天にあらば 26

〜はじめのつぶやき〜
多人数の戦闘は難しいのです。
BGM:T.M.Revolution  CHASE THE THRILL
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襲撃者が現れてすぐに抜刀していた土方は、先頭にいた従者達より先に駕籠に向かってきた黒ずくめの男達に向かって走り出た。
顔の脇で刀を構えて走りこんでくる者に向かって袈裟がけに斬りつけると見せかけて、胴を払う。

相手が咄嗟に交わしたために、相手の懐の辺りを切り裂いただけで終わる。羽織の組紐が足元に転がった。

「くっ!」

実戦慣れしている。そう感じたのは嘘ではない。その証拠に、道場稽古を積んでいれば、こんなときにも正しく構えをもって斬りかかってくるだろう。し かし、相手は片手を峰に添えて、刃を返すと土方に向かって深く踏み込んできた。突きの構えというにはあまりに違いすぎるが、実際にはこんな不安定な場で、 思い切り踏み込んだときに刃先を狂わせないための方策だろう。

それも速い。

裏打ちする自信から来るのだろう。思い切りのいい突きに土方は体をひねって交わしながら、背後の駕籠を慮って、左手で引き抜いた鞘で繰り出された刀の峰を払い上げた。

勢いがついてしまっていた相手の刀は、土方の鞘にはじかれて跳ね上がった。振り向きざまに、相手の腿の裏側へ向けて刀を振り下ろすと、切り落とすまではいかないまでも深く斬り割った。

「ぐぁぁっ!」

ざざっと、峠の砂利が足元を危うくする。

宮様の駕籠の脇で刀を抜いた斎藤は、土方が駕籠に向かってくる連中の大外から回り込むところを視界に入れながら駕籠を担いでいた者が駕籠にぴったり と張り付いた、その前に進み出た。彼らが短刀を構えているのは、斎藤や総司にとっては、ないよりまし、という程度の腕とみている。
もとより、彼らのような短刀で相手がどうこうなるとも思っていない。

「……っ!!」

相手の男達は指揮系統がよほどできているのか、会話の必要もないほど細かに打ち合わせが済んでいるのか、誰一人として声を発しない。
羽織の裾を払った斎藤は、相手が斎藤達を斬るつもりはなく、排除するつもりなのを見てとると、構えを変えた。

「悪いが簡単にどくわけにはいかん」

相手の足が皆速いと見てとった斎藤は、大きく踏み出した利き足に体重を乗せると、腰を落として相手の足元を斬り払った。膝の皿の下からすっぱりと斬られたにもかかわらず、咄嗟に左に刀を持ちかえて右手は脇差を引き抜いて足の代わりに地面に突き立てる。
やはり並の相手ではない。

いつものように戦闘不能にすることで凌げる相手ではない。

左に持ち替えた刀を片手で斬りつけてくる相手の首筋へと斎藤の一刀が一直線に斬り裂いた。

ここは自分たちが、と言った夏と秋は、短刀というにはもう少し長い小太刀を構えていた。侍女姿ではあったが、峠道のため裾は短めに端折り、足拵えもしている。身軽に駕籠の周りを動き回って、突きこんでくる男達の刃を払いのけては遠ざけている。

その間を縫って、宮様もどきが脇差と刀の二刀流で相手を翻弄しては一人、また一人と斬り倒していった。

雲居の駕籠の傍に付いていたセイは、引き抜いた脇差を握りしめると、久しぶりの感覚にその大きな眼を鋭く光らせた。
駕籠に向かってくる相手の正面に立って繰り出される刀を弾いて押し返す。斎藤と総司がこちらの駕籠のほうへ闘いながら移動してくるのが見えている。

――  この時間を稼ぐために稽古してたんだから!

駕籠から離れすぎないようにして、振り下ろされる刀を受けると、押し込まれるままに刀を下げていき、呼吸を合わせて下から斬り上げる。相手の肘から上の辺りを薄く斬り裂くとぱっと身をひるがえして駕籠の傍まで戻る。

傷を負った一人が下がるとすぐ次の者がその場所を攻めてくる。男達は駕籠を警護する土方達を見て、セイのいる方が雲居だと判断したらしい。

斬りかかるよりも、籠の中へ向けて突きを繰り出してくる。片っ端から繰り出される刀を跳ね上げ、斬り下して防いでいるところに、隙を縫って総司が滑り込んだ。

「たぁっ!!」

突きを繰り出してくる相手の脇腹へ向かって斬りつけた総司は、体勢を崩した相手を瞬時に刃を返して峰打ちの要領で相手の胴に思い切り打ちこんで払いのけた。

そのまま低い姿勢から男の向こう側にいた男に向かって、深々と得意の突きを繰り出した。刀を握っていたために伸ばしていた腕の下から心の臓へ向けて突きこまれた刀は襲撃者を一撃で仕留める。

残りの一人がセイに向けて一刀を繰り出したのを避けて、セイが一瞬駕籠の傍から離れた。そこに滑るように総司が駕籠との間に入り、真正面から相手の 喉笛を切り裂いた。口からも大量に吹き出しながらゆっくりを仰向けに倒れこんだ男を見ながら、セイが周りを見ようと一歩うしろへ下がった。

 

ひゅん。

 

セイの耳元を鋭い風音が響いた。そして、軽いとすっ、とすっ、という音が続いて、雲居の駕籠に向かって矢が突きたった。自分の頭の傍を飛んだものが何か、理解した瞬間、セイの目の前が怒りで真っ赤になった気がした。

「おのれっ!!」

駕籠のほうを向いていたセイは身をひるがえすと木立の中で弓矢を構えていた人影を認めると、そこに向かって走りこんだ。

「神谷さん!!」

すぐに総司も後を追って木立の間を駆け上がった。
それが敵だと認識したセイが誰であるか理解する前に、木の陰に見え隠れしながら逃げる後ろ姿に向かって背後から斬りつけた。

刀が相手の背に深く斬りこんだ瞬間、セイの手に思いがけない手ごたえが伝わってきた。背中に刀を阻む帯の存在。

「か……」

振り返ったその顔。

「かさねさん!!」

セイは、思わず自分が斬り倒した相手だというのに駆け寄ってしまった。手に小弓を持ったままのかさねは唇の端から細く一筋、血を流してセイを見つめた。何かを言おうとしてその唇が動いたと思った。
侍女のごとく化粧を施した目元がくるりと動いて、黒い瞳が見えなくなった。

「神谷さん!」
「あ、あ、なんでっ!!」
「神谷さんっ、落ち着きなさい!!」

動揺して我を失いそうだったセイに、総司の厳しい声がかろうじて踏みとどまらせた。総司はかさねの手から弓を奪い取ると、首筋に手を当てた。息がないことを確かめてからセイの手を引いて立ち上がらせた。

「しっかりしなさい。敵を排除したとはいえ、貴女の仕事はまだ終わってない!」

びくっとセイの肩が揺れて、唇をかみしめたまま頷いたセイは脇差を拭って納めると、総司の後に続いて斜面を降りた。
街道の道筋だというのに、あちこちに斬り倒された者達の血が飛び散り、凄惨な姿を見せている。

土方が、宮家からの警護を取りまとめて、一行のうちの怪我の有無を確かめた。駕籠だけを目指していた襲撃者達は、抵抗を示した夏達と土方達以外には刀を向けることはなかったようだ。

秋が軽く脇腹を斬られた他は特に怪我をしたものはいなかった。斎藤が雲居の駕籠を改めている。幸い、頑丈に作られた駕籠を弓が深く突き通すことはなく、中にいた雲居に怪我はなかった。

途中から駈け出したセイは、開いた駕籠の傍に駆け寄った。

「雲居様!お怪我はございませんか?」
「ええ。私は大丈夫。ほかに怪我を負ったものは?かさねは?無事なの?」

気丈に問いかけた雲居に、セイの眼が一瞬揺れて即答できなかった。その先を奪うように斎藤が横から声をかけた。

「このままここに長居をするわけには参りません。すぐ今日の宿を目指して出立しなくては」
「そう。わかった」

自ら駕籠の戸を下ろした雲居に、もっときちんと伝えなければ、と思ってもセイには言葉が出てこなかった。

 

– 続く –