水に映る月 4

〜はじめのつぶやき〜
どちらも大事だから譲れないんですよねぇ。

BGM:嵐 Happiness
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総司からの返事がないことに耐え切れなくなったセイが、口を開いた。

「それに、医者としても、町医者でもやれるとは思うんです。でも、私が屯所にいることで隊のお役にたてるならやはり、お役にたちたい。それで誰一 人、欠けることなくお役目ができるならいいなって。そんなこと、私ごときが思い上がっているかもしれないんですけど、できるならお手伝いをしたいんです」

―― 我儘なことは重々わかってるんですけど……

今のセイは、自分一人の想いでどうこうしていいわけではない。総司だけでなく、何か事が起これば松本にもるいが及ぶし、寿樹もいる。
どうしても駄目だと言われれば、諦めるよりほかない。

あまりに長い間、総司からの返事がないので、総司が怒ってしまったのかと苦しくなってきた頃。ゆっくりと総司が爪を切っていたはさみをおいて、振り返った。

「話はわかりました。明日、非番明けに局長と副長に頂いたお土産の件を報告します。その時、貴女もいらっしゃい」
「……わかりました」

報告と言っても現物もみせるつもりだったのでそれならばセイと寿樹の顔も見せるつもりだった。頷いたセイは、総司が背を向けたままなので、見ていないことはわかっていたが、小さくうなずいて文机に戻った。

 

 

翌朝、少しだけ早起きしたセイは、総司の着物はいつもの通りだが、自分の着物と寿樹に着せる着物を整えた。さすがに今日は、女子袴というわけにはいかない。以前、斉藤を経由して藩から頂いた着物である。寿樹には、真新しい物を用意した。

決して、総司に恥をかかせるようなことはないように、一つの風呂敷には土産物を、もう一つには寿樹のおしめ等をまとめた。

それから朝餉の支度をはじめる。落ち着いて、昨夜の残りの汁物を暖める。新しい飯を炊いて、膳を整えると総司を起こしに部屋に入った。

「おはようございます。総司様」
「……おはようございます」

しばらくの間があってからいつものように眠そうな声が帰ってきて、セイはすぐに部屋から引き返した。床の中で目を開けた総司は、ふう、と大きくため息をついた。実は起こされるよりもずっと前に総司は目を覚ましていた。

―― 仕方ないのはわかってるんですけどねぇ

大きく伸びをした後、起き上がった総司は、ふう、ともう一度息を吐くといつもと変わらない様子で部屋を出た。向かい合って膳を済ませると総司の支度を手伝いながら、セイは寿樹に乳を含ませる。
げっぷをさせて着替えをさせると、ようやくセイが着替えを始めた。

「私が抱いてますから落ち着いて着替えなさい?」
「すみません。急ぎますから」
「気にしなくていいですよ」

慌てて着替えを終わらせたセイが、最後に自分の姿を確かめる。おかしなところがないのを確かめたセイは、総司の元へと近づいた。

「お待たせしました」
「はい。いくらも待ってないですよ。大丈夫。さあ、行きましょうか」

寿樹を総司の腕から引き受けると、風呂敷を抱え上げた。それをセイの手からあっさりと取り上げた総司が先に立つ。いつもより互いに言葉が少なかったのは、物思いに沈んでいたからだろう。

セイは緊張し、総司は何かを考えていたようだ。以前のようにセイを伴った総司が屯所に向かって歩き出す。

「おはようございます。沖田先生……、と神谷?」

門脇の隊士がセイの姿を見つけて驚きの声を上げた。寿樹が産まれてからしばらく姿を見ていなかったセイと赤子の姿に驚いた声を上げた。

「おはようございます。あとで局長にお目にかかりますので、このままそっと診療所の方へ……」

門脇の隊士に騒がない様に急いで声をかけると、総司が頷いて、セイを背に庇うように診療所へ向かう。小部屋に素早く入ったセイは、総司から荷物を受け取った。

「じゃあ、あとで呼びに来ますから」
「はい」

そう声をかけると、総司は表から隊部屋へと向かっていった。
久しぶりの小部屋に入ったセイは、深く息を吸い込んだ。体の奥底にぴんと走る芯がまっすぐにセイの体に、思い知らせるようだった。

隊部屋に入った総司は、皆に挨拶をしながら、朝礼の前に局長室にむかった。

「おはようございます。局長」
「お。総司か。おはよう。神谷君と子供は元気か?」

顔を会わせれば毎日のように同じことを聞いてくる近藤に、自然と総司の口元が緩む。総司が口を開きかけたその後ろから土方が顔を覗かせた。

「おい、毎日毎日、同じ挨拶ばっかりするんじゃねぇよ。近藤さん。それ以外ねぇのか」
「おはようございます。土方さん」

振り返った総司の方に手を置いた土方が朝から仏頂面を見せた。

「なんだ。朝っぱらから顔を見せるほど暇か」

じろりと総司の顔を見た土方に、ひょいっと肩を竦めて見せる。その仕草に土方が頭を小突いた。

「すみません。後で少しお時間をいただけないでしょうか」
「うん?どうした?」

妾宅から屯所に出勤してきて、着替えていた近藤が顔を上げた。羽織の紐を結んで顔を上げた近藤が物問げな目を向ける。夜の間に何かあったのかと一瞬頭をよぎるが、今は総司も家から出勤してきたばかりである。
何かあるなら土方から言われるはずだった。

「その……セ、……。神……」

セイと言うべきなのか、神谷さんと以前のように言うべきなのか口を開いてから迷った総司の頭をもう一度、土方が小突いた。

「嫁でも神谷でもどっちでもいい!あの鉄砲玉がどうしたってんだ」
「松本法眼からたくさんいただき物をしたので、ご報告させていただきたので、今、診療所の小部屋の方に」

ちっと、盛大な舌打ちがして、もう一度土方が手を挙げた。瞬間で頭を下げた総司が最後の一発だけは交わした。

「お前、かわすんじゃねぇよ!」
「避けるに決まってるじゃないですか!痛いなぁもう。何度も何度も」
「それならそれで早く言え。その、ガキも連れてきてるのか?」

近藤が何か言うよりも先に、視線を逸らして澄ました顔の土方がぼそりと言うのを聞いて、近藤と目を合わせた総司は、ぷっと吹き出しそうになった。
土方が、こう見えても子供好きで原田の子供、茂も総司のところに生まれた寿樹も構いたくてしたかがないのだが、体裁が悪いのでひた隠しにしていることを十分に知っている。

「はは。そうかそうか。だったら総司。朝礼が終わったら神谷君を呼んでくれ」

総司が頷くと、近藤が先に立って、朝礼のために大階段へ足を向けた。

 

– 続く –