天にあらば 25

〜はじめのつぶやき〜
強さは一番近くにある。
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しばらく、語らった後に来た時と同じように静かに宮様は部屋から出て行った。セイは後ろ姿に頭を下げると、雲居の傍に近づいて、横になるのに手を貸した。

「神谷殿」
「何でしょう?」
「ごめんなさいね」
「雲居様?」

セイの手を借りて横になりながら、雲居が微笑んだ。

「どうしようもないことはわかっているのよ。私も宮様もね。警護についてくださるのが新撰組の方々だと聞いて、宮様が貴女に来てもらおうと言ってくださったの」
「私をですか?」

横になった雲居がセイの手を握ったままでぽつぽつと話している。隣室に控えた土方は、襖を片側だけすべて開けてしまったところに座って二人の様子を見ている。

「もし、うまくいかなかった時、誰かが……、私たちの気持ちを知っていてくださるならと言ってくださって、身勝手だけど誰かに知っていてほしかったの」
「……きっと」

大丈夫です、と続けたかったが、セイはどうしても続けられなかった。誰よりも正確に、冷静に状況を把握している雲居に気休めなどは無礼に思えた。

「きっと、私がそれを覚えていますから。さあ、もうお休みください」
「そうね。きっと私は無事に着くんですもの。そのためには少しでも元気にならなければならないわよね」
「そうですよ。さあ、目を閉じて」

掴まれていた手を優しくほどくと、セイは雲居の掛け布団をかけて寒くないように包み込んだ。安心したのか、目を閉じた雲居はしばらくすると軽い寝息を立て始めた。

それを確認したセイは振り返ったその先で、土方が手で呼んでいるのを見て立ち上がった。隣の部屋にセイが入ると、一旦、土方は襖を閉めた。セイの肩を押して廊下側へと移動させた。

「よく、堪えたな。もういいぞ」

小さな声でそういうと、土方はセイの頭を自分に引き寄せた。頭突きするように土方の胸元にセイの頭がぶつかった。

「……っうう」
「俺達じゃ、宮様の想いも雲居殿の想いも受け止められなかっただろうな。だから、お前にしかできない辛い仕事だな」

泣き声が漏れないように強く懐に抱え込まれたセイは、わかっていてもどうしようもない事実にただ、泣くしかできない自分の無力さが苦しかった。
土方も、初めは宮様がセイを指名してきたということを曲解していたが、その理由がわかった今、それを受け止めるしかできないセイの辛さをわかってやるくら いしかできないのも事実である。土方達には、彼らの行程を止めることはできないし、すべてを変えることなどできはしない。

「俺も、お前もできることをやるしかねぇ。そうだろう?」
「……わかって、ます。わかってるんですっ!!でもっ」
「声を落とせ。雲居殿に聞こえる」

慌てて抑えられたセイは唇を噛みしめて、黙った。宥めるように背中を優しく背中を叩かれ、深く息を吸い込んだセイは、ため息をついて落ち着きを取り戻した。
涙を拭って、土方の羽織を掴む。

「すみません……」
「いいさ。お前、総司に余計なことを言うなよ?俺もあいつには恨まれたくない」

ふざけているのか、本気なのかわからない口調の土方にセイが吹き出した。掴んだ指から羽織が離れる。

「そんなに闇雲なことはしませんよ?」
「そうかぁ?お前ら、来る前に喧嘩しただろう?だから余計にピリピリしてんだぞ。俺はこれ以上仕事を増やしたくない」
「無茶を……」
「あと二日だ。わかってるんだろう?お前の仕事は、想いを繫ぐことだろうが」

静かでも確固たる言葉にセイは、間近で土方を見上げると頷いた。土方の傍から離れると、セイは雲居のいる隣の部屋へ戻っていった。

 

 

翌日の出立は、刻限通りとなった。峠道のため、時間がかかるからだ。
セイは駕籠の傍に付いた。総司が駕籠の反対側について出立すると、重い空気のまま一行は歩みを進めた。セイが感じていた通り、やはり襲撃者の包囲は狭まってきていた。

「神谷さん」
「はい」
「荷物はかさねさんにお持ちいただいた方がいいかもしれません」

歩きながら総司からそんな一言が来て、頷きだけを返すとセイは籠の後ろに付き従っていたかさねに荷物を差し出した。不思議そうな顔でかさねがその荷を勢いで受け取ってしまった。

「神谷様?」
「かさねさん、駕籠にもう少し近づいて。離れないで」
「は、はい」

セイに言われて少しだけ歩みを速めたかさねが駕籠を担ぐ後ろの者のそばに近づいた。総司がすっと足を速めて前をゆく土方の傍に近づいて行った。
言葉を交わさなくても、土方が駕籠の前に進み出た。土方の後を埋めるように総司がそこについた。

駕籠の小窓が開いて雲居が顔を覗かせた。すすっと近づいたセイはにこっと雲居に向かって微笑みかけた。

「どうかされましたか?雲居様」
「何か……あるの?」
「いいえ。山道ですから急があってもいいように配置を変えただけですよ」
「そう。ならいいけど……」

その顔色まではわからないが、すぐに雲居は小窓を閉めた。セイはそのまま駕籠のすぐ脇にとどまっている。

狭い道を進む一行が大きく右曲がりに下り始めた辺りで斎藤が羽織を僅かに払った。道の片方は崖になっている。土方達には、迫ってくる気配に呼吸を図っていた。

「……くる」

セイが思わず呟いて腰に差していた脇差に手を添えた。瞬間、山側の木立の間から黒ずくめの集団が走り出てきた。

「!!」

いずれも黒ずくめで覆面をしているが、実践慣れした動きの上に、統率がとれている。走り出てきた集団はすぐに駕籠二つを目当てに陣形を取った。従者達を傷つける気はないのか、逃げまどう侍女と従者には構わずに警護の者達の排除に向かってくる。

「きやがったなっ」

先頭に立っていた土方が抜刀すると、斎藤と総司が宮様の駕籠を守るように山側について抜刀した。駕籠二つが下されて駕籠を担いでいた者たちも、短刀を抜いた。襲撃者が刀を八双に構えたまま走りこんでくる。

「おいっ、お前らは駕籠の傍につけ!!」

土方が従者と駕籠を担いでいた者たちに声をかけた。他の者はともかく、斎藤と総司には相手も殺すつもりで斬りかかってくる。そこに従者の一人と侍女姿の二人が斎藤と総司の傍に駆け寄った。

「皆様っ、こちらは私共が!」

宮様もどきの者が脇差を、夏と秋が短刀を抜いて駕籠を守りに入った。襲撃者達の勢いが弱まり、夏は短刀で襲撃者に迫った。

 

 

– 続く –

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