微甘編<短>惑いの時間 3

~はじめの一言~
本来こういう路線ですよね。
BGM:小柳ゆき あなたのキスを数えましょう
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ぱあん

 

「土方さん!!」
「な、なんだ、総司」

突然現われた総司の剣幕に土方が怯んだ。

「何をしたんです?!神谷さんに!!」
「何がだ!」
「眠りながら泣いてましたよ!!その……副長、いやって」

後半は幾分声を落とした総司が土方に噛みついた。だが、それを言われた方も困る。

「ばっ、なんだ、そりゃ!!俺ぁなんにもしてねぇぞ!!」
「本当のことを言ったらどうです?!」
「本当になんにもねぇよ!ただ、夕べ咳き込んであんまり苦しそうだったんで水を飲ませるときに抱き抱えたくらいで……」
「だ、抱きって……!!あ……なたって人は……っ!」

怒りのあまり総司の握りしめた拳がぶるぶると震えている。うっかりと口を滑らせた土方は、総司の怒りに油を注いでしまったことに気づいた。
慌てて、言い訳を口にしようとするが、かえってどんどん墓穴にはまる。

「いや、水を飲むにも起き上がれそうになかったから仕方なくだな、そりゃ、華奢だな、とは思ったがアイツは腐っても男だろうが!俺が、間違っても柔らかい手だとかそんなのに迷っちゃいねぇ!!」
「……土方さん」

思いきり迷ったことを口走っている土方に、怒りも忘れて総司が呆れた声を上げた。顔を真っ赤にして言い訳していた土方がはっと自分が余計なことまで口走ったことに気づいた。

「あ、う、そ、だからっ!!」
「土方さん。神谷さんは一番隊に戻してもらいますね?」

落ちついた総司の声が有無を言わせない口調で土方に迫る。さすがに、否やを口にできない土方は、ぱくぱくと何かを言おうとして口を動かしたものの、結局何も言えなくなって、むっつりと眉間に皺をよせたまま黙った。

土方の前に落ち着いて座りなおした総司は、にっこりと笑うともう一度繰り返した。

「神谷さん、返していただきますね?」
「……勝手にしろ!」
「ありがとうございます。それから」
「な、なんだ!」

立ち上がりかけた総司が、ふと言い忘れていたことを思い出した。

「それから、小姓の間に神谷さんにしたこと、膝枕とか胸を掴んだこととか、すべて忘れてくださいね?」

にっこり笑っているものの、冷え冷えした空気に土方が思わず目を逸らした。

「わかったよ!!もう、さっさと行け!!」

ふっ、と笑みを浮かべた総司は客間に戻った。
なんのことはない、セイではなく、土方の方が惑ったためにぎこちなくなり、不自然な空気を作り出していたのか。

客間に戻った総司は、目を覚まして座っていたセイを見て、すみません、と言った。

「沖田先生、膳だけあっていらっしゃらないからどうしたのかと思いました」
「ああ、ちょっと土方さんのところへね。すみません、お待たせしちゃいましたね。さあ、食べましょう」
「……副長のところですか?」

一瞬、セイの顔が曇ったのを総司は見逃さなかった。

「……貴女は本当に……」

―― どれだけ周りに男を引き寄せたら済むんでしょうね

「沖田先生?」
「いえ、何でもないです。ちょっと話してきただけですよ。風邪が治ったら貴女は一番隊に戻ってもらいます」
「えっ!!本当ですか?!」
「ええ、私も貴女には屯所にいてほしかったんですけど、同じ心配なら傍にいてくれた方がいいですからね」

総司に、傍にいてくれたほうがいい、と言われてセイはぽーっと赤くなった。その顔をみてにこっと嬉しそうに総司が笑う。

―― うわ、やっぱり副長なんかより、沖田先生の笑顔の方がよっぽどどきどきする

セイはそう思いながら、膳を前にしてにこにこしている総司を前に自分も膳についた。
セイのために少しでも食べられるように総司が賄いに頼んだものは、食欲のなかったセイにとって、総司の笑顔と一番隊復帰の話の後押しによって、すべて空になった。

「あ、神谷さん、よく食べられましたね。偉い偉い」
「って、沖田先生、私、子供じゃないんですけど」
「いいじゃないですか。さ、薬を飲んでくださいね。私は膳を下げてきますからそしたら一緒に寝ましょうね」
「ねっ、えっ、沖田先生、ここでお休みになるんですか?!」

さらりと言われた言葉に、セイが赤くなる。総司はあっさりと頷いた。

「もちろんですよ。だって、夜になって咳がでたり熱がでたら大変でしょう?それに隊部屋でだって一緒に寝てたじゃないですか」
「だ、だって、あれは皆も一緒だったじゃないですか!」
「えー、皆も一緒の方がいいんですか?あ、そう言えば汗かきましたよね?着替えがいりますよねぇ」
「や、ちょっと沖田先生、聞いてます~?!」

悋気でさんざん気を揉んだ今日の総司には、セイのそんな声は耳に届かなかったらしい。喜々として今度はセイを着替えさせることに頭が行っている。

「神谷さん、着替えとってきましょうか。晒しもいりますよね~」
「い、いいです~!!自分でとってきますから」
「じゃ、体を拭くもの、用意してきますよ」
「着替えだけでいいです~!!」

にっこり笑う総司が、怖い……とセイが思ったのは仕方ないことだった。着替えをとりに副長室に行くというのを止められて、セイは総司の顔を見返した。

「じゃあ、一緒に膳を下げに行って、副長室に荷物を取りに行きましょう」
「何でですか!一人で行けます!」
「駄目です」
「何でですか~」

ぱっと急にその手に膳を乗せられたセイは、落とさないように慌ててしっかりと持ち直した。セイの目の前に立っていた総司が少しだけ屈んで、セイと同じ目の高さになると、ひたっとその目がセイを捉えた。

「私が嫌なんです。神谷さんが一人で土方さんの所にいくのが」

そういうと、行きましょうか、といって総司は先に立って歩き出した。
絶句してしまったセイは、先ほどの土方のようにパクパクと口を動かしていたが、先に立った総司に急かされて後について歩きだした。

セイは嬉しいのか、怖いのか、複雑な気持ちのまま過ごす一晩がひどく長そうな気がした。

 

– 終わり –