天花 3 暗闇
〜はじめのお詫び〜
展開早めです。 史実バレありかもです。
BGM:悲愴
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「お前、医者に行け」
近頃止まらない咳をする総司を心配した、一番隊の隊士たちからの直訴に土方が総司を呼び出した。
痩せた。
一目見てわかった。
かつて自分も病んだ身である。
「なんです?こんな咳くらい大丈夫ですよ」
「……ふざけるな!」
土方の視線を避けるように、総司が口元を抑える。ぐいっと、その胸ぐらを土方がつかんだ。
「俺がわからないと思ってるのか?!今すぐ医者に行け!!」
「行きませんよ。私には隊務があります。他に何も出来ないんですから、そのくらいはやらせてください」
静かに、あまりに静かな口調に、土方はつかんだ手を離しそうになる。
総司を包む闇が見えたような気がした。
セイを守れなかった、なくしたことがどれほどの深い闇を与えてしまったのだろう。
それでも、土方にも譲れないものがある。
「医者に行かないなら、お前はここに置かない。江戸へ帰れ」
「……!土方さん」
「頼むから行ってくれ。近藤さんにはまだ黙っててやる。まだ、今なら治る可能性だってあるんだ」
俺みたいに。
それでも答えない総司に、土方はかさりと文の束を目の前に置いた。
訝しげに顔を見た総司に、あけてみるようにと無言で示す。総司が1通を手に取ると、目の色が変わり、次々と文を開く。総司がセイの筆跡がわからないはずはない。
「土方さん!!これは?いったいいつから?」
「あいつがいなくなってしばらくしてから届き始めた。いつも場所を変えて届けられるから何処にいて、何処から送ってくるのかも追えねぇ。でもあいつはまだこうして戦っているんだ。お前が投げ出していい道理があるか!」
虚ろだった総司の目に、かすかに光が灯ったような気がした。
「わかりました。医者に行きます」
そういうと、総司はそれから隊務の合間に松本や南部の診察を請うようになった。
その病を知ってなお、近藤も止めることができず見守るしかできないことに焦る時間さえ、世の中の流れは残酷に過ぎていく。
決して薬を飲む以外は、療養しろといってもろくに聞かなかった総司が、やがて、激務をこなすことができなくなり、身動きも思うようにならず、床につかざるを得なくなった。
同じ頃から、徐々に届く文の間隔が開くようになった。
女の身でどのような事態になっているのかもわからず、それまでは総司の気力をつなぐために見せていた文が、見せられなくなっていった。
なかなか届かない。
そして、その筆跡も、時に乱れ、走り書きの束になっていたりと、セイの身に迫る何かを知らせるような有様になっていたからだ。
そして、そんな状況を最もわかりやすく示すように、ますます世の中の流れは加速し、後戻りできない坂道へ足を踏み入れ始めていた。
鳥羽伏見での戦いののち、新撰組も次々と戦場を移動し、新撰組は船で江戸に移動することになる。もう、文が届くことはないかと思われた。
江戸に屯所を構え、総司は何度も諭されてもなお、隊と行動を共にしていたが療養と称し、松本の指示でその身を移していた。
「便りはきませんか……」
見舞いに訪れた土方に、ぽつりと総司が呟いた。
もう土方は見舞いに足を運ぶことさえ、ろくにできないくらいの状況にあった。甲陽鎮撫隊として、再び戦地に赴かなければならないのだ。
あえて、近藤とは見舞いの日をずらして、総司のもとを訪れていた。
無言で、土方は懐からくしゃくしゃになった紙包みを取り出した。ぼろぼろで、書き損じかとおもわれるようなもので、ちょうど掌で持てるくらいの包みである。
「土方さん?」
「お前にだ」
受け取った総司が、その包みを開くと中には見た目よりは重さを持つ木の小箱があった。
そっと開くと、白い覆いとその間に金色の蜜が見える。蜂蜜だとわかるには時間がかかった。
「……これは、こんな高価で貴重なものをどうして?」
「包みを見ろ」
小箱をどけて、くたくたの和紙を広げると、乱れた文字ながら懐かしい人の筆跡がそこにはあった。
『長くお便りできずに申し訳ありません。少しばかりですが、珍しいものを入手しました。
滋養になると思います。病には、よいと思います。またいつお便りできるかわかりませんが、どうぞお元気で』
短く、それだけが書かれている。
形が崩れもせずに届けられていることからしても、大事に大事に近くまでは本人が持ってきたのだろう。どうやって江戸までついてきて、こんなものをどうやって入手したのか。
考えるだけでも胸が苦しくなる。
「か……みや……さん」
その文を読めば、総司のためのもの以外の何物でもないことは歴然としていた。だから、一人で総司の元を訪れ、土方はそれを渡したのだ。
「……あいつは、馬鹿だ」
そう、ぽつりと土方が呟いた。
総司は、そのくしゃくしゃになった和紙を何度も、何度も優しく指先でなぞった。
しばらくのち、暇を告げた土方が去った後。
総司は、枕もとにその小箱を置き、手には和紙を丁寧に折りたたんで握りしたまま、横になっていた。
「神谷さん……。会いたいなぁ……」
– 続く –