甘雨 2

〜はじめのつぶやき〜
甘くて切ない雨をどうぞ。梅雨のじとじとも甘くなあれ。
BGM:ケツメイシ こだま
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「賄い……ですけど」
「ええ。そうです」

そういうと、小者は、賄いの者から今日の献立を聞き始めた。

「さ、沖田先生」
「はい?」

訳が分からずにぽかんとしている総司に苦笑いを浮かべた小者は、仕方ないと思ったのか、昨日までの献立を聞いて、近藤と土方、そして幹部達の膳について細かく指示を出し始めた。それから書付を見ながら、特に注意がいる者への膳を指定して一通り賄いの仕事を終えた。

「あの、今もこんなことをずっとしてるんですか?」
「ええ。もちろんですよ。食療養は大事な仕事ですから」

今日の献立と個別に依頼した内容を書きとめると小者はさっさと賄いから出ていく。そのあとに続いた総司は賄いを出たところで小者に止められた。

「沖田先生は局長と副長のお部屋の支度をお願いします」
「あ。はい」

なるほど、と頷いた総司は幹部棟へと向かった。局長室の前で声をかけると、すらりと障子を開けた。

「総司か。ああ、そうか。神谷君のかわりということだね」
「ええ。失礼して昼餉の支度をさせていただきます」
「すまないなぁ。頼むよ。お前も一緒にどうだい?」

障子を開け放って空気を入れ替えると、部屋の隅に火鉢を置いて火を起こした。寒いわけではなく部屋の湿度を飛ばすためだ。鉄瓶をその上に置くと、今度は副長室との襖を開けた。

「土方さん、失礼しますよ」
「お前か」

いつもは廊下側からセイが現れるのに、今日は近藤の部屋から現れた総司に土方が振り返った。

「すみません。神谷さんの代わりに昼の支度をさせていただきます。こちらで召し上がります?」
「いや、お前がいるなら近藤さんのところで一緒にどうだ?」

近藤と土方の両方から昼を一緒にと誘われたが、総司は首を振った。
いつもセイがしている通りをやるつもりだったのだ。

「すみません。神谷さんと同じようにしてみようかと思っていまして」

―― せっかくのお誘いをすみません

軽く頭を下げた総司は、副長室も開け放って空気を入れ替えた。そして再び障子を閉めると、局長室とを開け放ってから賄いへと膳を取りに行った。

「なんだあいつ」
「はは、神谷君の代わりを精一杯やっているつもりなんだろう。あれで意外と神谷君が普段何をしているのか知らないものなんだよ」

局長室へと顔を出した土方に、近藤がこともなげに言った。
土方が思うよりは、近藤の方が総司ら夫婦の事をよく見ているようだ。そんなもんかねぇ、と腕を組んだ土方は珍しくも合点がいかないようだったが、離れていても妻がいて、さらに妾宅を構えているだけはあるということか。

テキパキと二つの膳とお櫃を運んできた総司は、セイと同じように給仕についた。近藤も土方も総司が傍についている事が落ち着かなくて互いに顔を見合わせた。

「なんだか、落ち着かないね」
「まあな」

背筋を伸ばして座っている総司は、自分がいつも傍にいることなど慣れているはずなのに、何を言うのかと不思議そうな顔を見せた。

「私、ですか?」
「ああ。こうしていると昔の屯所を思い出すなぁ」

あの頃は狭く、貧乏だったために庭仕事まで総出であたっていた。皆が一斉に飯を食べることなど当たり前だったのだ。
二人の膳の上を眺めて、総司が茶を入れ始める。

「そうでしたねぇ。随分昔のような気がしますよ」
「そりゃそうだろ。お前が嫁を貰ってそれが、あの神谷で、しかも赤子まで生まれるってんだから、当たり前だろう?」

それぞれに懐かしい頃を思い浮かべながら食事を済ませると、茶を残して総司は二人の膳とお櫃を下げて行った。賄いに行くと、小者達がにこにこと待ちうけていた。

「沖田先生。先生の分もご用意していますからどうぞ召し上がってらしてください」
「あ、ありがとうございます」

診療所へと小者達がすでに運んであると言うので、そちらに向かうと先程の薬は片付けられて、膳が並べられていた。

「お疲れさまでした。沖田先生」

皆が総司を待っていたことを知ると、日頃のセイの様子が目に見えるようだ。先に食べているようにと言って近藤達の食事の世話をしに行くのだろうが、小者達はセイを慕って、食事の支度をしたまま待っているのだろう。

「ありがとうございます。お待たせしました」

総司がそう言って膳の前につくと、くすくすと小者達の間に笑いが広がった。照れ臭そうにしている総司に一人が茶を入れてよこした。

「まるで本当に神谷さんみたいですね。いつもそうなんですよ。先に食べているようにっておっしゃるんです。自分は一番最後でいいからって、ともすれば賄いの隅で済ませてしまったりして」
「そうそう。だから、私達がこうして膳を用意して待つようになったんです」

わいわいと小者達と一緒になって膳にむかうセイの姿を想像しながら、総司はもっと日頃のセイの事を教えてくれ、といった。

「そんなの私達だけじゃありませんよ」
「そうそう。午後からは勘定方ですから」
「はぁ?!あの人そんなこともやってるんですか?」

驚いた総司が箸を取り落としそうになって、あんぐりと口を開けたまま皆を眺めた。総司が知らない事も小者達はよくわかっていることらしい。
先程、セイが普段していることを書きだした物だと言っていた書付を総司のところへと手渡しで回してきた。

「これは?」
「神谷さんの診療所での日頃のお仕事です。後はそれぞれお仕事をしている先にきっと同じ物がありますよ」

そう言われて総司は書付を懐に入れて、手早く食事を済ませた。それから診療所の小者に言われた通り、勘定方へ顔を出した。

「沖田先生!神谷さんの具合はいかがですか?」
「ひどく悪いんですか?」

勘定方の部屋に顔を出してすぐ、皆が口々に総司を取り囲んだ。諸手を挙げた総司がまあまあと、皆を宥めた。

「落ち着いてくださいよ。大丈夫ですって。この天気でちょっと参ってしまっただけで、先日も松本法眼の診察も受けてますから」

総司の言葉に勘定方の隊士達がほうっと一様に安心したようだ。未だに時折、嫉妬の視線を向けられる総司は、同じくらいセイを未だに大事に思っている隊士達に苦笑いを浮かべるしかない。

「ご心配をおかけしてすみません。今日は神谷さんの代わりに私がお手伝いに参上しました」

軽く頭を下げた総司に小者達は頷くと、診療所の小者達が言ったように小さな書付を取りだしてきた。

 

– 続く –