋が頭を下げた。セイが、会釈を返すとそこにお鈴が飛びついてくる。

「お姉ちゃん!お顔、ぶたれた所、赤くなってる!ああっ!!反対側のお顔も赤くなってるよ!!」

大きな声で指摘されると、セイが苦笑いを浮かべてお鈴の頭を撫ぜた。

「お鈴ちゃん、わざわざきてくれたんだね。ありがとう」
「鈴ね、父上とお礼にきたの。お姉ちゃん、反対のほっぺもぶたれたの?」

お鈴が、総司を睨みつけると、斎藤と近藤がにやりと笑って土方の顔を見た。セイの顔を張ったことを総司に押し付けるには格好が悪い。
バツが悪そうに土方がぶつぶつとそっぽを向いたままこぼした。

「それは、だな。その、俺がやったわけだが」
「このおじさんも悪い人なの?!お姉ちゃん!!」

―― おじさん……

おそらく、廊下で聞いている原田達が腹を抱えて笑い転げている姿が目に浮かびそうだ。さすがの斎藤も顔を伏せて肩を震わせている。

「あのね。お鈴ちゃん。お姉ちゃん、このお兄さんたちに、いつもたくさん心配かけちゃうの。だからお兄さんたちがとっても怒るのは当たり前なの」
「いや、お鈴ちゃんが言うことは間違ってないな。そうだろう?トシ、総司?」

さらにバツが悪くなった二人がそれぞれ顔を背けている。さすがに井筒屋は状況を理解したようで、口元に笑みを残しながら、懐から袱紗を取り出した。近藤に向けて袱紗に包まれたものを差し出す。

「失礼いたしました。これは些少でございますが、お礼としてお納めくださいまし。それから、とてもこれだけでは、私どもの気がすみません。ちょうど時節柄もありますので、皆様の新年のお召物を一着ずつご用意させてください」

袱紗に包まれていたのは切り餅二つの五十両であった。井筒屋にとっては金もそうだろうが、恩義には自慢の商いで応えようとしているらしい。
土方と近藤が視線を合わせると、近藤が手をついた。

「かたじけない。ありがたく頂戴させていただきます。着物も、いくら言っても酒や女に金を使う者達ばかりですので助かります。お言葉に甘えさせていただきましょう」
「こちらこそ、皆様のために何かできることがあるなら光栄でございます」

井筒屋は胸を張って答えた。巷の噂ほどには新撰組を悪くは思っていなかった井筒屋ではあったが、大事な一人娘を助けられた上に、局長以下の人柄を僅かでも知れば、好意を抱くのは当然だった。

近藤の人柄だけでなく、こうしてセイの人柄に接した者達によって、新撰組の味方をする者たちが増えてきているのは事実だった。

 

 

– 続く –