風のように 花のように 16

〜はじめのつぶやき〜
大事なことはちゃんと伝えられているはず。だから思い出してください。
BGM:清木場俊介  愛してる
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「要するに、今だって見せたくないのは自分のプライドだけだろう」

こん、と軽い音をたてて空になった缶を置く。握りつぶさなかったのはなけなしの理性を斉藤が発揮したからだ。
斉藤にとっては昔も今も、理子もセイも、いったいどれだけ泣かせれば気が済むのだと言いたくて仕方がない。

「武士が潔いのも男がプライドを持つなとも言わん。だが、はき違えては周りを傷つけるだけだとなぜ気が付かない」
「耳が痛いっつーか。俺は……、まあ、そのなんだ。神谷の考えもわからなくはないし、男ならそこで見栄をはってなんぼってのもわかるしなぁ」
「なんにしても!時間は人それぞれ違うし、100%とは言い切れないが、普通に養生して普通に薬を飲んでいれば一般的には治るんだぞ?それとも何か?よほど特殊な体質で、結核にだけは一切薬が効かない耐性でもあるってのか?だったら連れてこい。俺が実験台にしてやる」

誰に向けたわけでもなくそこまで言うと、次のビールを再び一息で飲み干して、その姿勢のまま仰向けに倒れこんだ。
目を閉じて一気に回る酔いに身を任せている姿に歳也も藤堂も何も言わなかった。

「神谷。これそっちもってって」

次々と作った料理を理子が運ぶと、あとは下ごしらえだけで様子を見ながらにする。キッチンを出て自分もグラスに注いだビールを片手にカウンターの脇に椅子を引っ張って腰を下ろした。

「神谷。ねぇ、神谷は、今も総司が置いていくと思ってるの?」

藤堂は、にこっと落ち着いた声音で問いかけた。迷ったり、悩んだり、苦しいときこそ、一つ一つ、自分の心に問いかけて本当はどうしたいのかを紐解いていけばいい。

必ず、答えはそこにある。
いつも自分たちは傍にいる。

テーブルの端側に座っていた理子は、半分、身をひねるようにして藤堂を見上げた。心の中を様々な想いが駆け巡る。
今も総司が総司ならおいていくかもしれない。そのいい見本が今、見舞いに来るなといっているではないか。
でも、結婚しようといった総司がそんなことをするだろうか。

不意に、理子の心の中に総司の声が聞こえた。

『何度、考えても、同じ時に生きているのに、貴女と離れる自分の姿が思い浮かばないんです。貴女をずっと苦しめることになるのかも知れなくても』

「あ……っ」
「うん?」

くりっと目を動かして、藤堂が気づいた?と言わんばかりに悪戯っぽい顔をする。口元に手を当てた理子は、呆然としてしまう。

「やだ……。私ったら、馬鹿だ!」
「大丈夫だよ。ちょっとさ。昔の神谷が慌てちゃっただけだよ」

確かに、先ほどまでの狂乱と思えるほどの感情は収まっている。頭でわかっていることがすんなりと理解できていて、何をあれほど混乱していたのだろうと思う。

『許したりなんてできません。だから、これから先の時間すべて、生まれ変わった未来まで全部私にください』
『私のすべてを貴女のために』

忘れない約束は、今もまだ生きているというのに。

「お前の中のセイもまだ生きてるってことだろ。いいじゃねぇか」

もぐもぐと口を動かしていた歳也がビールで口の中を洗い流した。黙って聞いていたが、それだけ長く確かに息づいている過去の自分がいることはよく理解できる。
今の歳也を形作っている根幹に、確かに歳三という男が生きているのだから。

「アイツは今のお前よりももっと若いうちに死んだから、その分も今生きてるんだろ。俺もそうだが、せいぜい長生きして、歳をとるのも悪くないって思わせてやれよ」

藤堂だとてそうだ。今の自分とほとんど変わらない歳で、世の中を変えようとしていた彼ら。そして、人の生き死ににかかわり、道半ばに倒れた。
共にいた藤堂も彼らもわかってはいても互いに命をやり取りしたりするなんて、したかったわけではない。

それが仕方ない時代だったとしたら、今はその分も楽しんで、人を愛して、笑って、生きていきたい。

「神谷にとって、それだけ労咳と、置いていかれることがものすごい恐怖を感じてたんだね。それ、総司にぶつけてやんなよ。どうせ気づいてないから」
「全くだ。アイツは、妙に勘が鋭くて頭がいい割に、肝心なツメが甘いんだよな」
「そんなことないです。先生は、先生なりに考えてくれたんです」

欠席裁判よろしく、総司について言い出せばきりがない歳也に、理子が噛みついた。
つい、今の今までは、混乱していた自分が恥ずかしくて、情けなくて歳也に申し訳ないと思っていたのだが、総司のことになるとつい、黙っていられなくなる。

「ほぉ!じゃあ、聞くぞ。お前、あいつがどういうつもりでお前を預けて行ったかわかってんのか?!」
「……預けた?」

うっかりと口を滑らせた歳也に理子がぴくっと反応した。総司と接触があった者として検査にきて、たまたま理子を引き取ったわけではないというのか。

「沖田さん?……副長?!」
「と、藤堂?これ、うまいな」
「副長!!」

げたげたと笑い出した藤堂が俺、知らないよ、と言いながら椅子から降りてテーブルの上のサラダに箸を伸ばす。藤堂と場所を入れ替えるようにして理子が歳也の傍に陣取ってぐいっと腕を掴んだ。

「どういうことかちゃんと説明してくれるまで梃子でも動きませんからね!」
「くそっ、あのくそガキ~!!」

同じように理子を預けて、手を出すなと釘を刺しただけでなく、こうなることは想定の内に入っていたかもしれない。
そう思うと、歳也は、総司が退院してきたら絶対に、ただでは済ますものか、とぎりぎりと歯噛みしたが、なんとかそれ以上口を割らずに済んだ。

 

 

 

「っくしゅ」
「あらぁ?一橋さん、寒いですか?」

薬の時間にその回の分の薬を持ってきていた看護婦がくしゃみに顔を上げる。手元の薬を書き留めているものと見比べながら何をどのくらい、とベッドの上のテーブルに乗せていく。

「寒くないですよ。きっと誰かが文句でも言ってるんでしょう」
「まさかでしょ?一橋さん、だって、入院してまだ1週間くらいじゃないですか。あ、お仕事関係の方とか?」

でもこればっかりはしかたないですよねぇ、と言いながら薬を並べ終えた看護婦がさあ、どうぞとばかりに薬を示す。その量にうんざりしつつも、端から手を伸ばす。

「いえ、彼女と友人がですね。きっと何か言ってるだろうなと思って」
「あら。彼女がいるならそりゃあ、心配してますよね。お見舞いは?」
「心配して泣くからこさせないでって友人に頼んだから」
「それ、彼女さん、怒ってるんじゃない?私だったら怒るなぁ」

総司が端から薬を飲んでいくのを、一つずつボードに印をつけながら看護婦が言う。ごほっと、途中で総司がむせた。

「……ほんとに?」
「うん。怒ると思う。ていうかめちゃくちゃ怒る。心配させてもくれないで!って。顔を見に来るくらいいいじゃないって怒っちゃうなぁ」

けほっと粉にむせながら総司が情けない顔になる。確かにそれはあるかもしれない。泣かれるのに弱いから、心配するからと思い、辛い事を思い出させたくなくて総司なりに良かれと思ったことだったが、下手をするとその可能性もある。

歳三には多少大変な思いをさせるとは思っていたが、過去を塗り替えるにはいいと思っていた。ただ、理子にまで同じ想いをさせてしまっていたらと思うと、背筋を汗が流れた。

 

– 続く –