いいひと 3

〜はじめのひとこと〜
さて、誰が誰にどう?

BGM:BOOWY WORKING MAN
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「でも、残念よねぇ。藤堂さんって」
「どうして?」
「お武家様じゃあ、あたしたちなんて相手にもしてもらえないけど。それにしてもいい人じゃない?」

―― いい人って、いい人っって残念なの?!

外で聞いていた藤堂は愕然とした。いい人と言われれば好感として受け取られたということだと思っていたのに。
壁の向こうの話はまだ続いている。

「いい男じゃないのよね。いい人なの」
「そうねぇ。確かに言えるかも」
「いっそ、悪い男の方がよくない?」

きゃはは、と楽しそうな笑い声がして、話が途切れる。
うまくは言えないが、心の奥に強い衝撃を受けた藤堂は店に入ることなく、とぼとぼと屯所に戻って来たのだった。

「ねえ、どう思う?!土方さん」

はーっと深いため息に怒りと呆れを乗せた土方が腕を組んた。

「俺は!生憎と言われたことがないもんでな!わかんねぇよ!」
「ほらぁ!!土方さんの事だからそう言うと思ったんだ」

がつん、と問答無用に土方の鉄槌が藤堂の頭に落ちて、飛び上がって藤堂は両手で頭を押さえた。よしよしと、近藤が藤堂の背を撫ぜる。

総司が顎のあたりに手を当てて頷いた。

「もしかして、神谷さん。藤堂さんにいい人っていいました?」
「え?ええ。藤堂先生がいい人かって聞かれたので……」

なるほど、と総司が手を打った。どうりでセイと話した後に藤堂が泣きながら幹部棟へ走ってくるわけだ。セイは原田と永倉をじろーりと睨む。たらりと冷や汗をかいた原田と永倉は近藤へと助けを求めた。

「近藤さぁん」
「う、むぅ。確かに、平助の気持ちは……」
「え?いい人じゃ駄目なんですか?」

どう慰めたものかと男達が困惑しているところに、セイの声が重なった。慌てて総司が止めようとしたが、間に合わない。総司は額を押さえて天井を仰いだ。

「神谷」
「はい?」
「お前、自分の女にいい人って言われてみろ」
「はあ。言われてますけど」

地の底から響くような土方の声に状況が飲み込めないセイは素直に頷いた。またその反応に総司を除く他の四人が同時に叫ぶ。

「「「えぇぇぇ~」」」

―― そりゃあそうですよ。お里さんなら女同志ですからね

内心でこっそりと呟いた総司は、仕方なく割って入る。

「神谷さん。いいから貴女は黙りなさい。子供にはわからない話です」
「沖田先生!私だってもう大人です!」
「黙れと言われて素直に言うことを聞けない時点で子供でしょう」

ムキになったセイが噛みつくのをぴしゃりと総司が黙らせた。もうその場はどこに視線を向けていいのかわからない状況に土方が爆発した。

「だぁ!!もう面倒くせぇ!総司、お前はそのガキ連れてとっとと出て行け。左之、新八、お前らは平助を連れて飲みに行って来い!」

懐から紙入れを取り出した土方の手を止めて、近藤が懐から紙入れと懐紙を取り出した。懐紙にさりげなく包んだ包を総司と新八へとそれぞれ握らせる。

「ほら。これで、な?」
「近藤局長」
「近藤さん……、すまねぇ」

総司と永倉がそれぞれ包を手にすると土方に言われたとおりに、総司はセイを、原田と永倉が藤堂を連れて部屋を出て行った。
後に残された近藤と土方は、かたや苦虫をかみつぶし、かたや平和な笑みを浮かべている。

「あいつらったく……」
「いつまでたっても弟分だなぁ、歳」
「少しは大幹部の自覚ぐらい持ちやがれってんだ」
「いいじゃないか。お前だって嬉しいくせに」

嬉しくねぇ!と叫んだ土方にくるりと近藤が向きを変えた。急に目が真剣になる。すわ、何事かと土方が身構えると近藤が真顔で言った。

「ところでお前」
「な、なんだよ」
「本当なのか?」
「なにが」
「いい人って言われたことがないってのは」

がくっと土方の頭が落ちる。

「流石に男前だな、お前。俺なんかたくさんあるぞ」

あっはっはと笑いながら近藤も自室へと引き上げて行く。やれやれ、と土方は肩をすくめて残された茶碗を集めた。それらを部屋の隅へと追いやると再び文机に向かう。

「ったく、暇人どもが」

ぽつりと呟いた土方の顔には笑みが浮かんでいる。やはりどこまで行っても兄分は変わらないらしい。

 

「沖田先生!離してください!」

猫の子のように首根っこを掴まれて副長室から摘みだされたセイは、ひきずられるまま屯所を後にした。いくらなんでもつりさげられて表を歩くのは恥ずかしい。

「おわっ、あ、あぶっ」
「神谷さん」
「なんでしょう?!沖田先生!」
「貴女、私の事もいい人だって思います?」

セイをつりさげて歩いていたために、半歩だけ後ろを歩いていた総司をセイが振り返った。少し怒ったような顔で、視線をそらした総司が、頬を染めている。つられて赤くなったセイは、うろたえてしまった。

「えっ、あの」
「言えませんか」
「……その、いい方だと思ってますけど。藤堂先生もですけど何がいけないんですか?」

すいっとセイを追い越した総司が答えずにすたすたと歩いて行く。何が何だか分からなくて、急いでセイは後を追った。セイにとっては、いい人と言われることの何が残念で駄目なのかがよくわからない。

むっとした顔で歩いて行く総司を見て、何かまずいことだけはわかったが、男心とでもいうべきか。
それがセイにはわからなかった。

 

– 続く –