愛し児のために 3

〜はじめのつぶやき〜
可愛くて、かわいくてどうしようもないんでしょうなぁ。

BGM:嵐 Happiness
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誰に習うわけでもなく、セイは見よう見まねでおしめを取り換えることも何とかできるようになった。
それも、見かねたおまさが止めなければ、皆が次々とやらせてくれと言い出してセイのところから連れて行こうとするのを総司が止めるので大忙しだったのだ。

「おまささん、すみません。汚れ物の始末をみんなお願いしてしまって」
「ええんどす。女子は床上げまで水に触ったらあかんしね」

洗い物はおまさが引き受けてくれて、セイはほんの少し、背もたれが一枚だけ減っていた。明日は七日目ということで、そろそろ名前を決めなければならないのだが、眠っては起きてを繰り返しているセイと総司ではなかなかじっくりと話会うこともできない。

話をしていれば赤子が泣いてしまったり、そんな合間にばたばたと屯所が騒がしくなっていた。

「なんや、騒がしいなぁ」

部屋の端の障子を少しだけ開けたおまさが幹部棟や隊士棟の方を見るとばたばたと隊士達が慌ただしく走り回っている。
何かあったのかと廊下へ出ようとしたおまさをセイが止めた。

「おまささん。茂君こちらに?」
「ええ」

隣にいるややに手を伸ばして、きょろきょろと何も見えていないはずなのに目を動かしている赤子のお腹のあたりを軽くとんとん、と叩く。
屯所の中がざわめいているということは、何かがあったということだろう。そんなときにおまさや茂がうろうろしないほうがいい。

「なんかあったんやろか」
「そうですねぇ」

もうあの中にセイはいられないだけでなく、今はそこに近寄ることさえできない。手が触れている先には愛おしくてたまらない赤子がいるというのに、それでもセイの気持ちは部屋の向こうへと向いてしまう。

言うに言われぬ、寂しさを感じながらセイは部屋の外のざわめきに耳を傾けた。

 

 

正月早々だというのに、監察方から飛び込んできたのは、不穏な動きをする者達の潜伏を知らせる物だった。

「永倉、斉藤。いけるか?総司!」

副長室に集まった各隊の組長を前に土方が顔ぶれを見て指示をだす。永倉と斉藤が頷いたが、最後に総司を呼んだことでほかの者達が顔を見合わせた。

「土方さん、総司は……」
「構いません。出ます」

気を遣った周りの者達を片手をあげて制した総司が頷いた。たとえどんな時であっても一番隊の名を掲げているのに屯所に控えているわけにはいかない。

「一番隊は正面から向かう。二番と三番とで周囲を包囲して逃がさねぇようにしろ」

時間もないだけに皆、それ以上は何も言わずに頷いた。慌ただしく皆、出役への支度を始めた。総司は診療所へは向かわずにまっすぐ隊部屋へ向かうと、隊士達に指示を出す。

「皆さん、気を抜かずに行きましょう」
「承知!」

声をそろえた隊士達が頷く。赤子が産まれた総司に新年早々、手柄を立ててさらに祝いにしたかった。

それぞれ、支度が済むと分散して屯所を出ていく。それが診療所の中にいてもよくわかった。ざわめいていた屯所が、静かになるのですぐにわかるのだ。

何か考え込んでいるセイを気遣っておまさは茂を連れて隣の部屋へ移っていた。片腕に赤子を抱いて、セイは総司が置いていった、紙の束を広げていた。

顔を見に来ると言いながらも、浮之助は結局、訪ねてくることはなかった。年始の慌ただしさに忙殺されて、あれほど忙しい人がそんな時間など作れるはずもないのは当たり前である。代わりに、文だけが届けられていた。

片腕に抱えた赤子をあやしながら、セイは何度も手に取っては違う紙を手に取る。

いつの間にか、目先の事や一つの事だけでなく、同時にいくつもの事を考えている自分に気づく。

―― どうか無事で帰ってきてほしい

誰も怪我をすることなく、戻ってきてほしい。

潔いことをよしとする武士の心はいまだにセイの中に生きていて、清三郎だった時と今は正反対に、女子のセイの傍らに姿を潜めているがそれでも変わらない。

「……やっぱり」

ここ数日ずっと考えてきたセイは、たくさんある紙を見ながら心の中で一つの想いを形にしていった。

 

 

夕刻、ざわざわと屯所の中がざわついて、出役した隊士達が戻ってきたことは診療所にも伝わってきた。おまさとセイは少し早くから夕餉をとっていたので、互いに顔を見合わせた。

「戻ってきたみたいですね」
「おわかりになるんどすか?」
「それは、まあ……」

茂に夕餉を食べさせながらおまさが驚いた。ざわめく気配だけでセイがそう言うのを聞いて、目の前にいるのがただの女子ではないと改めて思い出した。
苦笑いを浮かべたセイが、落ちた食欲でも少しずつ箸を動かしながらむにゃむにゃと手足を動かしていた赤子に目を向ける。

「おセイさん。うち、よくわかってへんのかもしれへんけど。茂の事、左之はんに頼んでみようかと思ってますのや」
「茂君の事、ですか?」
「ええ。ずっとあの人、うちのこと仕事には近づけんようにしてきたんやけど、茂は男やし、いつか、左之はんのようになってほしいなと思って」

三つになったばかりの茂にすぐ何ができるかはわからないが、こうして少なからず左之の日常に触れたおまさはこれまでと考え方が変わってきていた。これまでは、じっくりと武士の子として育てようと思っていたが、何よりも最も近いのは左之の傍に置くことのような気がするのだ。

「そうですか。原田先生、きっと嬉しいと思います」

茂が屯所に出入りすることをよしとするかはさておき、原田の照れくさそうな顔が目に浮かぶようだ。ずっと見せないようにしてきたのは、おまさ達を血なまぐさい場所からは遠ざけるのと共に、そんな姿を見せたくはなかったからでもある。

赤子ができたとわかってから、たくさん、たくさんの事を想像し、考えてきたはずなのにやはり産まれてみて初めて思うことがたくさんある。

―― 先生?我儘ばかり言ってごめんなさい

 

– 続く –