爪の先まで愛を 2

〜はじめのつぶやき〜
藤堂さんの一人称にちかい風味で。
BGM:
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「藤堂さん?」

そっと手を握って肩を揺すられた。

「……っ!」

はっと頭を起こすと、どうやら理子に寄りかかって思いきり寝ていた自分に藤堂が驚いている。くすくすと、隣に座っていた理子が笑いながら起していた。

「あっ、嘘。ごめん!」
「大丈夫。でも、もう終わって人も出ていっちゃったからでよう?」

藤堂の記憶にあるのは、オープニング映像と、音響の良さだけで、どうやら適度な温度と適度に座り心地のいい椅子、それから音響の良さも相まって、早々に寝てしまったらしい。
どこからかはわからないが、理子の肩に寄りかかるようにして眠っていた自分に赤面してしまった。

話題の長大作とかで、3時間越えの長編だったはずだ。

―― 確かに夢見はよかったけどさ

連れ立って映画館を出ながら、理子にお詫びに映画代は自分が持つ、と言った。

「なんで?気にしなくてもいいのにな。夜型の藤堂さんに無理してもらったのはこっちでしょ?」
「そういう問題じゃないよ。とにかく、そういうことで」

強引に話を切り上げると、ランチに入ったのは普通にその辺のファミレスだった。

「神谷のリクエストだから俺は構わないし、大学の時もこんな感じだったけどさ。なんでファミレス?」

単価の安いイタリアンのチェーン店だが、自分は好きだし、気楽でいいと思う。

「あのね。最近あんまり寄る機会が減っちゃったのよね。夜はほとんど家で食べてるし、仕事の人たちと外で食べる機会があればだけど」
「総司とは来ないって言ってる?」
「……あー……。うん。レストランとか、いろんなお店知ってるから、ね」

つまり、過去に他の女の子を連れて色々歩いているからということらしい。

「美味しい店には罪はないけど……」
「うん、それはね。私だって、友達とかまあ、色々食事くらいだったらあるし。仕方ないわよ」
「じゃあ、総司とデートする時ってどんな感じ?」

えぇ?と言いながら、理子は普通に答え始めた。初めの質問からして、失敗したなぁと思っている藤堂にはこのくらい聞いても痛くもかゆくもない。

「ほとんどしたことないのよね。レストランとか、スイーツのお店に行くとかかな。映画なんて一緒に見たことないし、温泉に連れて行ってもらったのが 遠出らしい遠出で、ディズニーランドとかもないし。あ、それならこの前、偶然、沖田さんとデートしたんだって話したじゃない?」

―― そっちの方がよっぽどデートみたいだったな。

確かに、偶然楽器屋で出会って、デートしてピアスを買ってもらって総司が焼きもちを焼いた話は聞いた。

「そっちのほうがって、歳也さんが聞いたら怒るかもよ?」
「怒らないわよ。きっと当然!って顔で威張りそう」
「あ、それあるかも」

二人で笑い転げながら、食事を済ませて、ぶらぶらと雑貨を見て歩いたりして気ままに過ごした後、夕食がてらに藤堂は理子をグリニッチに誘った。

都内のホテルの中でも外人の利用が多いホテルで、ジャズを聞きながら食事ができるラウンジがあるのだ。

「久しぶりに来れた!嬉しいな。藤堂さん、よく予約取れたのね」
「まあね。伊達に音楽家のガールフレンドがいるわけじゃないんで」

おどけて答えたが、理子にもいくら平日とはいえ、なかなか予約の取りづらい店なのは十分わかっているだけに、よほど嬉しかったのだろう。

普段は、あまり強くはないことを自覚しているだけに加減して飲んでいるし、藤堂の店で飲むことが多いので、カクテルなども酒を薄目にしてやることも多々あった。
なのに、今日は割合にセーブせずに飲んでいたために、途中からだいぶ怪しくなってきた。

飲みたいのだろうと、藤堂もあえて止めずに、飲ませたのもある。

「やば……。猛烈に眠い」
「そりゃね。眠くなるだけ飲んだと思うよ」

グリニッチからラウンジバーへ移動して、それからも飲んでいた。どうにか、意識があってしゃべっていたのが不思議なくらい。

―― 分かってて飲ませた所が、俺もずるいとは思うんだけどさ

テーブルで会計を済ませてしまうと、半分眠りそうな理子を連れて店を出た。

「……やだな。家に帰ったら、また喧嘩になるか、誤魔化されて終わるんだもん」
「だと思ったよ。その飲み方じゃね」
「ん~?どゆこと?」

どこをどう歩いてるかもだいぶ怪しくなった理子を連れて、客室フロアに上がると、エレベータから少しだけ離れた部屋の前で、藤堂がカードキーを出した。

「泊まって行けば?俺は帰るけど、そんなんじゃ帰れないだろうと思って取ってきた」

カードキーを飲み込んだドアがグリーンのランプを点して、部屋の中へ入る。抱えるようにして部屋に連れて入ったところで、理子が力尽きた。

「神谷?」
「……藤堂さん、ごめん」

色々なごめん、が混ざった一言に藤堂が苦笑いして手を差し出した。

「別になんもしないって。今更じゃん?神谷が総司と別れるなら考えちゃうけどさ」
「……ごめん」
「なんで謝るんだよ?俺は自分からこうやって神谷の話聞いたり、デートすんの楽しんでんの。神谷が謝ることじゃないし、甘えてくれなくなったら、俺、寂しくて死んじゃうよ」

ふざけながら言った藤堂の手に自分の手を乗せて、理子がゆらりと立ち上がった。

理子は理子なりに、楽しい1日で、それでもここまでされれば藤堂の気持ちを知らないわけではないので、つい、酔いと罪悪感とが混ざって、一言が出てしまった。

ふらつく足元を支えて、窓側のソファに理子を座らせると、藤堂はその向いに座った。

「その手、やっぱいいでしょ」

にこにこと藤堂が指さした先には、理子の爪が可愛らしいネイルアートで飾られている。コンサートがある時や、イベントの時などは、場合によって理子もネイルショップでやってもらうがしばらくご無沙汰だった。

 

– 続く –