心の真ん中へ 11

〜はじめのつぶやき〜
現代篇はやっぱり難しいです!感情移入しやすいだけに、くねくねと方向が曲がってしまって…。
いまいちな仕上がりになってしまった気がします。予定通りなのは二人が一緒になるまでにもうしばらくかかるとこだけ・・・。イマイチだよね、感想もお待ちしてます(苦笑
BGM:Ill DIVO Without you
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「本当に申し訳ありません。総司さんの迷惑になるとか、総司さんの気持ちが変わることがあれば別ですが、私の気持ちは変わりません。一緒にいることがもしできなくなったとしても」

―― ずっと昔から変わらない私の中の誠ですから

言わずに飲み込んだ言葉は、昌信には必要ないことだ。理子と総司だけが分かっていればいい。

難しい顔をしている昌信は心の揺れるままに視線を逸らした。
年を重ねるごとに、寛容になれることもあれば、その逆もまた同じ。理子のことは総司の相手ということなしにしても、好意を抱いてはいたが、話がこじれればその強さが真逆へ向かう。

「邪魔をしますよ。あれにはほかの相手を見つけて見合いさせます」
「それをどうするかは私が決められることじゃありません。総司さんがそれを選ぶなら仕方ないことです」
「どうしてそこまで……」

困惑と不快さを見せる昌信に理子はグラスの中の氷に目を向けた。
わけを話してもわかってもらえるとは思えないでいると、不意に手にしていたグラスを背後から伸びた手が奪い取った。

「心の真ん中にあるからですよ。彼女も私も。家族も好きな人も好きなことも。自分の真ん中にある。だからブレないし、変わりません。父さん」
「先生!」

いつの間に傍にいたのか、理子の背後に立った総司が理子のグラスを一息にあけた。驚いたのは昌信もおなじだったようで、黙って総司の顔を見ていた。

「まさか、理子を迎えにきてこんなところで父さんに会うとは思ってませんでしたけど。もっと早くに来ていたら、話を全部聞けたかもしれませんね」
「せん……総司さん、いつから聞いていたんですか」
「つい、今さっきですよ。子供がどうとか……貴女のきっぱりした返事も聞けて嬉しかったですよ」

くしゃっと理子の頭を撫でた総司は、昌信に向かってきっぱりと繰り返した。

「父さんが反対するなら仕方ないでしょう。認めてくれるまで待ちますよ。それにね、見合いでも何でもしましょう。それで父さんの気が済むなら。でもどんな相手でもお断りするでしょうね」
「お前は何もわかってない」

突然目の前に現れた総司に、吐き捨てるように昌信が言う。今更、振り上げた拳を下ろすことは難しい。
まして、今の理子や総司の態度は昌信を余計に意固地にさせていた。

「なら、わかってもらう努力します」

静かに総司は昌信へと告げる。本当は、理子を苦しめるならばということも考えた。
ちらりと聞こえたように、理子は健康な女性で子供を望むなら歳也や藤堂に任せたほうがいいのかもしれないと思いもしたのだ。

そんなときに、春先のことを思い出した。
理子が先生と呼ぶようになったことも。

―― ああ、そうだった。私は、もうこの人と離れることなどできないんだった

そう思ったら、理子が落ち着いていることも、何もかも、すとん、とあるべき場所に収まった気がした。
昌信への葛藤や怒り、これまでの不満も、家族への思いも、何もかもあって当たり前で、それを避けてきた自分を客観視した気がする。

理子の肩に置いた手に理子が自分の手を重ねた。総司の顔を仰ぎ見て微笑む理子に、同じく総司も頷いた。

「いつまでかかっても、今度こそちゃんと向き合いますよ」
「……何がわかる」
「何かがわかるまで」

席から立ち上がった理子は、軽く頭を下げてバックから次のライブのチケットを取り出した。もし今日、ここで会えたなら、昌信に渡そうと思っていたのだ。

「これ、よろしければ次のチケットです。お時間があればまたいらしてください。ただのお客様として」

総司が理子の手を握ると、荷物を取ってくるとささやいてその場を離れた。
苦い顔をしたままカウンターの上に視線を落としている昌信に、総司は理子が置いて行ったチケットを手にして目の前の本に挟む。

「今度、音楽教室の講師をすることにしました」

黙っている昌信に構わずに総司は話を続ける。

「まだ理子には話していませんけど、ようやく決まったので知らせておきます。これで少しは不安定な職業といわれないでしょう?」
「……本気なのか」
「ええ。もちろんですよ」

やれることはやる。
随分と昔から、そう決まっていたことを思い出したに過ぎない。そう思うと、じたばたとしていることも、何とかなりそうな気がしてくる。

「今度、ちゃんと時間をとって家に帰りますよ。一緒に飲みながら話しませんか」

カウンター越しに店員に理子の分と昌信の飲んでいた分を支払おうとして、すでに理子が済ませていると、小声で告げられた。
まったく、と笑った総司は、奥から理子が荷物を持って出てくるとそちらへ一歩足を進める。

「お待たせしました」
「大丈夫」
「一橋さん。お先に失礼します。今日はありがとうございました」

顔を背けたままの昌信に理子は頭を下げた。荷物をもって待っていた総司とともに店を出る。
二人が離れた後に、じっと考え込んでいた昌信はカバンから手帳を取り出すと、何かを書き始めた。しばらく、丁寧に考えながら一字一字書き上げると、折りたたんで、もう一枚破り取った紙にくるむ。

カウンターでグラスを磨いていた店員に、理子へ渡してもらうように頼むと、昌信は立ち上がって店を出た。

親であることを誰かが教えてくれるわけではない。自分自身も親の姿を見て、親とはこういうものだと思い込んできた。
時代がそうだったように、親とは理不尽でわがままで、一辺倒な見方を押し付けてくるイメージがそのまま総司への態度になっていたことを、改めて考えさせられる。
教師という仕事も総司への態度も同じだったかもしれない。

ただ押さえつけて、教え込んで言うとおりにさえしていればと、どこかで思っていなかったか。

「子に教わるとは、歴史もそうだというのに私は何を見ていたんだか……」

蒸し暑い夜道を歩き駅へ向かう。総司の家よりも遠いために今からでは日が変わるかどうかだろう。
それでも、気になって足を向けた。
人の思いも考えも、一つの面だけではなく複雑で、矛盾に満ちている。

 

「先生、何か私に隠してますよね?」
「ん?何がです?」

悪戯っぽく目を光らせた理子が、総司の隣を歩きながら総司の顔を覗き込んだ。急に話を振られた総司は、咄嗟に何を言われているのかわからなくて、聞き返す。

「先生、本当に先生やるみたいですね?」
「あ。え?もしかして講師の話、知ってるんですか?」

驚いた総司に理子が頷いた。その顔は面白そうに笑っている。

「隠してたんじゃないんですよ。なかなか決まらなくて、夕方連絡をもらったばかりなんですよ。まだ日程も決まってないことが多くて。どうしてわかったんですか?」
「いずれわかります。それまで内緒」

本当は、理子と話をした翌日、仕事がない日に大手専門学校の講師募集へ応募していた。ピアノ教師は存外多いものだが、JAZZをやること、調律師が本業など、いろいろあって、めでたく採用になった。
いわゆる会社員とは違い、契約の身だが、それでも定期収入にはなるだろう。

同時に、理子も以前から依頼が来ていた仕事を事務所に受けると返事をしていた。それが、奇しくも定期的な仕事として専門学校の講師だった。

『ご一緒にお仕事になりますけどいいですか?』

事務所の担当である北沢からそんな連絡を受けたのは、きっと総司と同じころだったのだろう。考えることは一緒なのだと思いながら、もちろん構わないのだと返事をした。

「ねぇ、先生?」
「はい?」

ホームに滑り込んできた電車に乗り込みながら小声で呼びかけた理子に総司が頭を屈めた。その耳元に手を添えて囁いた。

「昔も今も大好きです。ずーっと!」

ぱっと理子が離れると、耳まで真っ赤になった総司が口元を覆いながら反対側のドアのほうへと向いた。

心の真ん中にある大事なものは今も変わらず。

 

– 終わり –