甘雨 3

〜はじめのつぶやき〜
甘くて切ない雨をどうぞ。梅雨のじとじとも甘くなあれ。
BGM:ケツメイシ こだま
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「これは?」
「神谷さんが手伝いに来てくれたときに何をするかを書き留めてくれていたものです。急にお休みになったときに困るだろうと言って書いておいてくれたんです」

いつ自分が休むかわからなくなってからセイが書き留めていたという小さな書付を見ると、勘定方にきてから何を確認すべきか、どういうことをするのか、いつなら何をしなければならないのかが書いてある。そして誰に何を聞けばいいのか、どうするのか細かく書かれていた。

すぐそれを手にして、勘定方の者と話をしながら手伝い始めた。少し手を止めたくなる時があってもセイの書付を見ればわかるようになっていた。

「沖田先生、すみません。こんな慣れない作業までお願いして」
「構いませんよ。いつも神谷さんがお手伝いさせていただいているんでしょう?私もこれだけいろんなことをしているとは知りませんでしたよ」

苦笑いを浮かべて帳面と金を突き合わせ始めた総司は、どこに行っても休んだ時のために書付を残しているらしいセイに何とも言えない顔をしている。

こんなに無理をしなくてもいいのに、という思いと、セイらしいという思い、そしてどこまでも隊士であろうとする姿にセイが大事に思っているのは自分だけではないのだとどこかで寂しく思う。

「神谷さんらしいですよね」

総司の表情に、てっきりセイの事を呆れているのか、それともやりすぎだと思っているのかと小者が言い訳めいたことを口にしたので、総司はふっと笑った。

「ええ。神谷さんらしいですね」

総司の返事に、ほっとした小者達はいつもセイが手伝うよりも早く総司に礼を言った。
まだ手伝うという総司にもう十分だと言って部屋から追い出してしまった。診療所へ戻ろうとした総司はそろそろ暗くなり始めた外を見て、思いなおした。
近藤がそろそろ妾宅へと戻るのはわかってるが、土方の方はまだまだ仕事をしているだろう。副長室へと向かうと、廊下から声をかけた。

「土方副長、総司です」
「ああ」

返事を待ってから部屋へと入ると、土方が文机から顔をあげて不思議そうな顔をしていた。

「どうしました?」
「いや……。さすがにヤツと一緒にいるだけあるな」
「はい?」
「神谷の事さ」

くっくっくと、笑いだした土方に今度は総司が不思議そうな顔をした。余りに唐突な行動に何が面白いのかと思っていると、いつになく優しい笑顔を浮かべた土方が立ち上がった。

小棚から土方が取りだしたのは小さな袋にはいったもので、それを総司に差しだした。

「今日はもういいから早く帰ってやれ」
「これ、枇杷じゃないですか。どうされたんです?こんな高価なもの」
「貰い物だ。ここじゃそれの価値もわからねぇ奴しかいないからな」

貰い物といいながらも、こんな物がそうそう手に入るはずもない。いつの間にか、土方が手配したのかして買い求めていたらしいと察した総司は、くすくすと笑いだした。

「土方さんもだなんて、本当にあの人ってばすごいですねぇ」
「なんだ?」
「いえ、今日一日で本当に身に染みたんですよ」

総司が何を感じたのか察した土方は、まだだろう、と言った。

「帰る前に診療所によってから行けよ」
「それはもちろん……?」

そういうと、自ら灯りの支度を始めた土方に頭を下げて、片手で枇杷の入った小袋を持って診療所へと向かった。

「沖田先生、ご自宅まで私がお荷物をお持ちします」
「え、大丈夫ですよ?そんなにありませんし」
「いいえ。こちらを」

総司が早めに戻ってくることは小者達にもわかっていたようで、一人がもうすでに手荷物をまとめていた。そこには大きな風呂敷と手に持つとして中くらいの風呂敷が置かれてあった。

「どうしたんですか?これ」
「まず、賄いの者達から今日の夕餉と明日の朝の分を沖田先生と神谷さんの分、弁当にしたそうです。それからこれは原田先生から、これが藤堂先生からで、あと……」

そういって、次々と見舞いの品を説明された総司は驚きの表情から段々寂しそうな顔になって行き、最後には笑いだしていた。

「本当にありがとうございます。確かにそれじゃあお手伝いいただいた方がよさそうですね」

総司が納得したところで、荷物を持ってくれた小者とともに家へと総司は向かった。家まで来ると上がって行って休むように言った総司に小者は首を振った。

「お休みになっているところに気を使わせてまた疲れるようでしたら大変ですから」

荷物を下した小者は総司に挨拶するとさっさと屯所へと戻って行った。
セイが眠っていたら起こさないようにと台所に置いてもらった荷物を開くためにそちらに回った総司は、懐から土方に貰った枇杷を取り出して駕籠に乗せた。
まだ夕暮れ時という時間に帰って来るはずがないと思いながらも音のする方へセイが顔を覗かせた。

「総司様?」
「ああ。起こしてしまいましたか?」

台所の土間のところに腰をおろしていた総司を見て、セイが近づいてきた。横になっていたのか、浴衣姿だったが、朝よりは顔色がいいように思えた。

「起きていたので……。何かあったんですか?」

早々と帰って来た総司に何かあったのかと尋ねたセイを総司はふ、と微笑んで手を差し出した。
その手を取りながら静かに総司の隣に腰を下ろしたセイを総司がふわりと抱きしめた。

「総司様?」

微かに首を振った総司は腕にセイを抱えて眼を伏せた。
総司の背中にまわされた手が子供でもあやすように優しく大きな背中を叩いて、その心地よさに総司は少しだけ今日一日の事を誰よりもセイに話したくなる。口元に笑みを浮かべながら総司はセイを離すと、持たされた荷物を見せた。

「皆さん、貴女が休みだから心配でたくさん……」

これが誰で、これがと言いかけた総司の手が止まった。

 

 

– 続く –