手紙

〜はじめのひとこと〜

逢魔が時の中の部分的なお話です。本当の手紙の中味は……
オチも救いもありません。

BGM:嵐 Monster
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「……寒……」

雨が降っていた。

宿があるような場所でもない。

農民にまぎれて粗末な服に着替えて進むしかない。雨をしのぐために、小さな社の中に入り込んでいた。

蓑もなく、一枚だけ、きちんとした服を野良仕事用の籠に隠して、背負ってきた。

それ以外の荷物は、脇差ひと振りと懐の油紙包んだ手紙。

それ以外に、同じように油紙に包んだ紙と矢立。

はぁーと、濡れて冷えた指先に息をかけた。もうすぐ雨が上がれば暑くなる。極端な天候は、こうして隠れながら進むにはいずれにしても辛い。

火を焚くこともできず、もうすぐ日が暮れる。屋根があるだけましかもしれない。

もうすぐ、旧幕府軍の宿営地に追いつく。

いくらか温かさが戻ると、懐から紙と矢立を取り出した。書きかけの手紙。

『 沖田先生様

お元気ですか?

病の者にいう挨拶じゃないと叱られそうですね。

この手紙が先生の手に届くころには、私はもう先生より先に、永い旅に出ていることでしょう。

先生。

何年、お傍にいたでしょうか?

先生は、私にとって、家族であり、師であり、兄であり、想ってやまない唯一の方です。それは、どれだけ時間がたっても、どれほど離れても変わりません。

先生。沖田先生。

苦しくはないですか?お薬はちゃんと飲まれてますか。

私を置いて行かれましたね。いつか、こんな日が来ることを、私はどこかで知っていました。

こんな日が来なければいいと、何度も何度も、お願いしました。先生の病が重くなっていくことより、なにより、それが一番辛いことでした。

先生の病が重くなって、いつか儚くなるかもしれないと、そんな覚悟はとうにできていました。それでも、最後の瞬間までお傍にあることが私のすべてでした。

先生が、私をおいてあの家を出て行かれた時。

私の中の時間は、止まりました。

先生が、私に病をうつさないように、私のためを想ってくださったと、頭では分かっていました。でも、私の心は、二度と溶けることのない憎しみに染められて、凍りついてしまいました。

どうして、私を傍においてくださらなかったのですか。

私は、病など、怖くはなかったのに。同じ病であれば、喜びこそすれ、何を怖がりましょうか。

沖田先生。

どうして、最後までお傍に置いて下さらなかったんですか。

私を副長のもとに行くように仕向けられたんですか。

どうして私を捨てて行かれるのですか。

沖田先生や、副長が、新撰組にあることを鬼だと、修羅を行くのだと何度も言われていました。

でも、それはどこまで行っても現のことでしかないのです。本当の修羅は、私の心の中にあったのですよ。何を馬鹿なと、笑われるでしょうけれど。

副長に私を本当の鬼にしていただきます。

私から先生を取り上げた副長を憎んで、置いて行った先生を憎んで、泣いて、心が溶けるくらい泣いて、それでも先生が好きで』

そこまで書いてから、びり、と途中から切り離した。そこまで書いたものをくるりとまとめて、横に置くと改めて筆をとる。

『沖田先生様』

もう一度、初めの書き出しを繰り返す。

『沖田先生様

お元気ですか?

今、先生の願いどおり、副長の元に向かっています。

副長に、先生の脇差をお手紙を届けたら、私は旅に出ようと思います。永い、永い旅です。

最後まで、言うことを聞かない不肖の弟子ですみません。

だから、先生。

思い出はすべて私が連れてゆきますから。

もしも、先生が、どのような形であれ、本当に私を想ってくださるのなら。

もし生まれ変わっても、先生が私のことを思い出せないように。私がすべてを覚えていても、先生は私を覚えていることのないように。

未来永劫、私は私の罪を背負って、想いとともに逝きます。

私は、神谷清三郎も富永セイも、沖田総司という方のお傍にいられたこの数年が、最も幸せな刻でした。これからどれほどの時間が流れようと、私は先生に恋した魂のまま、すべての想いを背負って独りで行きます。

生まれ変わっても、先生が何一つ思い出せないように願ってます。

すべてを忘れて幸せに生きていけますように。

最後まで我儘でごめんなさい。けれど、私の魂はどこまでもお傍におりますから。先生がすべて忘れたとしても、来世でも、私の魂は先生をお守りして必ずお傍におりますから。

だから、先生。幸せになってください。

沖田総司様』

何度も書き直したのに、最後は一息で書き終えた。

最後に書いた手紙を、油紙で丁寧に包む。これを明日、宿場に着いたら、千駄ヶ谷にいる先生の元へ送ろう。

書いて、出すのをやめた手紙は、余った紙とともに、懐にしまい込む。

先生からもらった刀は、先生に、私の最後を伝えてくれるかな。

山南総長に会ったら、叱られそうだ。

……――何をしているんだ、神谷君!

ふふ、とセイは一人嗤う。

きっとひどく叱られるけど、最後には許してくださる。

早く、早くいかなければ。時間が残されているうちに。

私という鬼を殺してしまわなければ。

 

 

– 終 –