風のしるべ 41

〜はじめの一言〜
セイちゃんは相変わらずなんですな
BGM:カサブタ
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「はい?」

原田とまさみのへやでゆっくりしていたところに携帯が鳴って、まさみは電話にでた瞬間、電話の向こうの声に驚いた。

「ちょっと待って、ちょっと待って。落ち着いて、未生ちゃん」

未生、という名前に、さりげなく話を聞かないようにしていた原田も何事かと顔を向けた。

「……え?うん、うん。ちょっと待って、聞いてみるから。うん、今一緒にいるの」

ひとまず電話の向こうを待たせることにして、まさみは原田を振り返った。

「未生ちゃんなんだけど……」
「ん?どした」

すぐそばに近づいた原田に、未生からの電話だと言いながら心配そうな顔を向けた。取り次いで話すよりも、直接、話したほうがいい気がして、携帯を原田に差し出した。

「なんだか、ちょっと代わってもらった方がいいかも。私から話すよりいいんじゃないかな」
「わかった」

受け取った電話を耳に当てると、興奮気味の未生が話し出した。

奏から一方的に切られたことを言いだした未生は、奏の携帯とメールアドレスを教えて欲しいという。

「未生ちゃん」
「はい」
「奏と何を話したの」

―― 何を

何をと言われればどう説明したらいいんだろう。
言葉に詰まった未生に原田は落ち着いて話しかけた。心配そうに見ているまさみをまっすぐにみつめる。

「沖田総司のことを話したんなら、あいつも意固地になってると思う。君も話したの?神谷のことを」
「あ……」

電話の先の未生とはなしながらも、原田は同時にまさみもの語りかけていた。できるなら、まさみにはそのまま知らないままでいて欲しかったが、それがどこかで思い出すとしたら自分の傍にいるときであってほしい。

「原田さんって……原田先生なんですか」
「……できればあって話した方がいいかな。まさみちゃんちにいるんだけど、これるかな?」

場所を言うと未生は時間がかかるがいけると答えた。駅まで迎えに行くことにして、電話を切った。

「ごめんな。勝手に話を決めて」
「ううん。……びっくりしたけど。私だけが夢見てるのかなって、ずっと思ってた」

まさみの携帯を返してきた原田の手をそのまま握る。
まさみも、ありえないと否定してきたが、自分のどこかに宿る魂に嘘はない気がして、原田と一緒にいようと決めたのだ。

「どんな夢?」
「私、原田さんのお嫁さんだった気がする」

違う?と問いかけられた原田は、祈る様に目を閉じた。両腕で抱きしめると、驚いたまさみが、何度も名前を呼ぶ。

「……違ってない。俺も夢じゃないかと思ったけど、きっと夢じゃなくて……。でも、今の俺も今のまさみちゃんも違うから、そこは忘れないで。今まで生きてきたまさみちゃんもちゃんとここにいて、俺も、まさみちゃんだから好きになったんだ」
「……そこ、心配するの?」
「え……?」

妙にまっすぐ言い返されて、驚いた原田が腕を緩める。腕の中にいるままでまさみが不満そうに原田の顔を見上げる。

「私のこと、信用してないんですか?」
「うぉ!そっち?」
「当たり前ですよ!ひどい!私、そんな夢じゃなくて、ちゃらいけどちゃんとしてる原田さんだから好きになったのに!」

むうっと頬を膨らませたまさみをみて、間が抜けたように固まっていた原田がぶぶっと吹き出したかと思うと、盛大に笑い出した。

やはり女性は強い、と思う。
あの頃も、自分や周りにいた男たちの心配や不安をよそに、強かった。迷わず、送り出すときも、子供が生まれた時も、原田が最後に出ていくときも。

いつ帰らなくなるかわからない夫の傍で、笑顔を向け続けたおまさを、男たちは、強い、と思ったのだ。
それを今、また同じように思うとは。

「ごめん。そうだったなぁ。俺の嫁さんってどれだけ自慢したかわかんないくらい」
「そんなこと?!」

今だから話せることも、これから話していくこともまだたくさんあるはず。そしてそれは奏と未生も同じであってほしい。

―― 俺の勝手な願望だけどさ。総司はかたくなだったから、今度こそ神谷の笑顔を見たいよなぁ

「私も。たぶん、原田さんと同じこと考えてる」
「ん?」
「社会人と高校生はちょっと辛いかもしれないけど、そんなのあと数年のことだし、今どきそのくらいの歳の差、よくあることだし。今は今なんだから」

自分たちが覚えていることにはわけがあって、出会ったことにもわけがあるはずだ。それを否定しても、どうしようもない。
それよりも、流した涙の分、苦しんだ分、笑顔になるべきなのだ。

「もっと笑顔にならなきゃダメ」
「まさみちゃん、かっこいい」
「茶化さないでください。真剣なんです。だから、未生ちゃんが笑えるように、原田さんも力を貸してください」

まさみにいわれるまでもない。男の方が後ろ向きで、情けないのかもしれない。
それでも、あがけるならあがきたい。

「俺にも力を貸してよ。まさみちゃん」

もう一度、ぎゅっとまさみを抱きしめる。自分一人の力では足りないから。

「うん」

未生はまだ諦めていない。セイと同じように、足掻いて、手が届かなくても、諦めるつもりなどないのだ。

途中で、乗り換えを携帯で調べながら未生は、原田に教えられたまさみの最寄駅へと向かっていた。泣いたことなど一瞬で、今はふつふつと負けない気持ちでいっぱいになっている。

あの頃、総司に何度も拒否されても縋りついて離れなかったように、相手には無理だったとしても、思い続けることは自由なはずだ。

―― 引かない。絶対に。沖田先生は嘘つきだったから、絶対に

総司の嘘つきには、セイは何度も泣かされた。全てセイのためを思ってのことだったとしても、それでも辛くて、何度も泣いた過去を知っている。
だからこそ、譲れなかった。

―― 先生。もう新しい自分なんです。だから、一度でいいから私の我儘を聞いてください

ぎゅっと電車の中で未生は鞄を握りしめた。

– 続く –