聖夜に願う

〜はじめのお詫び〜
クリスマスのイブイブにUP予定。まとまりないんですが、それも彼ららしいということで
勘弁してくださいませ。
BGM:ジョン・レノン Happy Xmas
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都内のホテルのラウンジはレストランがすぐ隣にあって、バーはその反対側にある。
クリスマスらしく真っ白なドレスに首元にファーを巻いた理子は、時間になるとピアノ担当の吉村と共にフロアに出てきて、クリスマスのムードを盛り上げるような曲を歌う。

ラウンジ側に夕刻からずっと総司が座っていた。こんな時期のホテルにいるにふさわしいようにスーツを身に纏っている。

「ごめん、遅れた?」

スーツ姿で現れたのは藤堂だった。総司の隣に座ると、にこりと藤堂は総司に笑いかけた。穏やかな顔で迎えた総司は懐から携帯を取り出した。
時刻はまだ予定より早い。

「まだ大丈夫ですよ。藤堂さんが一番乗りですもん」
「総司が来てるじゃん」
「私は理子と一緒に来ましたから」
「ふうん。『理子』ねぇ」

神谷さん、という呼び方から変わっている事を藤堂がからかったのを総司は当然と言わんばかりの顔で受けとった。
藤堂の店に理子が現れた後、しばらくして総司から詫びのメールが来た。さすがに理子はしばらく顔を見せられないと言っていたが、今日の仕事はこのホテルである。
いつも理子が出るときは皆に声をかけていたので、斎藤の結婚の前祝いということで声をかけた。

久しぶりに山南と明里も子供を連れて現れることになっている。

「結局、誰が来るのさ?」
「私もちゃんとは聞いてないんですよね。あの人が連絡していたみたいなので」
「ふうん。アスコットタイの似合いすぎる弁護士って、嫌味だよねぇ」
「はい?」

不意に脈絡のない発言をした藤堂の視線の先を振り返って納得した。そこに現れたのは、仕事用ではないスーツを着た歳也だった。いつもの仏頂面で総司と藤堂の間にどさっと座ると、総司が吹きだした。

「確かに。これは相当嫌味ですね」
「だろ?」
「……なんだよ?」
「いえいえ。歳也さんが嫌味なくらい、いい男だって話ですよ」
「なんだそりゃ。斎藤はまだなのか?」

当人たちは全く意識していないが、これだけの男たちがスーツ姿でそろっていると、結婚式かはたまた何かのパーティなのかと、嫌でも周囲の目を引く。
総司が指で上を指すと、藤堂が顔を向けた。

「どういうこと?」
「今日の仕事でホテル側が神谷さんに一部屋提供してくれてるんですけど、斎藤さん達に譲ったんですよ。私達は遅くなっても帰れますしね。だから先にきて部屋にいるはずですよ」
「なるほどな。式もここでやるとか言いだしそうだな」
「あ、そうらしいですよ。理子がホテル側に……っと」

歳也の前だけに一応気を使ったのか、初めは『神谷さん』と言ったものの、二度目はさらっと名前を呼んでしまい、気づいた瞬間に口ごもってしまった。じろっと歳也に睨まれて、総司は肩を竦めた。
横にいる藤堂がにやにやと成り行きを見ている。

「理子がホテル側に話したら、よくしてくれているみたいです」

ラウンジの奥まったところに座っていた三人は、レストランとの境の方で起こった拍手に目を向けた。時間になったのか、吉村と理子が出てきたらしい。

「今日は何時まで?」
「ここでは9時過ぎまでですね。あとはバーの方で11時頃までだそうですよ」

藤堂は腕時計を見ながら、携帯を取り出した。メールをしているのかと思ったら何かを調べていたらしい。

「11時じゃ駄目じゃん。イルミネーションに間に合わない。せっかく『神谷』と一緒に見ようと思ったのに」

神谷、と強調しながら言う藤堂に歳也がにやりと頷いた。

「確かにそうだな。そりゃもったいない」
「でしょ?あ、間の時間ってどのくらいあるんだっけ?誘ってみよーっと。もともと今日誘われてたの俺だけだしね」
「ほーお。じゃあ、俺はその後か?」

面白がって続ける二人にこめかみを押さえた総司が深いため息とともに文句ともつかないことを言う。

「ほんっと、皆さん相変わらずいい性格で……」
「当たり前じゃん。俺なんかさぁ…」
「それ以上いじめると馬に蹴られるんじゃないかい?藤堂君」

藤堂が不満そうに言いだしたのを、背後から増えた声が止めた。そこに現れたのは、愛妻と愛娘を伴った山南だった。娘が生まれてからはほとんど出てこなくなっていた山南に会うのは、皆久々だった。

「山南さん、久しぶりだね。明里さんも。お家にお邪魔したとき以来じゃない?」

人懐こい藤堂が話しかけると明里と娘の若葉は山南の後ろで会釈した。
記憶がない明里は覚えてはいないものの、山南からざっと話を聞いているために彼等がどういう繋がりがあるのかを知っている。
藤堂と歳也が立ちあがって山南達のためにソファを譲った。

「レストランの予約は8時でしたっけ?」
「ええ。若葉ちゃんのお席もちゃんとありますよ」

子供好きは今生でも変わらない総司が膝に寄ってきた若葉を抱き上げた。
山南と歳也、藤堂が話をしながら少し離れたところから聞こえる理子の歌に耳を傾ける。その歌が以前とは随分変わったと思う。ずっと耳にしていなかったこともあるのだろうが、以前の凍りつくような冴え冴えとした歌ではなく、包み込むような暖かさと愛情に溢れている。

「総司。これは君の影響かい?」

聞こえる歌を指す様にすると、総司がふわっと笑った。
その表情が、あの頃とも違う、柔らかい慈しみに満ちた顔で山南は嬉しそうに頷いた。一緒にその顔を見ていた歳也と藤堂はけっ、と呟いて二人ともにそっぽを向く。

「やあ。なんだ、皆こっちにいたのか。まっすぐレストランの方に行ってしまったよ」
「近藤さん!」
「おお。久しぶりだな。近藤さん。教授だって?」

着なれない野暮ったいスーツを着た近藤がレストランの入り口からスタッフに言われて現れた。
あちこちを回っていた近藤は、山南と同じ大学で次の春から教授になることが決まったばかりで、つい最近、山南の家の近くに住まいを決めたばかりだった。

「やあ、ガラじゃないと思ったんだが、せっかく山南さんが紹介してくれた話だしなぁ」
「よくいうよ。嫁にしたいのができたって泣きついてきたのはどこの誰だ」

理子がいなかった間に、近藤と歳也は山南を通して交友を深めている。
弁護士である歳也に嫁にしたい女ができた、と泣きついて、山南や他にも色々と手をまわしてやったのは秋口の話だった。
結局その女には振られたらしいが、年を考えれば定職についてもいないのは不利だと思ったらしく、山南と同じ大学に職を決めたらしい。

ざわざわとしたラウンジの中でも一際目立つ一団となってしまったところで、演奏の終わった理子と吉村が奥に戻る途中で足を向けてきた。

「ちょいと、お前さん達。人の華麗な演奏を聴かずにどんだけ目立ってるんだ。あ?」

尊大な態度は相変わらずの吉村が低い声で言った。吉村が浮之助と名乗っていた人物であることは、理子から伝わって皆知っている。今はお互いの立場が違うことは十分に分かっていても、時々控えたくなるのは本能に近い。吉村の腕をぐいっと理子が掴んだ。

「ほんっとに態度変わりませんね。吉村さん。皆を脅すのやめてくださいってば」
「脅してないだろ。だいたい、こんな日にカップルのためのこんな場所にこんな面子でテーブル占領するかぁ?」
「私たちがここにいるんだから仕方ないじゃないですか。そろそろ時間ですから皆さん、あちらに。兄上達はもう席にいらっしゃいますよ」

理子の言葉で皆が立ち上がった。
ぞろぞろと移動するのを見ながら、最後に立ちあがった総司が理子の手を引いた。

「本当に食べないんですか?」
「ええ。食べちゃうと、後が歌いにくいので…でも吉村さんは食べるって言ってるし、一橋さんはちゃんと食べてくださいね。あとで美味しかったか教えてもらいます」
「なんだ……。一緒に食べられないなら美味しさも半減しちゃいそうですよ」

つまらなそうな総司の言葉の直後にばしっと吉村に思いきり殴られた総司がううっ、と呻いた。

「何、甘ったるいこと言ってんだよ……。聞いてる方が恥ずかしいっつーの」
「じゃあ、聞かない振りくらいしてくれてもいいじゃないですか~」
「馬鹿野郎。理子ちゃんの今日のパートナーは俺だ。ざまあみろ」

吉村は反応が遅れた理子の手を掴むとさっさと裏に引っ込んでしまった。
残された総司は、一人、そりゃないでしょう、と呟いてとぼとぼとレストランに向かった。

 

 

 

食事を終えると、家族づれである山南は帰っていった。バーに移動した面々はテーブル席でそれぞれ酒を手にしている。斎藤も恭子と共に部屋に戻っていった。

「次は斎藤の結婚式か」
「楽しみだよねぇ。部屋を譲るなんてやるじゃん」
「ええ。私たちは家に帰ればいいですし、明日も仕事ですから」
「よく言うよ、ちゃっかり大晦日の温泉手配しちゃってるくせに」
「藤堂さん……次々とバラすのはやめてくださいよ。理子にはまだ内緒なんですから」

にやにやとからかわれて総司が頭を抱えた。歳也は藤堂の頭を軽く小突きながらグラスを手にする。

「お前もあんまりからかうな。そろそろだろう?」

最後の回が終わって、一度後に戻った理子が着替えて、テーブルにやってきた。吉村も一緒に現れる。

「お待たせしました。さすがに、疲れちゃった」
「ご苦労様」

自然に総司の隣に座った理子に歳也がゆっくりとグラスを持つ手を近づけて、緩む口元を隠す。こんな風に穏やかで幸せそうな理子を見る日が来るとは思っていなかった。
伏せた目の先で、同じように視線を外した藤堂と一瞬だけ視線を合わせて再び離れる。

「けっ。お前らもさっさと帰れ。あとは俺達で飲む」
「えぇ?だって、私、来たばっかりなのに……」
「うるせぇ。総司、こいつさっさと連れて帰れ。……今すぐでれば帰りに見られるだろ」
「……?見られる?」

座ってすぐに帰れと言われた理子が不満げに言い返したのを歳也が無視して総司のグラスを引き寄せる。意味が分からない理子は、総司にどういうこと?と小さく尋ねたが、くすっと笑った総司が立ち上がった。

「分かりました。今日は付き合わせてすみませんでしたね」

訳が分からないまま、つられて立ちあがった理子が総司に促されてバーから出て行く。

「え?ちょ、ちょっと」
「いいからいいから。じゃあ、また」
「はいはい。じゃあねー。神谷」
「あ、うん。おやすみなさい」

藤堂が片手をひらりとあげて理子を見送った。懐かしい仕草で二人を見送った藤堂が黙って席に座った吉村のためにスタッフを呼びとめる。

「何、飲みます?」
「ビール」

頷いて去っていくスタッフに、藤堂が総司のグラスを渡す。

「お前ら、人がいいのも程があるな」
「そうですか?」
「そんなわけじゃない。ただ……」

吉村の呆れたような一言に藤堂と歳也が揃って反論した。
どちらも理子に気があったことは知っているだけにいくら惚れた女のためとはいえ、人が好過ぎる気がしたのだ。藤堂と歳也が顔を見合わせた。お互いにどちらが先に、と言って結局歳の功なのか藤堂が歳也に譲った。

「人がいいとかそんなことじゃないんだ。ただ、昔、俺達は十分厳しい世界にいて、甘いことも何もかもくれてはやれなかった。今はそれがいくらでも与えてやれるでしょう?」
「つまり?奴を通してお前らもあいつを甘やかしてるってか?」

はっ、と心底呆れかえったように息を吐いた吉村に、藤堂が運ばれてきたビールを差し出した。

「僕等の甘いのも、貴方ほどじゃないですよ?」
「ふん。俺はあいつ以外にも甘やかす相手がいっぱいいるんだよ」

―― だからあいつの面倒はお前らがみろよ

様々な思いを抱えて男達が酒を煽った。

「ほら。外にでたら意味がわかりました?」
「イルミネーションのことだったなんて……。沖田さんらしくないから思いつかなかった」
「あはは、あれで歳也さんはかなりロマンチストですよ?」

ホテルを出た後、総司と理子は手をつないで歩いていた。キラキラと輝くイルミネーションが後数日の命を惜しむように煌めいている。

「そうだ、どうでした?ホテルのお料理」
「美味しかったですよ。斎藤さん達が式の下見ができたって喜んでましたしね」
「よかった。レストランの料理とバンケットじゃちょっと違ってきちゃいますけど、それでも雰囲気は一緒だと思うんですよね」
「貴女は食べたことあるんですか?」
「ないですよ。一人で来るようなお店じゃないでしょう?」

冷たくなった手をコートのポケットに引き込まれて理子が顔を上げた。

「じゃあ、今度一緒に食べに行きましょうね。さあ、帰りましょうか」
「はい」

手をあげてタクシーを止めようとした総司を理子が止める。

「すぐそこ、駅ですから電車で帰りましょうよ」
「でも、疲れているでしょうし、お腹もすいたでしょう?」
「でも…もう少し一緒に歩きたいから……」

理子の言葉に、にこっと笑った総司は繋いでいた手を離してその肩を引き寄せた。その腕からくるっと身をひねって抜け出した理子が再び手を絡める。総司はそんな仕草が可愛らしくて、つい、からかいを口に乗せた。

「クリスマスは特別じゃないんでしたよね?」
「特別じゃないですよ。ただ、その、こういうところを一緒に歩くの、初めてじゃないですか」

冷えた頬が違う赤みを引き寄せる。この意地っ張りな人が可愛くて仕方がない。

「やっぱり、早く帰りましょう!明日も仕事なんですから」
「あ、はい」

少し残念そうにタクシーの窓から外を眺める理子を抱きよせながら、横顔を眺める。正月の話をしたらなんというだろうか。帰ったらゆっくりと……。

 

– 終 –