僕らの未来 13

〜はじめの一言〜
そう言えば先生はよく拗ねていた気がします。
BGM:嵐 One love
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食事の間もむすっとした顔の総司をひたすら皆が弄る。
その理由が、よくわからなくて理子は時々、不安そうに総司の顔を見ていたが、本人は知らぬふりで弄り倒す、藤堂と歳也を睨むばかりだった。

食事が終わると、藤堂が一緒に片づけを手伝ってくれている間に、ベランダに出た原田と総司は、冷たい風に吹かれていた。

「なあ、総司」
「なんです?」
「お前、変わんないな」

くすっと笑いを含ませた原田はふーっと大きく白い煙と一緒に息を吐き出した。風に流れた白煙はあっという間に消えて行ってしまうが、その香りだけは周囲に漂う。

「昔から、神谷のこと、面倒見てるようでいてお前が甘えてたんじゃねえの?」
「私が?」

まさか。
そう言いかけた総司を、ふふっと笑った原田がとん、と火のついたタバコの灰を軽く落とした。

「違うと思ってんの?」
「違いますよ」
「違わねぇよ。お前、神谷のことになるといっつもムキになってさ。いつの間にか、お前は神谷を庇ってるようでいて、師匠とか組長ってことで頼ってもらってるのはお前の方なんだなぁって思ってたよ」

頼ってもらっているつもりで、本当はお前の方が頼られていたんだと突き付けられた総司は、憮然とした顔になる。

「お前、モテてただろうな。だろ?」
「昔は、まあ、それなりに?」
「だからさ。もういいじゃん。ほかの女にモテなくても」

意味の分からないことを言いだした原田に首を傾げた総司は、頭の中でワンフレーズを繰り返す。決して、理子を好きだと自覚してからは、ほかに目を向けたこともなければモテたいと思ったこともない。

過去の自分が前世の自分よりももっとはるかに遠く感じるくらいなのだ。

「んー、じゃあ、神谷のこともうちょっとちゃんとしっかり守ってやれよ」
「……守ってませんか」
「不満そうだなぁ……」

すうっと原田が吸い込むのに合わせて、ぽうっとタバコの先が赤くなる。手を差し出した総司が一本いいですか?と聞いた。

「やめとけよ」
「たまに、まだ吸いますよ」
「なおさらやめとけ。今のうちに。子供が生まれたら、そんなわけにいかないだろ?」

柔らかく止められて、その手のひらを風が撫でていく。

「男より、女の方がやっぱりたいへんだなぁ。今も。神谷は、子供ができても仕事したいと思ってんのか?」
「あ。……、そういえば、子供が欲しいとは言ってましたけど、それは聞かなかったな……」
「馬鹿。お前はどうなんだ?」

もし理子が子供を産んだら、家にいて、子供一緒に笑っている姿しか想像したことがなかった。
ありきたりと言われそうだが、理子がどれだけ仕事を大事にしていたか知らないわけではないのに、なぜかそこだけが全く別物のように扱われている。

「仕事……、してるんじゃないかな。いや……どうだろう。想像……してもみなかった」
「だろうなぁ。男なんてそんなもんだけどさ。あいつも余計なこと考えなきゃいいのに、お前がそんなだから、余計に考えるんだろ。女は、子供が出来たら家にいるとか、結婚したら女は飲みに行ったり遊びに行かないってさ」
「はぁ?そんなこと考えたこともないですよ?別に理子が飲みに行ったっていいし、遊びだって」
「でも、周りはそう思うだろ?勝手にさ。仕事も、遠地は無理だろうと勝手に決めつけられ、そんなことしてたら自分の方がおかしいのかってあいつなら思うだろ。お前に恥をかかせないように、理想の嫁さん、やろうとするだろ?」

考え込んだ総司を見ながら、煙草の火を消す。
最後の煙が風に吹かれた後、原田は総司の肩に手を置いた。

「悪いな。もともと、ふらふらするつもりだったんだ。沖田さんちにいくわ。その次は藤堂んちで、山南さんところは嫁さんに申し訳ないから顔だけだして、あとは近藤さんところにもいかねぇとな。向こうに戻る前にまた泊めてもらいに来てもいいか?」
「もちろんです。じゃないと、理子が怒りますよ」
「ははっ、神谷に怒られるのはまずいな」

からからとガラス戸を開いた原田が振り返る。

「よーく話し合えよ」

開け放したまま部屋の中に原田が戻ると、後片付けをしていた藤堂と理子はまだキッチンで何やら楽しそうにしている。ソファに座っていた歳也の傍に立つと、億劫そうに原田を見上げてきた。

「話終わったか?」
「ああ。そういうわけで今夜から泊めてもらうぜ?」
「好きにしろ。鍵だけ渡すから、別にかまう必要もない」

頷いた原田は自分の荷物を置いている部屋へと向かう。荷物はどこにいてもすぐに移動できるようにまとめる習慣が身についている。

どさっと、一塊を玄関にだしてからリビングへと戻った。

「藤堂、もう終わる?」
「あ、うん。俺もそろそろ家に帰らなきゃ。夜は店だしね」
「よし。神谷、悪い。今夜は沖田さんとこいくわ。しばらく、知り合いとふらふらして、藤堂んちにいって、近藤さんとこ回ったら、また戻ってくるから泊めてくれるか?」

カウンターキッチンの入り口に手をついて、顔を覗かせていた原田に、驚いて手にしていた皿と、布巾を持ったまま駆け寄る。

「えっ、だって、ずっと泊まるって」
「だから。あの部屋、俺が向こうにもどるまで、あけといてくれるか?」

―― どうして。この家にいてくれると思ってたのに……

泣きそうな顔になった理子の頭をぐりぐりと撫でた原田の脇を藤堂がすり抜けた。カフェエプロンを外して、近くの椅子に掛けるとジャケットを手にする。

よっと勢いをつけて立ち上がった歳也と、藤堂と原田。

「じゃあ、よーく総司と一緒に話し合えよ。正月過ぎたらまた来るし、斉藤んちにも一緒に行こうぜ」
「でも、あの」
「気にしなくていいよー。神谷。お正月、一緒に初詣行こうねー」

あっさりと。
ひどくあっさりとクリスマスの朝だというのに、原田に続いて藤堂がリビングから出ていく。最後に背広とコートを羽織った歳也がバックを手にして理子の前に立つ。

「……」
「歳也さん?」
「あれだ……。神谷は清三郎だからな。無理して並みの女になろうとするな。お前はお前だからな」

急にそんなことを言われても、どうしていいのかわからずに、ぽん、と歳也にも頭を撫でられて、しょんぼりと肩を落とした理子は、三人を見送りに玄関に出た。

リビングを振り返ると、ベランダから帰っていく三人を見ている総司の姿が見えた。

またね、という藤堂が最後に玄関を閉めると、あれだけ賑やかで男臭かった家の中が恐ろしく静かになっていて、理子は鍵を閉めると、リビングへと戻っていった。

– 続く –