風のように 花のように 14

〜はじめのつぶやき〜
たった一人で生きていくわけじゃないからね。
BGM:清木場俊介  愛してる
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「電話でていいよ?斉藤さん」

開店前の藤堂の店で両腕を上げた姿の藤堂の傷口を確かめた斉藤は、押さえていたガーゼを新しいものに取り換えたところで鳴り続ける携帯を手にした。

「もしもし」
「俺だ」
「やはり駄目か」
「悪いが来てくれるか?」

一言二言で会話を打ち切った斉藤は携帯を置くと、代わりにテーブルの上においていた包帯を手にする。藤堂の腹のあたりをぐるぐると巻いた。
“絆創膏程度ですんだ”というのは大きな嘘で、タチの悪いバイトに刺された傷はかなりの大きさだった。深さも場所によってはかなりあって、内臓まで達しなかったのが幸いというくらいである。
斉藤に頼み込んで内密にと言って、初めだけ斉藤の病院で縫合してもらい、あとはこうして様子を見るのは斉藤が都合をつけていた。

未成年ぎりぎりのバイト相手だけに藤堂もあまりごたごたさせたくはなかったのだ。本人も大いに反省して、今はよく働いている。

もうだいぶ良くなったが、藤堂の傷のことを知っているのは斉藤だけだ。つまり斉藤と藤堂だけはすべての状況を知っていることになる。

「沖田さんから?」
「ああ」

電話の主を聞くと、斉藤が簡潔に答える。予想通りといえば予想通りの展開なのだ。総司から理子を頼むと言われた歳也は結核のことを含めて、斉藤に連絡を取ったのは当然の成り行きである。

「予想通りってこと?」

斉藤から話を聞いていた藤堂は、包帯を巻かれ終わると、服を直してテーブルの上を片付ける。持ち込んだガーゼや包帯類を片付けた斉藤は、手を洗いに席を立ちながら頷いた。

「俺は、一橋さんにも問題があると思うが、な」

手洗いに消えた斉藤を見送って、藤堂はふむ、と腕を組んだ。カウンターの奥でぺらりと今日のシフトを確認すると、手近なオーダー用紙の裏に、スタッフへのメモを残す。
戻ってきた斉藤に、ちょっと待ってて、と声をかけた。奥からバックとジャケットを取ってくると、カウンターからひょいっと出てくる。

「これから神谷のところに行くなら俺も行くよ。飯、作れる奴がいる方がいいでしょ?」

にこっと笑った藤堂に斉藤が片眉をあげてから頷いた。奥の事務所にはすでにスタッフも来ていて、1日くらい店をあけても困りはしない。
斉藤と一緒に店を出た藤堂は近くの24時間スーパーに立ち寄るといった。

「こんな時間だし、明日休みだから斉藤さんも来てくれたわけじゃん?奥さんには連絡してさ。神谷のところにみんなで泊ればいいんじゃない?」

あっさりとそういって、夕飯の食材とつまみになりそうなもの、朝飯の材料まで見繕った藤堂は、籠の中にそこそこいっぱいになるほど買い込んで、両手にぶら下げた。
その量に驚いたものの、藤堂が会計をしている間に家に連絡をした斉藤は黙ってタクシーを止めた。

「えー?別にいいじゃん。電車でも」
「あんたが普通の状態で、その荷物がなければな」

そういって、藤堂をタクシーに押し込むと自分のさっさと乗り込んだ。
車中の人になってからしばらく藤堂は何も言わず、平日の夕方になろうという外の景色を眺めていた。

「ねえ、斉藤さん」
「なんだ?」
「人ってさ。やっぱり一生の間に起こる大きなイベントって、変わらないのかもしれないね」

言外に、生まれ変わっても、という言葉を含ませた藤堂に、斉藤は何と答えていいのかわからなかった。斉藤はおそらく彼らの中では大きな怪我こそあれど、天寿を全うした方に入る。
だから、近藤や藤堂、総司のように道半ばで命に係わる出来事が起こってはいないのだ。

それだけに、何と答えるべきかわからなかった。
藤堂もあえてその答えを求めていたわけではないらしく、重ねて問いかけることなく、黙って窓の外を眺めている。しばらくして、ぼそりと斉藤が口を開いた。

「あると言えばあるのかもしれないな。だが、それをどうするのかは自分次第だと思う。あんたにせよ近藤さんにせよ、今度は無事に切り抜けた。一橋さんはその真っ最中だろうが、それで言うならアレもそんな何かが起きてもおかしくはないだろう?」

斉藤のいうアレとは理子のことだ。だいぶ間を置いてから言い出した斉藤に、ふっと藤堂が笑った。

「だよね。毎回同じなんておかしな話になっちゃうしね」
「出なければ面白くもなんともないだろう。それに、そんなことになるなら俺は医者になんてなってないはずだしな」

今生でも、人を取り締まったり正義に生きていたかもしれない。
剣術に生きていたかもしれない。

考えればいくらでもあげられる。

―― ゴルゴ13のようになっていたかもしれないぞ

斉藤の精一杯の笑いなのか、呟かれた一言に藤堂が吹きだした。

「ほんとだ。そうだよね。斉藤さん、似合いそうだけど。そんなことないんだよね」

ほとんど指示語だけになった会話は、タクシーという場所だけではなく、考え事をしながら藤堂が口にしているからだ。
幹線道路を走ればそう遠くない距離を走って、総司と理子の家までたどり着く。タクシー代払ったついでに藤堂から荷物を奪い取ると、斉藤が先に車から降りた。

「いいよ、このくらい持つってば」
「どうせ俺も食べるから構わん」

荷物の取り合いを繰り返しながらエレベータをあがったところで、斉藤の後に続いて藤堂がドアの前に立つとチャイムを鳴らした。すぐに歳也が姿を見せる。

「すまんな……。お前も来たのか」

斉藤の後ろから現れた藤堂に驚いたが、歳也だけではどうにも気まずいと思っていただけに、援軍に感謝しつつ部屋の中へと導いた。

「どう?神谷の様子」
「しばらく前までは、病院に行くの行かないのとごねていたんだが、今はおとなしくしてる」

リビングに入る前にひそひそと話をしてから、歳也は二人を連れてリビングへと戻った。着替えもせずに理子は窓際の壁に寄り掛かって、蹲るように床の上に座っている。

「や。神谷、なんだよ。ジャケットも着たままじゃん。ていうかさ、換気した?もう、昼間の空気が淀んでるって。ほら、歳也さん、窓開けて」

―― いい風が吹いてるのにもったいないよ

藤堂のように、さわやかな秋風が部屋の中に流れ込んできて、どんよりといたたまれないほどの空気を洗い流していく。斉藤は上着とバックを置くと、理子の傍に座り込んだ。

「大丈夫か」

斉藤の声に顔を上げた理子が目を丸くした。

「あれ?兄上?」

明らかに、混同した理子の声に皆が一瞬ふりかえったところで、斉藤がごつん、と理子の頭を叩いた。

「こら。俺はお前の兄上じゃないぞ」
「あ。あれ?斉藤さん」
「正気にもどったか」
「えっ?……あれ?藤堂さん?どうしたの」

台所を占拠した藤堂は、買ってきたセロリを振り回した。

「どうしたのってことはないでしょ!俺、今日のメインシェフだから!」

急に入れ替わった空気と、急に増えた顔ぶれに驚いた理子が正気に戻ったところで、斉藤がくしゃっと頭を撫でた。

– 続く –