愛し児のために 2

〜はじめのつぶやき〜
今更正月の話ですが、

BGM:嵐 Happiness
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「年始のご挨拶に局長と副長が黒谷に出向いたところから始まるんですけどね」

いくらめでたいと言っても、近藤と土方はいつまでも飲んでいるわけにはいかない。年始は、正月をしない屯所とはいえ、対外的にはあちこち挨拶に出向かなければならないのだ。早々に酒を切り上げて、二人は身支度を整えてだした。

松本も南部も年賀に出向く日は決まっているのでゆったりしているが、近藤と土方はそうもいかない。会津公の登城の時間もあるので、会いに行ってすぐに目通りが叶うわけではないし、下手をすれば一日がかりのこととなる。

出がけに、正月から勘定方に言って、切り餅を五つ用意させた土方が、表を回って西本願寺の広如の元を訪ねた。正月とはいえ、正装の近藤と土方に急に訪ねてこられれば何事かと驚くのはもっともだろうが、驚く広如に寄進だといって金子を差し出した。

「昨夜はお騒がせいたして申し訳ござらぬ。こちらの隊医を務める者にややが生まれましてな」

男ばかりの屯所の中に女子が一人いることは西本願寺でも知られている。腹の大きな姿も見かけているし、密かに祈祷を上げに来る者さえいたのだから、思うよりも状況は知っていると言えた。

「それは、めでたいことですな」

日頃のことを思えば堅い口調になりがちな広如も、その時だけは御仏に手を合わせつつ、祝いを述べた。そのこともあっての寄進ということで、ありがたく頂戴する、といつになく円満に対面を済ませたのだ。

「伊東先生は広如に祈祷を一晩中、上げさせようとしていたらしいですよ。内海さんに留められてたみたいですけど」
「……よかった」

思わず、セイはそう呟いてしまう。自分のことでそんなにも心配や迷惑をかけていたらと思うだけで身が竦む思いがする。 ただでさえ、直前に攫われるという目にあって心配をかけ通しているのだ。

「そんなことを言ったら、きっと驚きますよ?家には、安産祈願から無事を願ってありとあらゆるお守りの山ができてます」
「う……」

初めは安産祈願だけだったが、徐々に何でもありになってきて、中には商売繁盛や勉学の守りまで積まれている。まさに山積みという量が家に置いてあった。

「そこからお二人が黒谷に向かわれて、会津公ほか皆様へご挨拶ができたそうなんですが……」

ちょうど城から戻ってきたところだったらしく、それほど待たされもせずに容保をはじめお歴々へも年賀の挨拶ができた。

「それがですね。容保様にお目にかかった瞬間に年賀の口上よりも先に、『無事に産まれたそうだが、男であったか?』って聞かれたらしくて」

その時の様子を思い浮かべたのか、くすくすと総司が笑いながら話す。
開口一番に目を輝かせて問いかけられた近藤も土方も思わず面食らってしまったらしい。そんなことをなぜ知っているのか、と目を白黒させながらも、無事に産まれた事、男子であると報告すると、容保は手を叩いて祝いを口にした。

「それはめでたい。いや、何を隠そう、先ほどお城で上様にお目にかかった折りに、部屋に入られたその瞬間から、どうであったかと聞かれて驚いてしまったのだ。私の耳にはまだ無事に戻ったとしか聞かされてなかった故な」
「それはお知らせが遅くなり、面目もありません」

それが聞きたかったために、容保との面会を早めたというから相変わらずとんでもない方である。

「そこで文をお預かりになったそうなんですが、ご自分もぜひ名づけ親にと急ぎしたためられたらしくて……」

それがこのセイの手にあるということらしい。まずは容保の手によるものを開くと、思いつくままに書かれたらしく、とにかく名付け親は自分がなるので、待つようにとある。すでに総司はそれを読んでいたらしく、苦笑いを浮かべて頷いた。

続いて浮之助の文を開く。

『本当にお前は俺に心配ばかりかける奴だな。とにかく、近いうちに顔を見に行く!だから名づけは待つように』

「なにこれ……」

たったそれだけの走り書きを読んでどうしろというのだろう。この殿様たちの我儘に呆気にとられてしまった。

「まあ、その、近藤先生と義父上にお願いするつもりだったんですけど、こうなってくるとねぇ」
「はあ……」

困っているのだろうが、それでも総司の顔には何とも言えない笑みが浮かぶ。こんな困惑も赤子が産まれているからこそであり、その子は自分の目に入れても痛くないほどの愛息なのだ。

「そんなわけで、困ってるんですよ」
「……総司様、お顔が困ってません」
「あ……。いや、本当に困ってはいるんですけど……」

頭を掻いた総司の苦笑いが移ったようにセイが苦笑いを浮かべた。確かに、お二方ともあだや疎かにできないお相手でもあり、容易に名付け親というわけにもいかない。

「まあ、まだ何日かありますしね。またどうすればいいか話しましょう」

眠そうな目のセイに、手を伸ばした総司が額に手を当ててそっとその髪を撫ぜた。とにかく傍にいて、触れて、構いたくて仕方がないのだ。

「総司様、お仕事は……」
「明日まではお休みをいただいてますよ。といっても、ずっと屯所にいて何かしらやってますから巡察に出ないくらいですけど……。セイ?」

額から髪をすく様に手を乗せられていると、安心できてとろとろと眠りに落ちてしまう。自分で目を閉じたことも気づかないうちにセイは眠ってしまった。
その後もしばらくは総司はゆっくりと髪を撫で続けていた。

 

家にいるならば近所に引っ越したお里やおまさの手を借りることもできるが、屯所にいる限り、手を借りるにも男手である。産後間もないセイが手を借りたくても、男達では気が回らないために、まずはお七夜まではおまさが茂と共に診療所に泊まり込むことになった。

本当はお里が名乗りを上げたのだが、そこは同じ母のほうがほしいところに手がとどくだろうということと、原田もその方がいいということで診療所の奥の部屋はおまさと茂の部屋になっている。

今すぐは困らないだろうということでおまさは、原田に案内されて屯所の中を茂と共に回っていた。

「とまあ、こんなもんかな」
「へぇ。よくまあ、これだけ広くて女手もなくていらっしゃいますね」
「まあ、男ばっかりだから余計にうまくいくってのもあるんだよな。神谷もここじゃほとんど男扱いだからなぁ」

おまさを連れて歩いた原田は決して屯所の隅々まで見せて歩いたわけではない。そこは男所帯をよく理解しているからでもある。幹部棟と隊部屋の一部だけを見せて歩いた原田は、幹部棟へと戻る。

「いいか、お前は今、連れて歩いたところ以外は絶対に行くな。賄いは診療所の表から回るんだぞ」
「そんなに心配しなくても」
「いいからいうことを聞いとけ。な、茂」

頭はいいが、余計なことに自分から首を突っ込むような真似はしない。素直に頷いたおまさは診療所へと戻った。しきたりだけはきちんとということで、三日目、五日目、七日目の宴をすることになっている。

「ほな、うちは診療所の方にいるようにしますね」
「ああ。俺達の時は、お前の実家でたくさんしてもらったけどよ。総司にはこっちに身内がいるわけでもない。神谷なんかもっとだ。祝ってやる身内は少ないし、松本法眼が身内じゃ、かえって堅苦しくなるしな。だから手を貸してやってくれ」

診療所の前まで来て、おまさに向かって原田がおまさにむかって頭を下げた。原田の気性はよくわかっているおまさだが頭を下げてきた原田に、少しばかり驚いた。そして、どれほど彼らの繋がりが深いのか、改めて思い知らされる。

頷いたおまさは、茂を原田の腕に預けた。父の優しさを少しでも茂に伝わる様にと。

 

 

– 続く –